第15話 罪と罰
古城は地下に繋がっている。一階の扉を開け城に入ると、大きな階段があり、その階段の横には茶色の扉があって台所に続いているのだが、丁度台所の床には隠し扉のようなものがあるのだ。ロストは一切も迷う事無く、隠し扉を見つけ地下に入った。地下は下水道のように丸いパイプ通路が敷かれていて、彼はその中を進んでいく。地下に入って最初こそは暗かったものの、三十歩ぐらい進んでいくと壁に取り付けられた炎のランプが目に付くようになった。まるで、ラディオンのような場所だ。
やがて道は行き止まりになった。随分と長い通路だった。ロストはそんな長旅に終止符を打つが如く、大きなため息を吐きながら彼女の名を呼んだ。
「お久しぶりです。マーキュリー博士」
大きな鉄格子の扉が一つ、ロストとマーキュリー博士を隔てるように置かれてあった。彼女は監禁されていたのである。
「ロスト君、本当に来てくれたの?」
マーキュリー博士はやつれた顔をしていた。目は弛み、純白だった白衣はシミが目立つようになっている。
ロストはそんな彼女を一瞥すると、【残罰刀】を紫の炎で包み、鉄格子を焼き切った。鉄格子には結界のようなものが掛けられていたが、彼は難なく突破してみせた。
驚くマーキュリー博士。ロストは穏やかな表情で、監禁室の中に入る。
「博士が僕に教えてくれたんですよね。レント達が国境を超えるって」
「ええ……まさか、本当に信じてくれるなんて思ってもなかったわ」
「まあ、最初はただの夢だと思っていましたよ」
苦笑するロスト。
彼は夜な夜な悪夢に魘されていた。それはラディオンに服役していた頃から起きていた。
だがロストが殲滅隊に入ってから、彼の夢に一つの変化が訪れる。
マーキュリー博士が、夢に頻発するようになったのだ。
最初はただの夢だと思っていた。
自分の幻覚だろうと思っていた。
でも夢に出てくるマーキュリー博士は、とてもリアルで鮮明で……いつしか彼は博士の存在を信じるようになった。
本物のマーキュリー博士が、自分の夢の中にいるのだと。そう、解釈したのだ。
「僕、ずっと疑問だったんです。なぜマーキュリー博士が悪者扱いされてきたのか。あの日、僕を説得した日。あなたが僕に紡いでくれた言葉は……今でも、僕の胸に刺さってるんです。この人を信じようって、思えたんです」
「………」
「そんな人がイカれた科学者だなんて、何か裏があると思った。そしたら案の定、あなたは夢の中で何度も僕に警告してくれた。逃げろ…逃げろ……って」
「……………」
「僕は思いました、やっぱりこの人は僕の敵じゃない。きっと何か理由があって、殲滅隊から逃げてるんだと。だから僕は、自分の夢を信じたんです」
マーキュリー博士の魔術の名は【夢追い】。
他人の夢に侵入する事ができる魔術だ。相手の脳がマーキュリー博士の事を考えていればいる程、少ない魔力で夢に入れる。
マーキュリー博士は【夢追い】を使って、ロストの夢の中に侵入にした。侵入し、ロストに危険が迫っている事やレントが国境を越えようとしている事を、夢を通じて伝えていたのだ。
だから目が覚めた時、ロストは頻繁にマーキュリー博士の名を叫んでいたのである。更に言えば、マーキュリー博士が地下に監禁されている事をあらかじめ知っていたのは、これが原因だ。
「そんな事、言わないでよ……私は、大間違いをしたんだから」
マーキュリー博士は苦心を浮かべる。
「私はあなたに天魔の心臓を移植した。天魔の心臓は、何から何まで規格外だった……。彼の血液は魔水の何百倍もの魔力がある。破壊不能かつ、無限に湧き出る資源の源。それが天魔の心臓だった」
魔水はあらゆる魔法道具の燃料である。魔石と呼ばれる資源から作られるのだが、世界では資源競争が勃発している。カタスフザ帝国、シロ帝、マルネリアなど……。
そんな重要物質である魔水。しかしマーキュリー博士は、天魔の血液の方が魔水よりも価値があると言いたいである。それほどまでに、彼の心臓は格別なのだ。
「……私は人の為とか社会の為とか、ご立派な事を言っておきながら、結局自分の好奇心には勝てなかったのよ。科学に善悪はない……私は、そう言い聞かせてきた。使い方さえ間違わなければ、どんな兵器や生物を作り出したって問題ないと思ってた。それが、人間の勝利や大国間の抑止力に繋がると高を括ってたから。戦争に勝てば、"全てが終わる"って思っていたから」
