牛乳・ハラスメント

 長い稽古の末、牛の魔物を無事にテイムし帰還したセクシャル。


 流石にあの日は疲れたようで即熟睡していたが、翌朝には元気に飛び起きて牛の魔物の元へ向かった。


「おいお前、なぜ牛乳を出さないんだ!? 早く出せ! 出さないと、強く絞っちゃうぞ!」

「……モォォ〜」


 そして現在、大きなバケツを乳の下に構えたセクシャルは、牛の魔物に牛乳を出せと詰め寄り脅しをかけていた。


 牛の魔物は一応頑張って牛乳を出そうと頑張るが……当然出るはずがない。牛の魔物自身もそれを理解しているのか、困り顔である。


「なぜだ……」


 やはり、こいつはどアホである。そもそも子供を産んでいない哺乳類が母乳を出すはずがないのに、牛からはいつでも牛乳が取れると思い込んでいる。


 便利な社会に生きる現代日本人は1年中牛乳を飲むことができているし、同じような思い込みをしている人は意外と多いのかもしれない。


 当たり前だが、牧場の牛たちは子供を産んでからしか母乳を出さない。

 そのため、人工授精などで子供を産ませ、産んでから1ヶ月ほどしたら子供のエサは母乳ではなく人工の餌に切り替え、残り9ヶ月ほどの母乳が出る期間で搾乳を行うのだ。


 確か、搾乳を始めてから3ヶ月ほど経過した段階ではもう次の人工授精を始めて、短いスパンで牛乳が取れるようにしていると聞いたことがある。


 つまり、出産数ヶ月後にはもう妊娠させられ、妊娠できなくなったら肉として出荷されるのだとか。現実は闇深い。改めて感謝して牛乳を飲まなくてはいけないよな。


「はっ! なるほど、オスも必要なのか!」

「モォモォ」


 アホがようやく牛乳が出ない原因に気づいたようなので、話を戻そう。


 牛の魔物も「やっとわかってくれたか」と言わんばかりに頭を縦に振っている。


「……すまん」


 牛乳が出ない際に何かを訴えていた牛の魔物。彼女が言いたかったことに長らく気づくことができず牛乳ハラスメントを行ってしまっていたセクシャルは、申し訳なさそうに牛の魔物の乳を撫でた。


「モォ〜♡♂」


 先ほど少し強く握ってしまった罪悪感から乳を撫でたのだろうが、こちらから見ればそれは完全に握手である。


 牛の魔物が、キショイ鳴き声を上げながらセクシャルに頭を擦り付けるようにして甘えた。


「おお、お前は優しいな」


 軽く謝っただけで許すような素振りを見せている牛の魔物に対し、セクシャルは心が広いと受け取ったようだった。


 こちらからすると発情しているようにしか見えないが、流石に獣◯はキツすぎるのでスルーしておくことにする。


 さて、原因が分かったならばここからはセクシャルの出番である。思い立ったら即日。セクシャルには再び魔境へと赴き、派手に暴れ回り、牛の魔物(オス)を捕まえて帰ってきた。


「よしよし。お前ら、仲良くしろよ」

「モォモォ〜」

「グモォ〜」


 セクシャルに発情させられ、今の今まで焦らされていた牛の魔物(メス)は、それを発散するように早速牛の魔物(オス)に襲いか(自主規制)


「ふむふむ、これはうまくいきそうだな」


 牛乳が取れるようになるのは、思ったより早いかもしれない。


「そうなると、やはり設備を早く揃えなくてはいけないか……」


 少し悩んだ末、懸垂台など新しい器具を生成したセクシャルは、お金を稼ぎに王都に向かった。


 そして前回と同じ商店街の同じポジションに商品を設置し、トレーニングを始める。


 アップ間の様子や懸垂台が置いてあることから、今日のトレーニングは背中のトレーニングだということが予想できる。


 背中はいいよね。重いの扱えるし楽しい。懸垂やローイングマシンでのトレーニングならば腰の怪我の心配もあまりいらないし。いいよね。


 さてさて、自重懸垂などのアップで体を温めたセクシャルは、腰に巻いたチェーン付きのベルトに重りをくくりつけてさらに負荷を上げて懸垂をしていく。いわゆる、加重懸垂というやつだ。


 そんなセクシャルの姿にまたもや見物人がぞろぞろと集まっていく。あまりの人の多さに、周りのお店に迷惑なんじゃないかと思うが、隣などは串刺し肉の屋台なのでむしろ繁盛して助かっているようだった。


 もっとも、トレーニングに集中しているセクシャルにそんなことを気にしている余裕はない。


 どんどん重量を追加していき、最終的には身体強化も使い200kg近く加重して懸垂を行っていくセクシャル。おそらくこれがメインセットだろう。


「グッ……! がぁぁ…!」


 必死に限界まで懸垂を行い、着地。体重含めて200キロ後半ほどの重量が地面にのしかかり、またもや大きな音を立ててしまったセクシャル。


 前回と同じように少し気まずそうに振り返り、いらっしゃい……と息切れしながらも声を振り絞った。


「相変わらず凄まじいな。これは新商品かね?」


 するとやはり、イイヒト公爵が最前列から声をかけてくる。約束していたとはいえ、本当に本人が来たな。公爵家当主のくせに、暇なのだろうか。


「そうだ。これは懸垂台と言って背中のトレーニングに最適な器具で、握る方向を変えることで上腕二頭筋、前腕を鍛えることもできる。怪我もしにくいから初心者にはおすすめの器具だな」

「ほう、それはなかなかいいな。怪我をしにくいのはとてもいい。それに、君が懸垂をする姿はまるで重力に逆らっているようでとても面白かったよ。」


 重力に逆らっているというのはとてもいい表現の仕方で、本当に懸垂をしている人の動きはそのように見える。悪く言って仕舞えば、簡単そうに見えるということだが。


「じゃあ、買うよな?」

「はっはっは! もちろん買うが、それは君が約束を果たしてからだね」


 失礼な物言いのセクシャルに対し、笑って見過ごしたイイヒト公爵。トレーニングマニアとしてセクシャルへのリスペクトの気持ちがあるのだろう。


 そして約束通りセクシャルにダンベルの使い方を一通り教えてもらったイイヒト公爵は、満足げな顔で懸垂代を50台購入して去っていった。太客である。


 そして、残りの商品もしっかりと完売。この日は前回よりも多めに持ってきていたこともあり、130万ほどの売り上げ。利益としては100〜110万円程度稼ぐことができた。


 開拓費用には、まだまだ届かない。



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