第15巡 茅ヶ谷巡の重圧混り

 後日脚本の誤字の修正を終え、再度提出。

 今度は赤阪さんにも立ち会いの元、他作品との類似性なども許容の範囲だろうと了承を得て……やがて、一冊の本となる。


「はいはい、みんな一旦集合出来るー?」


 馬場園さんが両手を叩き、雑踏とした場内を瞬く間に静めさせる。

 ここは九ノ瀬大学の敷地内にある室内競技場。普段はバレーボールやバスケットボールをプレイする場所だけど、今日は大学側の許可を赤阪さんが取ってくれたらしい……ほんとやる気があるんだか無いんだか、分かりにくい人だ。

 その室内競技場の使用許可を取った理由は、公演用の演技リハーサルを本格的に、自由な振り幅で行うためだ。専用劇場も無く、借用するのも艱難なアマチュア劇団には、大学の関係者の身分を利用したうってつけの場所といえる。


「おい茅ヶ谷、馬場園のところへ行かなくて良いのか?」

「あ、はい。知らない人ばかりですし、隅っこの方が落ち着くので。そういえば、赤阪さんがここに居るのって珍しいですね?」

「そりゃ許可取ったの俺だし、九ノ瀬大学の学生以外の人がこれだけ一同に集まるとなると、いくら成人しているとはいえ監督役くらい努めておかないとな」

「……なるほど」


 場内には馬場園さんのコネクションで集めたらしき役者仲間の方々が、軽く見積もっても20人は集結している。本当に大学の中に自分はいるのかなと疑心暗鬼になるくらいに初対面の人たちばかりだ……というか、1ヶ月にも満たない期間でこれだけの人を集められる馬場園さんは一体何者なんだろうか? 人望が厚すぎじゃない? 自分じゃ絶対に無理な人数だもん。


「よしっ、大体集まったな。お前ら、今日は急なリハーサルの呼び掛けに応えてくれて感謝する……大半のヤツはもう知っているだろうが、今週末に行うの演劇は分類でいえば、ひよっこ役者とアマチュア集団による企画に過ぎない。だがこれは、ボクが新規劇団を旗揚げするかどうかを左右する……役者人生を懸けた舞台だ——」


 人生を懸ける……か。

 それって、どんな景色なんだろう。


「——あとついでに言えば、ボク自身の復帰舞台でもあるんだが、これはみんなに関係ないか。まあ元々問題ばかり起こしていたし? 理由はどうであれ他の団員に暴力を振るってクビになっているわけだし、自業自得な部分もある——」


 すると場内に小さな笑いが溢れる。

 どうやらみんな、暴力のことについては知っている様子らしい。

 そっか。ここに居るみんな、役者として清廉潔白な馬場園さんに惹かれてやって来たわけじゃないんだ。

 そういう関係って、すごく羨ましい。


「——でもさ。あのまま役者を辞めるってのは不完全燃焼っつうか……学校の勉強や、就職活動を疎かにしてまでやって来たことだからよ、せめて……舞台上で役者のボクを殺して欲しいと思ったっつうか? じゃねぇとほら、別の道に進むことになったとしても、みっともなく引きずるだろうからな……シワッシワのクソババアになってもそんなんじゃ、とんだ恥晒しだ。遣る瀬無いだろ? こんな人生——」


 舞台上で役者の馬場園さんを殺す。

 多分比喩的なセリフなんだろうけど、自分にもそのプレッシャーがのしかかってくる。

 それってつまり、自分の脚本演出で馬場園さんのことを活かしも殺しもする。その事実を突き付けられた気がしたから。


 自分は赤阪さんになし崩し的な形で連れて来られただけだ。

 そこで馬場園さんの演劇のちょっとお手伝いをする程度の、大学での講義が少なくなった空き時間の暇つぶし程度の気持ちしかなく、あのときに頷いた。


 果たしてそんな自分の物語で良いのかな。

 その迸る熱意を、無碍にしないのかな。


「——……んまあ、そんなことは今どうでもいいか。こんな無駄話の方をやめて、さっさと紹介とリハーサルに移った方が効率的だもんな。じゃあお前らに早速紹介したいヤツが居る……ボクの大学の、ミステリアスで優秀な、脚本演出を請け負ってくれた後輩だ……おいっ! こっちに来いよ、茅ヶ谷!」

「……え?」


 馬場園さんが自分の方を向いて呼び掛ける。

 数秒後にはその仲間の方々も倣って、こちらにいくつもの視線が向けられる。

 なにこの状況、どうしたらいいの?


「どうしたんだ? 行ってこいよ」

「赤阪さん……」


 そんな風に迷っていると、不意に赤阪さんが自分の肩を軽く叩く。

 意気地なしの自分を、鼓舞するように。


「何を怖がることがあるんだ。茅ヶ谷はこれから絞首台に向かうわけじゃない、誰かに求められているんだぜ?」


 何て例えだ。もっとマイルドな表現くらい、いくらでもあったでしょうに。

 なんかもう、戸惑いを戸惑いで相殺された気分だ。


「……例えが、物騒ですよ」

「いや、少しくらい格好付けたいじゃん?」

「余計に格好が付かないと思いますけど……でも、赤阪さんの言う通りですね」


 赤阪さんの励ましと頓珍漢なユーモアで、自分は苦手意識のしがらみから一歩進む。

 大事そうに抱き締めた、この深層心理が混濁とした脚本と共に。

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