「……………」
「だから、本当に……巻き込んでごめんなさい」
マーキュリー博士はロストに土下座した。一瞬だけ声を漏らすロストだったが、すぐに目つきを変えて彼女を見つめる。
ロストはどんな言葉を出せば良いか決めかねていた。責めればいいのか、慰めばいいのか。自分の罪が他人に与える悲劇も、自分の罪に押し潰されそうになる罪悪も、彼には痛いほど理解できるからだ。だからロストは、マーキュリー博士の行く末を彼女の意思に託す事にした。
「逃げてください、マーキュリー博士」
「……え?」驚いたように、彼女は見上げる。
「博士は十二年前にチャンスをくれました。二度目のチャンスを。だから、今度は僕があなたにチャンスを与える番です」
「……でも、そんな事したらロスト君が……」
「罪は背負うって決めたんです。たとえ罰が身に降りかかったとしても、僕は自分の信念に従います。これで貸し借りなしです」
マーキュリー博士の罪悪を聞いた時、ロストは言葉が見つからなかった。十二年前サーガを匿ったのと同じように、決して許される行為じゃないからだ。
彼女が本当に反省しているか、ロストには分からない。
でも心の底から自責の念に駆られてるというのなら、それこそロストがラディオンから脱出して殲滅隊に入り数多くの世界を見てきたのと同じように、マーキュリー博士も外に出て世界を見て、自分なりに罪を償う方法を探したり区切りをつけたりするしかないと、彼は思ったのだ。
「早くっ! 逃げて」
急かすようにロストは言う。マーキュリー博士は戸惑ったように、挙動が不審になる。
「で、でもやっぱり……」
悩むマーキュリー博士を置いて、ロストは部屋の外に出る。彼女に背を向ける。
その選択が正しいのか、誤りなのか。
どうか……未来に起こる事象が、その選択を肯定してくれるものでありますように。
ロストはそんな事を思いながら、マーキュリー博士と別れるのだった。
《殲滅隊本部 最上階 天空の部屋》
「死亡者数九六名。逮捕数四五名。尚、レント・マルマーザは死亡。マーキュリー・スクワットは今も行方不明となっています。恐らく国境を越えたのでしょう。以上です」
「ご苦労だった、アップ君」
デスクに身を構える最高指令官が、アップの報告書をジッと眺めている。彼はそれの端に指を絡めながら、小さく唸った。
「ところで、"彼"はどうなった?」
「ロスト君は無事に帰還しました。多少の傷を負ってるようですが、命に別状は無さそうです」
「……ん、そうか」
納得したように首を縦に振った。報告書を手に取りながら。
「あと……今回の件で少し分かった事があります」
「言ってみろ」
「天魔の出現についてです」
「……」
アップが一言口にすると、司令官は彼女の方に頭を上げた。
「ロスト君は心臓を刺されると、数分間だけ天魔に体の支配権を奪われるようです。"殺戮領域"での暴走。リュジュ将軍との一戦。これらを見れば、明らかです」
男は苦心を浮かべながら、頭を抱えた。その右手には、薄らと紋章が光っている。
「ならば、処刑するしかないようだな」
「それは駄目です!」
司令官が言い終わる前に、アップは強く否定した。そんな彼女に、彼は眉を顰める。
「どうしてだ? あいつに情が移った訳ではないな?」
「はい、勿論で御座います」
淡々と答えるアップ。だが司令官は探るような鋭い目つきで、彼女を問いただす。
「言っておくが、君の最大の弱点は心だ」
「……はい」
アップは他者に関心を持ってはならない。彼女の魔術は、無関心な存在にしか影響を及ぼせないからである。もし恋心や怒り、情や嫉妬などの特別な感情を相手に抱いてしまうと、その能力は効果を発揮しなくなる。
アップがロストの死をコントロール出来た理由。それは彼女自身が、ロストそのものに無関心だからだ。最初からアップは、彼の事など何とも思っていないのである。
「そういえば、なぜリュジュを自分の手で殺さなかった? 術式を使えば、造作もないのに」
そう言われると、彼女の顔色が曇る。
「申し訳ございません。一応、あの人は私の師匠ですので」
「君はもう少し自分を律した方がいい。立場が危うくなるぞ」
「すみません」
落ち着いた様子で答えるアップ。司令官は再び報告書の方に目を向ける。
「で、どうして君は彼にこだわる?」
「司令官は、天魔の異名についてご存じですか?」
「ああ、いくつか知ってる」
