#3

『ぎゃああああああああっっっっ!!!!!!』

 突然の女性の断末魔。


「っ!?なんだ…?」

 ぐっすりと篤の部屋で寝ていた千春は、飛び起きて暗い部屋を見渡す。


 しかし、室内は寝る前と変わらない光景だ。寝起きの頭で一体何が起きたんだ?と、考えている千春であったが、ある事に気付く。


 両耳からは流行りのアーティストの歌声が聞こえてきている。


 千春は耳元でしつこく呟き続けていた女性がうるさかった為、イヤホンを耳に付けて音楽を聴いて寝ていたのだった。


 それなのに、女性の断末魔の様な叫び声がはっきりと聞こえてきたのだ。それならば篤も起きていてもおかしくはないのだが、篤はベットでいびきをかきながら熟睡している。


 そして感じる違和感――



 就寝前まで聞こえていた、あの呪詛の言葉が全く聞こえないのである。どういう事か分からないが、あの女性は居なくなった、という事なのか…。


 結局、アマネの言う通りになったので良かったのだが、釈然としない気持ちを抱えながらその日は寝る事にした。




 ◇



 数日後、アマネと会う約束をしていた千春たちは、仕事終わりにいつものファミレスでアマネの事を待っていた。


 しかし、約束の時間になってもアマネは現れない。珍しい事もあるものだと、千春たちが話していた時である。テーブルに置いていた篤のスマホに着信があった。


 スマホの画面には『救世主』と表示されてある。つまり、救世主とはアマネの事であるのだが、千春はいつもの事なのであえてツッコミはしなかった。


「あ、もしもし。え?ああ…そうですか。分かりました。じゃあ連絡待ってます」

「アマネさんなんだって?」

「なんか急用が出来て、来られなくなったらしい」


 アマネが来ないのであれば、ファミレスにいつまでも居る必要はない。飯でも食ってから帰ろうか、そう思った時である。


 千春のスマホにアマネからラインが届く。


『すぐに一人で駅まで来てくれる?』

 そのラインを見て、千春は察した。


 篤の前では話せない何かがあるのだろう、と。


 ご飯を食べてから帰るという篤を置いて、千春は駅まで向かうとそこにはベンチに座り、俯いているアマネと一人の男性。


 一瞬、知り合いか?そう思うも、男性のチャラそうな外見とアマネの対応から「ナンパか」と察する。


 アマネは、夜中にぶらぶらしていると補導されかねないくらいの童顔で、可愛らしい顔をしている。


 詳しい年齢は一度も聞いた事はないが、何気ない会話の中から考えるに、千春たちよりも年上だろうと考えていた。



「すいません。妹と知り合いですか?」

 平気で嘘をつく千春に男性は「ちっ」と、舌打ちをして去って行く。


「ちょっと。いつから私は千春くんの妹になったの?でも、ありがとう。助かったわ」

 頬を膨らませながら怒ったふりをするアマネ。その姿は小動物の様に可愛らしい。


「その方が揉めないと思ったんですよ…場所を移動しますか」

 そう言い、駅前のカフェに移動する二人。






 適当に軽食を頼んだ後に千春から切り出す。


「それで、俺だけ呼んだって事は篤に聞かせれない話なんですよね?」

「…正確には違うわ。


 怯えた表情で言うアマネは続けて話し出した。


 先程アマネはファミレスに行ったらしいのだが、窓ガラス越しに篤の姿を視た時に、真っ白なもやが篤の周りに浮かんでいたそうだ。


 ソレを視たアマネは自分の手に負えないと考えて、逃げてきてしまったという事であった。



「一度この目で、篤くんに憑いてるのを確認したかったのだけれど、まさかあんなものに魅入られるとは思ってもみなかったわ…」

「魅入られるって…それってなんなんですか」

 恐る恐るアマネに聞く千春。




「正確には私にも分からないし、はっきりとは視えなかったけど、一度だけ私の師匠がアレと同じモノを祓っていた事があったの。あれは多分『神』よ」


 アマネが言っている意味が千春には分からなかった。


『神』というモノが本当に存在するという事にも驚いたが、一般的に『神』は良い存在だと千春は認識していた。だから、神が篤に憑いているのであれば良い事なんじゃないか、と。


 しかし、アマネの表情や口調からはそんな事は微塵にも感じられなかった。



 アマネの説明では神に魅入られた人は、いかなる事があっても憑いている神が守ってくれるのだが、必ず短命だという事だ。


 神は気に入った人間が居ると、自分の居る場所――つまり、現世とは別の空間である幽世かくりよに連れていってしまう。という事だ。


「そんな…アマネさんのいう事が本当だとしたら、篤は長生き出来ないって事ですか?」

「必ずしもそうとは限らないのだけどね。私が知っている限りだと、神に魅入られて生き残った人は一人しか居ないわ。それが、私の師匠よ。紹介してあげたいんだけど師匠は今、日本に居ないのよ」


 ただ、アマネの話ではすぐに篤の身に危険が迫る可能性は低いらしい。下手にアマネが何かしてしまうと、かえって篤が危険にさらされる場合がある為、現状では打てる手がないという事であった。


 ふと、千春は思う。


「もしかして、以前に篤の家に泊まるように勧めたのって…」

「他の女性が自分の気に入ってる人間の周りをウロチョロされたら目障りでしょ?」


 その言葉を聞いた千春は納得をすると同時に、疑問も浮かぶ。


 以前、アマネは電話越しなのにもかかわらず、篤に憑いている存在を女性と言っていた。


 その事を聞いてみると、篤と電話で話している時に千春も感じた、あの甘ったるい匂いがアマネの方にも漂ってきたという。


 アマネはその後、師匠と連絡が取れたら連絡をするという話をしてその日は別れた。




 帰り道に千春は考えていた。


 夜中に篤の部屋で聞こえてきた女性の絶叫。あれは、篤に憑いているモノの仕業なのか――そして、千春に憑いてきたあの女性はどうなってしまったのか。


 アマネの言葉を信じるならば、人間だろうが、神だろうが女性の独占欲は怖い。という事であった――。




【魅入られた男】~完~

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