第11話

☆☆☆


コーヒーカップにメリーゴーランドに観覧車。



立て続けにセイコが乗りたいものに乗って、2人はベンチに座って休憩していた。



「セイコ、ソフトクリーム食べる?」



ユウキが近くで売っているソフトクリームを見てそう言った。



バニラにチョコレートにイチゴ、いろんなフレーバーのあるお店だ。



「食べたい!」



少し遊び疲れて、甘いものが欲しいと思っていたところだった。



「わかった。買ってくるよ。どの味がいい?」



「じゃあ、チョコレートとバニラのミックス」



答えるとユウキは「決められないんだな」と笑い、ソフトクリーム屋へ向けて歩き出した。



セイコはそんなユウキの後ろ姿を見つめる。



ずっと、永遠にこの時間が続きますように……。


☆☆☆


登校日、A組に入るやいなやハルナとカナが駆け寄ってきた。



「どうしたの2人共、随分早く登校してきてるんだね」



普段はセイコより少し遅い時間に登校してきている2人に驚く。



「だって、今日は色々聞きたいんだもん」



ハルナの声が弾んでいる。



「そうだよ。デートはどうだったの? デートは」



カナがセイコの肩を何度もつついて聞いた。



セイコはほんのりと頬を赤く染めて「別に、普通だよ」と、答える。



「普通ってなによ。詳しく教えてよ」



ハルナは更に食い下がってきた。



「遊園地に行って、いろいろなアトラクションに乗って、ソフトクリーム食べた! これでいいでしょう?」



あまり聞かれると照れてしまうので、早口にそう伝えた。



「何に乗ったとか、何味のソフトクリームを食べたとか、あるでしょう?」



カナもまだ私を離してはくれなさそうだ。



セイコはため息を吐き出し、仕方なく昨日のデートについて2人に詳しく聞かせはじめた。




説明しながらも幸せな気分が胸の中に広がっていく。



あんなに幸せな時間が現実に起こったことだなんて、今でも信じられないくらいだ。



「え~、ずっと手を繋いでたの!?」



「ちょっと、声が大きいよ」



セイコは慌ててカナの口を塞いだ。



教室の中を見回すと、トオコと視線がぶつかった。



また睨まれるかと思ったがトオコはなぜか泣いてしまいそうな顔をしている。



だからセイコはトオコから視線をそらすことができなくなってしまった。



自分から友人も恋人も取ってしまったセイコを、トオコはどう感じているだろう。



そう考えると幸せな気分はしぼんでいき、胸の奥がチクリと痛くなった。



セイコがなにもかも取ってしまったから、今ではもうトオコの席に近づいていく友人はいない。



いつでも一人ぼっちだった。



そしてその姿は少しまでまでの自分と同じ姿だった。



途端に一人ぼっちでいる悲しさを思い出して胸が張り裂けそうになった。



慌ててトオコから視線をそらして、無理矢理会話に戻っていく。



トオコはずっと人気者だったんだ。



少しくらい一人ぼっちになったって、大丈夫なはずだ。



セイコは必死に、そう思い込もうとしたのだった。


☆☆☆


それは休憩時間中のことだった。



いつも通りハルナとカナの2人と会話をしていた。



「なんか最近、トオコって冴えなくなったよね」



そんな声が聞こえてきて、セイコは振り向いた。



そこには同じクラスの女子が数人固まっておしゃべりをしていた。



「だよね。セイコの方が可愛くなったよね」



「そうだよね。だからユウキ君だって、セイコと付き合い始めたんだよ」



そしてクスクスを笑う声。



声は結構大きくて、少し離れた場所にいるトオコにも聞こえていそうだった。



だけどトオコは机の下に出しているスマホをジッと見つめたまま、反応しない。



彼女たちが言っていた通り、最近のトオコは特に冴えなくなってきていた。



友達や彼氏がいなくなっても化粧や髪型に気を使っていたのに、今ではスッピンで、髪の毛も適当にクシを入れた程度になっていた。



一方セイコはハルナたちからメーク方法を聞いて練習しているから、どんどん垢抜けて行く。



ユウキにも可愛いと褒められたところだった。



「トオコも、メークくらいすればいいのにね」



ハルナが呆れた声で言う。



「本当だよね。スッピンだと、誰だかわかんないじゃん」



カナは笑いをこらえて言った。



実際にトオコの素顔はそれほどヒドイとは思わなかったけれど、いつでもバッチリメークしていたので、落差は激しく感じられた。



「いいじゃん、好きにさせておけば」



セイコは興味のない返事をして、机に広げられている雑誌に視線を落としたのだった。


☆☆☆


もう、1人でしか読めない文庫本を広げることはなくなった。



読むとすれば友達と一緒に読むことができるファッション誌だ。



そこには自分の知らなかった世界が広がっていて、それを知るたびに昔の自分が遠ざかっていくような気がした。



「セイコ、一緒に帰ろう」



放課後、ユウキに呼ばれてカバンを持って歩き出した。



サッカーの練習がある日でも、ユウキはセイコを送って帰ってくれる。



それから大慌てで練習へ向かうのだ。



何度も一人で帰れると言ったのだけれど、ユウキは譲らなかった。



入り口の前で待っていたユウキと合流して廊下へ出ようとしたとき、目の前を歩いていたトオコが突然勢いよくこけてしまった。



周りにいた生徒たちから一斉に笑い声が聞こえてくる。



トオコの足元を見ると床が濡れているのがわかった。



拭き掃除の後、ちゃんと乾いていなかったみたいだ。



目の前で転倒したトオコに手を差し出す生徒は誰もいない。



降り掛かってくるのは笑い声と、バカにした言葉だけ。



「行こう」



ユウキもトオコに目もくれることなく、歩き出す。

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