「私が一番心に残っているのは、『二つの心臓を持つ悪魔』です」
天魔はあらゆる伝説や神話に影響を与え、数々の通り名を持つ。これもその一つである。
――天魔の心臓は二つ存在します
そう言うと、男は少し鼻で笑うような態度を取った。心臓を二つ持つ魔獣なんて、聞いた事がないから。あくまで異名は形容であり、象徴なのだ。真に受ける方が非常識である。
ところがアップは、眉一つ動かさず真面目な顔で話を続ける。
「その内一つはロスト君の心臓に。もう一つはこの世界のどこかに……。私はもう一つの心臓を見つけ出し、破壊もしくは軍事目的に使いたいと思います」
「……」
「天魔の心臓を破壊できるのは、それと同レベルの魔力を持つ者だけ。即ちロスト君だけです。仮にロスト君を殺しても、心臓は消えません。また、もう一つの心臓を見つけるのに彼の存在は必要不可欠です。ロスト君の中に眠る天魔が、自分の心臓の在り処を教えてくれるから。磁石のようなものです」
「………んー」
男は苦しそうに頭を抱えた。ロストを処刑するか、決めかねている。
「それに、いざとなれば司令官の【
「ふざけるなッ! あれは最終手段だ」
怒る司令官に対して、アップは冷たい微笑を浮かべる。
「私と司令官は、事実上同じ立ち位置ですよ? その意味を分かっていますか?」
過剰な魔力消費や術者の記憶削除など莫大な代償を払う代わりに、起きた事実に対する記憶を変換させる能力。それが司令官の魔術だ。【過疎変呪紋錠記憶】のお陰で、彼は数々の証拠隠滅や裏取引を成功させ、その地位を築いた。
殺戮領域で起きた天魔の暴走。サツキと彼女の最期。
これらの記憶がロスト達の頭からすっぽり抜けていたのは、司令官のせいだったのだ。
「君はワシの能力を過大評価してるみたいだが、自惚れてならない。記憶の復活は予期せぬ事で簡単に起こり得る」
「確かにそうですが……」
「彼の存在が世に広まるのも時間の問題だ。恐らくシロ帝は更なる強者を送り付けるだろう。それこそ、君のような異次元の存在をなァ」
レントとシロ帝は協定を結んでいた。ロスト及び天魔の回収を果たすために。レントによれば、あそこにはテイムをも強制解除できる悪魔がいるらしい。ロスト達の知らぬところで、とんでもない存在が動き始めた可能性がある。
「アップ君、君は彼の心臓を守れるのか?」
「全力は尽くすつもりです。ロスト君に渡した私の【残罰刀】には追跡魔法もかけられているので、当分の間は安全が確保出来るでしょう。ですが私達には”あの人”がいるではないですか?」
「無月ショウのことか。殲滅隊最後の切り札の」
「はい」
殲滅隊のSSランクに登録されている隊員は、僅かの三名である。その内の二人が、アップと無月である。特殊対魔一軍やSSランク指定の兵士は領土拡大及び他国に対するけん制を図るため、海外で活動している事が多い。ロストを回収した半年前まで、アップは死の土地’アマゾニア大陸’で幾度と戦火を散らしてきた。王の警護を務めた事もある。
「心臓一個分程度の天魔なら、暴走しても大丈夫ですよ。無月君が勝ってくれると思います」
「まあ、あいつなら対処できると思うが……」
十年前、世界大戦が起き人類は敗北した。アマゾニア大陸は丸ごと占領され、シロ帝やカタスフザ帝国が位置するポリゼリフ大陸も襲われるのではないかと危惧されていた。
が、そんな事は起きなかった。戦争で魔獣に負けたのに、カタスフザ帝国は見ての通り平和である。シロ帝やマルネリアでさえも、侵略してくる素ぶりを見せてこない。
なぜだろうか。その答えが、無月である。彼は強すぎるのである。無月は今年で二十六歳となり、レクやロックと同期であるが、もし世界大戦の勃発が二年遅ければ勝利は人間側だったと言われているぐらいの強者である。
最北には魔獣が完全支配する暗黒大陸があるのだが、無月は数名の部下を連れて、そこでの人間領土獲得に尽力している。
まさに、殲滅隊が誇る最後の切り札である。
「悪くない話だと思いますが」
渋る司令官。悩みぬいた末、彼は
「分かった。お前の意見を採用してみよう」
「ありがとうございます」
アップは丁寧にお辞儀をした。未だに思い悩む司令官だったが、根負けしたようだ。
「で、これからどうする? 彼に旅でもさせるのか? 心臓を探すために」
「はい。何れはそうなるでしょう。ですが……」
少し微笑むアップ。
