魅入られた男

#1

 記録に残る限り、日本で最初に作られたトンネルで有名なのは『青の洞門』だろう。

 

 このトンネルは禅海ぜんかいという一人の男によって、30年の年月をかけて手掘りで作られたトンネルである。


 一人でトンネルを掘るというのも凄い事なのだが、昔は手掘りでトンネルを掘っていたというのだから驚きだ。しかし、落盤などの事故で多数の人が亡くなる事もあったようだ。


 現代は技術が発展してきてはいるが、それでもトンネル工事の事故は後を絶たない。昔は現代程、技術があったわけではない。つまり、かなりの人数がトンネル工事で亡くなっているのだ。


 その中でも鉄道トンネルである、旧白畑トンネルを開通工事をした時はかなりの犠牲者が居たという。その中には、落盤などの事故死も含まれてはいるのだが、多くは劣悪な環境による、衰弱死、過労死などが大半だった。そういう人間をにしてトンネルに埋めていたという。



 それが発覚したのは、旧白畑トンネルが開通してから半世紀程経った頃である。


 旧白畑トンネルの改修工事をする過程で、トンネルの壁の中から数十体もの白骨化した遺体が見つかったのだ。


 その事実が発覚した時に当時の鉄道職員は、「だからあのような不可思議な事が起こっていたのか…」と、言ったそうだ。


 というのも、トンネルを開通したはいいが、『火の玉が出る』『トンネルの壁から手が生えていた』『黒い人影が佇んでいる』などの目撃情報が相次ぎ、しまいには旧白畑トンネルに居住している歴代の鉄道職員家族に、病人が多く出るようになっていたからだ。



 現在では新白畑トンネルが作られ、旧白畑トンネルは使われてはいないのだが、そこは千春たちの地元でも有名な心霊スポットとして未だ存在する。


 しかし、地元にあるというのに千春はそのトンネルに行った事は無い。


 何故なのか。



 それは、単純に千春がトンネル嫌いであるからだ。


 千春は別に閉所恐怖症というわけではない。なんというか、あの周囲が壁に囲まれている圧迫感がどうも好きではない。


 そのような理由から、千春はことあるごとにトンネルに撮影しに行こうと言ってくる篤を無視し続けていたのだが、残念ながら今回は行かなければならない事態に陥ってしまっていた――





「千春。流石にもう無視は出来ないんじゃないか?もう腹括れよ」


「いや、何か逃げ道はあるはずだ…」


 呆れた表情で言う篤と、必死な表情で考え込んでいる千春。


 こんな千春を見るのは中々に珍しい。一体、何があったというのだろうか…。



 パソコンの画面には二人に送られてきた、DMが映し出されている。内容は、


『旧白畑トンネルに行ってください!』

『地元民なのに旧白畑トンネル行かないのはなんで?』

『そういえば、この二人のチャンネルに心霊トンネルの動画ないよな』



 このようなDMやコメントが二人が有名になるにつれて、多数寄せられてしまうようになってしまったのである。


 最初は頑なに拒んでいた千春であったが、流石にこんなにもコメントを寄せられてしまうと、無視する事は出来ない。


 結局、良い言い訳が見つかるはずもなく、千春たちは『旧白畑トンネル』に向かう事になってしまう。


 ◇


 旧白畑トンネルの入り口までは車では行くことは出来ない為、外灯も存在しないまっ黒にしげった森の中、ひとすじの路が縫うようにうねっている山道を千春たちは持っているライトで道を照らしながら歩いている。


 人もほとんど使っていない道なのか、アスファルトの道はひび割れ、辺りには落ち葉や枯れ枝が散乱している。


 車から降りて20分程歩いた頃だろうか。ライトの光に照らされて旧白畑トンネルが姿を現した。


 古ぼけたトンネルの上から垂れ下がるツタが、より不気味さを醸し出している。


「千春。さっきから一言も話してないけど、撮影の時はしっかりしてくれよ?」

「その時は割り切るから大丈夫だ。…結構長いトンネルなんだな」


 トンネルの中は漆黒の闇が広がっており、遠くにかろうじて月明かりに照らされた出口が薄っすらと見えるのみ。



 ぴちゃ――ぴちゃ――


 トンネル内からは雨水が滴る音が断続的に聞こえてきて、その音がトンネル内に反響して人の足音のようにも感じられた。





 千春たちは撮影の準備を整えてからトンネル内に進んで行く。ライトの光に照らされた内部は、落書きが多数描かれていた。


「雰囲気は確かにあるけどさ、こんなに落書きがあるならここも噂だけのトンネルなんじゃね?」


 辺りをキョロキョロと見回しながら話す篤の声と足音がトンネル内に響き渡る。


「噂ね…トンネルの壁から白い手が生えてたり、瘦せこけた男が這いずって追いかけてくる。だったか。信憑性は定かではないけど、このトンネルで焼身自殺した女性の幽霊も出る、とかもネットに書いてあったな」


 そんな話をしながらトンネル内を歩いていると、違和感に気付く。



「落書きが無い…?」


 入り口から20メートルまでは落書きでいっぱいのトンネル内であったが、それ以降は落書きが全く描かれていない。


 よく、本当に危険な心霊スポットには落書きが無いと言われているが、実は間違っている。


 正しくは、今回のトンネルの様にが、危険だとされている。



 有名な心霊スポットは不良たちのたまり場や、度胸試しとして使われる事が多い。


 そんな度胸が命、舐められたら終わりだ!的な精神の持ち主である彼らでも、その先には進めなかったという事である。



 千春たちも長年、心霊スポットと呼ばれる場所に突撃してきた経験から、ここからが本番だと気を引き締めた時であった。



 トンネルの奥へ向けているライトの光に、何かきらりと反射している物が見える。


 近づいてみると、それが赤いハイヒールだという事に気付く。薄汚れた壁に向かって綺麗に揃えられて置いてある。


「気もち悪っ…悪戯だと思うけどさ、わざわざこんな事して何が楽しいんだ?…千春?」


 篤は赤いハイヒールの傍で話しているが、ふと千春が付いて来ていない事に気付く。


「ん?あぁ…悪い」


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