第3話



 そして、約束の日。まるで蕎麦屋の出前よろしく、本官は岡持おかもちをバイクに載せて神社を訪ねるのだった。実家は飯屋だ。扱いは慣れているさ。



「ほう、逃げずに良く来たのう」

「能書きはいりません。早速めしあがって頂く。信田さんの分もあるので、どうぞ」

「ご相伴しょうばんにあずかります」


「むっ、この具材は? なんと良き香り」

「キャビアと、鳥の肝を脂で固めたもの、それに蟹でダシをとっています」

「あなや! キャビアとフォアグラ、それにタラバガニではないか」

「へぇ、初めて食べます」


「むむむ、これはなかなか。美味し! 美味し!」

「ガッつき過ぎですって。あと、語彙少なすぎ。高級食材を沢山使っている割には味が濁っておらず、澄み切っていますね。それぞれの長所が混然となって汁に溶け込み、関西風のツユがよく油揚げに沁み込んでいます。噛みしめた時の旨味で舌がとろけそう」



 良かった、どうやら気に入ってもらえたようだ。

 念入りに準備した甲斐があったな。


 やがて、信田さんが遠慮がちに訊いてきた。



「キャビアを使うなんて、奮発したんですね?」

「いやぁ、そうでもありませんよ」

「なぬ? そは どういう意味ぞ?」


「キャビアはランプフィッシュ・キャビア。フォアグラはにわとりの肝を固めた物。タラバガニは見た目がよく似ているアブラガニですから。値段は正規品の半額以下」

「なんと偽物!? 我をたばかったか」

「その通り、言うならば偽物です。ですが肝心なのは食材の真偽よりも食べた後の満足度。そうではありませんか?」

「うぬぬ、確かに不味くはなかったが」


「俺も言うなれば富豪の偽物。しかし、この通り機転が利く方でしてね。満足度は本物に勝るとも劣らないと自負しております。それに、貴方が本物の大妖怪というのも怪しいものだ。本官の嘘も見抜けぬようでは」


「くぅ、人の分際で九尾を化かすか」


「それに料理の上下を決めるなんて愚かしいこと。犠牲になった食材の命は、等しく尊いものです。本官も大切な命を交通事故から守る為に、心を鬼にして取り締まりをやっているのです。どうか、市民の皆様にはそこの所をご理解頂きたい」


「ぐわーっ! わ、我を庶民扱いしおって」

「どうやらコッチの負けですね。筋が通っていますよ」

「恐れ入ります」


「チッ、仕方ない。だが九尾を怒らせてタダで済むと思うな。百獣 我を見て あえて走らざらんやどうして逃げないことがあろうか。これを見よ」



 タマモの背後に忽然こつぜんと広がった九つの光の筋。孔雀の尾羽めいた九本の尻尾は、それぞれが蛇のように鎌首をもたげ しなやかにうごめいている。


 げっ、まさか本物!?

 あまりの出来事に魂も消し飛び、一目散に逃げだした所までは覚えている。


 色欲も死の恐怖にはかなわない。

 交尾を終えた雄カマキリの気持ちが理解できた気がする。










 決死の逃亡劇から十日程が過ぎて。

 あの恐怖をもう忘れかけていた頃。


 本官がいつも通りネズミ捕りを実施していると、通りすがりの女子高生がこちらの目前で足を止める珍事が起きたではないか。

 うん? 何事?



「いつも お仕事ご苦労さまです。あの、良かったらコレ、受け取って下さい」



 差し出されたのは包装されたチョコレート。

 にわかに信じ難い奇跡だ。



「ありがとう、嬉しいよ」

「違う。その返事は違うであろうが!」


「!?」

「タマモちゃんと交際するから、受け取れません! なぜ そう言わぬ!」



 ぼわわーん。

 白煙が立ち、女子高生はたちまちグラサンギャルへと姿を変える。



「いや、でも、多分そうだと思っていたし」

「なぬ?」

「もうすぐ三月なのに、チョコを渡してくる人なんて他にいません」


「ちっ、面白くない」



 満更でもなさそうに舌打ちすると、彼女は本官にこう告げる。



「渡したからな? ホワイトデェとやらを忘れるでないぞ」



 やれやれ大妖怪様は現代を満喫していらっしゃる。


 無垢むくで自由、それゆえに底なし。

 世の男どもを守る為、どうやら本官が体を張らなければならぬようだ。


 警察官はつらいぜ。


 そうそう、チョコには和歌が添えられていた。




 花の色は移りにけりな長雨で桜の花もすっかり色あせてしまったよ。 いたづらに 我が身世にふる私の境遇ももはや昔のままではない。 ながめせしまに運命をはかなんでいる間に。




 タマモの本心が見えない。


 男にとって女は謎かけミステリー

 だからこそ惹かれてやまないのかも。

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ケイコクします! タマモちゃん! 一矢射的 @taitan2345

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