「今は休ませてあげましょうよ。私達が出向かなくとも、敵は自らやって来るのですから」
* * *
同じ風景が、戻ってきた。
任務を終える頃に、沈みかける夕日。街を歩く、沢山の人々。活気ある、商店街。
ようやく日常が戻ってきたのだと、ロストは思う。
今日は復帰後初の討伐任務だった。リュジュに負わされた傷がまだ痛むけれど、いつまでも休んでいる暇はないのである。魔人を倒し、任務遂行を報告書にまとめ、無事に一日の仕事を終える頃には、時は夕方になっていた。ようやく日常が戻ったとはいえ、やる事は魔獣の討伐。日々火線である。
ロストの手にはポリタンクが握られている。魔法道具の燃料となる魔水だ。少々重い。
右手でそれを持ち、あの人の背中を追う。歩いていると、商店街の中にある、大きな洋服屋の角が見えてきた。よし! やっとここまで来た。
そこを曲がると、大体いつもこのタイミングで彼女に声をかけるのだ。
「リボン、交代」
そう言うと、彼女は渋々彼のポリタンクを受け取った。そして、今度は元々彼女の手に握られていた布製の買い物バックを、ロストが持つ。重さ的には五分五分だけど、取っ手が変わるから、負担が少しだけ遠のく。
ふと、甘い匂いが、空気を伝って来た。空腹を助長させるような、お腹の鳴りを促すような、綺麗な香り。ロストの鼻が唸る。それに釣られるが如く、彼は首を振ってみる。匂いは……どこから来ているのかな。
「あッ」
どうやら見つけたようだ。ロストは思わず、声を漏らす。
けれど、声はそこで止まった。だって、前にいるあの人が、その存在を許さないからだ。
お腹の鳴りが酷くなる中、渋々ロストは夕日の街を歩き続ける。
親友と、最後にかわした約束……。
――どうか、幸せになって欲しい。
街を燃やし、彼を刑務所行きにした彼女が、最後に残した約束。まるで、皮肉だと思う。
この約束を思い出すたび、ロストは思う。自分は今、幸せなのだろうか。そもそも、幸せになる権利なんてあるのだろうかと。
その時、ロストは大きく首を振って、その疑問を跳ねのけるのだ。
人生は、選択の連続だ。自分の選んだ選択が、正しいのか間違っているのか。善なのか、悪なのか。そんな事、未来にしか分からない。
でも選択に迫られたとき、自分が一番正しいと思える、後悔しないと思える、そんな選択肢が選べるように生きていく事が大切なのだと、ロストは確認して首を振るのである。
確かにロストの選んだ道は、他者からしたら悪手だった。結果だけ見れば、それは最悪の一手だった。
けれど、ロストは受け入れた。自分の犯した罪を認め、死を覚悟し、何度も死を経験した上で、彼は自分の選択に胸を張るのである。
そして、これから出会う全ての選択肢に誇りを持てるように。死んだとき、リリンの笑顔を受け取れるように。地獄に落ちたとき、約束果たした事をサーガに伝えられるように。
だからロストは、自分の居場所を作ってくれた彼らと一緒に、日々を精一杯生きていくのである。最良だと思える選択を、毎度取りながら。
そして辛くなったとき、はたまた生きる意味を問いたときは、彼はきっと追憶に眠る究極の原点を思い浮かべるだろう。
「ははははは、見て! お兄ちゃん」
雨止む夜の中庭にこだまする、懐かしいこえ。
その笑顔が、彼に、笑う権利をくれるのである。
良い匂いが、遠ざかっていく。三人は、商店街を抜けていくのである。
あーあ、食べたかったな。
ロストがそう思いながら歩いていた、その時。
「??」
瞬間、前を歩いていた彼が止まった。彼は片手に買い物袋を持っていた。今日の食材が入っている大きな布袋。ご飯を作るのは、勿論彼だ。この人は、絶対に間食を許さない。
「どうしたんですか?」
「……いや」
リボンの質問に、レクは小さく答えた。
「今日は、メンチカツ買うか」
何を血迷ったのか、彼は間食を許してくれた。どうして、許してくれたんだろう? そんな疑問を胸に秘めるロスト達だったけど、彼らにはその答えが分からない。
けれど、どうやら彼にも強い原点があったようだ。
「行くぞ」
その言葉を聞いて、三人は再び商店街と戻って行った。
時刻は、夜の手前の夕方。
ロスト達の瞳には、空に輝く星々が、かすかに光始めていた。
ロストクラッシャー〜put on darkness〜 やきとり @adgjm1597
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