第6巡 茅ヶ谷巡の邂逅然り

 その部屋の中はなんというか、自分が想定したよりもずっとレガシーだった……ううん、違うかな? 自分は初めて訪れたんだから、こういう感想を抱くのは変だよね。

 でも赤阪さんに半ば連れられて来たこの一室は、中央にある事務机とパイプ椅子が異彩な存在になってしまうくらい、雑多な布切れや木材、ダンボールに発泡スチロールが収納箱からも溢れ返り、壁面にもペンキやらインクやらが飛び散ったような痕跡が至るところにある。

 他にもブルーシートらしきモノが幾つも包まれて書棚に寄り掛かっていて、日曜大工やら陶磁器やらでも試みて失敗したのかなって感じのいびつな創作物……自分からしてみればガラクタが隅っこに追いやられて、用いたらしき道具なんかも転がっている。

 恐らくは何も置物が無ければ軽く走り回れるくらい広々としていてもおかしくない。なんか取捨選択の捨てることに赴きを置いた無執着思想の方々が発狂しそうな散らかり様……まさしくアーティファクトだ。


「……ん? 誰も、いない?」


 この部屋には確か、赤阪さんが自分以外に誘っていた女学生がどこかに居ると言っていた。くまくとはいかなくとも、他人が居れば発見出来るくらい眺めていたはず。なのに女学生の姿はどこにもない。


 まさかこの赤阪さんにハメられた?

 いやでもそしたら、自分を捜索しに校門付近に外出する道理が薄れるよね……というかそもそもそんなモノは無いんだけど。

 ただいくら強情気味の赤阪さんとはいえ、この文化サークル棟の一室のことも考慮しなければならない状況なら、自分がいつ食事を終えるか、帰路に就くかも分からないのに、のんびりと張り込み出来る余裕は無いような気がしてならない。少なくとも自分は、そんな半信半疑な場面のどちらを優先するかとなるなら、無理やりでも約束を取り付けた方に軍配が上がるはずだ……無理な約束とか取り付けないで欲しいのは山々だけど。


「おいそこで止まれよ赤阪」

「お?」

「さっきの声……ついに犠牲者が現れちまったらしいな」

「うおっと! おい……急にドアを引っ張ると危ないだろ」


 姿は見えないけど、奥側から無意味そうな推進力が働き、荒っぽい口調なのに声色は思ったより高音域……もちろん自分でも赤阪でもない。その声が何を示唆してのものか、犠牲者だなんて物騒な言い回しで咎めている。


「……ああ、そういうこと」


 自分はそのように呟いて首肯する。

 振り返れば、それが一番優力でしかない。

 なんですぐに思い至らなかったんだろう。

 この一室は内開きドアだ。とするなら、扉が開かれる際の、蝶番の抑止力が齎す曲線の向こうが、扉そのものによって死角となり得る。

 そこに女学生が居たんだとしたら、軽く一望して見つかるはずがない。

 要約すると、自分による見落としレベルの疑問でしかなかった。


「どれどれ……」

「あ……えっと……」


 そんなことにうだうだと思考を巡らしていると、その女学生らしき他人がひょっこりと自分と赤阪の前に現れる。


「お前、この大学の学生か?」

「……自分、ですか?」

「お前以外に誰が居るんだよ? ボクを揶揄っているつもりなら良い度胸してんな」

「いやいや、そんなつもりは滅相もなくて」


 第一印象は失礼かもしれないけど、本当に女の人なのかなって思う。一人称からも、高圧的な態度や語勢からも、黄土色に染色されたベリーショートヘアからもそれが窺える。一応逆の要素を挙げるとしたら、自分よりも身長が低いこと。それと混沌としていない透き通った声をしていること……かな。

 比率が良さげで美形なんだけど、顔パーツが全体的に吊り上がり気味で凄みがあり、チークなどのナチュラルメイクすら施していないらしい。服装はスーベニアジャケットに、スタイルに張り付いたようなスキニージーンズ、あとやたらと装飾のチェーンをかち合い鳴らすため、ユニセックスにしたってやんちゃな雰囲気をそこかしこに撒き散らす。

 これが最近の大学生のトレンドファッションなんだろうか……だとしたら、そんな流行に付いて行きたくはない。


「2人とも、自己紹介は終わったな!」

「いや終わってねぇし、コイツの名前すら知らなねぇし、お互いがお互いを探り合っている最中だったろうが。何を見てたんだよ、眼科の紹介から始めるぞ!」


 ここまで喧嘩腰じゃないけど、自分も以下同文だ。あと眼科の紹介を始めるならそれはそれで早く帰れそうだし問題ないなと思う……思うだけで口にはしないけど。


「つーことで茅ヶ谷」

「はい」

「……お前が紹介すんのな」


 なんか流れで返事をしてしまった。

 これで自己紹介とやらは済んだのかな。

 元々そういうの苦手だから、ちょっとホッとしたりしなかったり。

 それとこの目の前の方が、ストーリーのネタバレをくらったような表情をするのは申し訳ないけど少し面白い。


「コチラさっき話していた馬場園、馬場園ばばぞの 紫子ゆかりこ。昔の不良みたいで、中性的な顔立ちのチビだが、れっきとした成人女性だ」

「待て! 他は自覚があるが、チビは余計だろ! このクソ——」

「——今は大学院の3年。経済学専攻。年齢は25だっけ? 九ノ瀬大学に通う学生傍ら、小劇場を中心に場数を踏んでいる正真正銘の役者でもある……ただまあ鳴かず飛ばずだけどな。学院もサボりがちでほんと仕方のないヤツだ、ははっ——」

「——黙れこの……勝手に個人情報をベラベラ喋ってんじゃねぇ赤阪!」

「うぐっ……おい馬場園、やめ……」


 確か馬場園さん……だったかな? その彼女が口封じにと赤阪さんの胸ぐらを掴み、あられもない罵詈雑言を吐き捨てる……それはもうパワハラというかセクハラというか、馬場園さんが赤阪に恫喝行為を働いているようにしか自分視点は映らない……まあでもプライバシーを侵害した赤阪さんにも非があると思うし、仲裁に入ってもどうにもなりそうにないし、寧ろ悪化しそうだし、ここは静観することにする。

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