第20話 アンタに死んで欲しい


「恩……

 私はどちらかと言えば……君を不幸にしたんじゃないかな。

 うん、そんな気がしてるよ」


 泣きそうに、眉間に皺を寄せて。

 それでも、無邪気さを感じさせる笑みで口元を曲げる。


 嘆き、叫びたい。

 そんな、感情を押し殺す様に。

 丹生夜見は、軍刀を構える。


 召喚するのは、俺が一番最初に複製した武器。


「トカレフ」


「今、それを出すんだね」


「俺の鉛玉は気持ちよかっただろ、メンヘラ女」


「私を見て知って、死に目の経験をして。

 それでもそんな減らず口が叩ける君が、私は好きだよ」


 部分消失。

 再複製。



 ――登録ナンバー303『原子弾薬』。



 まぁ、簡単な説明をすれば、薬莢内で原子をぶつけて鉛を超加速させる。

 そういう弾丸だ。


 因みに、撃てば銃身ごと俺の腕も吹っ飛ぶ。

 けど、その威力は折り紙付き。

 放たれる特殊合金の弾丸は、音速を突破し限りなく光速に近い速度で対象を弾く。


 ライフリングが機能しねぇから、射程は大幅に縮まる。

 威力一点特化・最強の弾丸。


 この銃口を、あの女の身体に密着させてぶっ放せば。

 それで俺の勝ちだ。


 まぁ、問題はその距離まで近づく必要があるって事だが。


 一歩。俺は丹生夜見に近づく。


「なぁ、言えよ」


 もう一歩。踏み出す。


「助けて下さいって、懇願してみろ。

 そうすれば、俺がお前を救ってやる。

 お前の荷物を俺が全部引き継いで、お前の為に生きてやる」


 カツカツと、静かな部屋で俺の靴音だけが響く。


「ヒーローみたいな事を、言うんだね」


「それが、お前の求めてた物なら。

 俺は、お前にとって都合のいい男になってやる」


 言葉は甘く。

 視線は鋭く。

 自信を持って。

 安心させる様に。


「俺なら、お前を救ってやれる」


「なんで……」


 銃口を鼻先に突き付ける。

 軍刀が首元に突き付けられる。


 撃てば当たる。

 薙げば斬れる。


「君は、私の事が嫌いでしょ」


 嘘なんて吐き慣れた。

 プライド何かより、現金の方が大切だったから。


 恋愛なんてした事もない。

 したいと思った事も無い。

 できるとも全く思えない。


 それでも、あんたがそう言って欲しいなら。


「俺は、お前の事を好きになる。

 だから、俺と付き合ってくれ」



 ――だから、死んでくれ。



 言外にそう言って、俺は引き金を引いた。


 腕の先が、爆発する。

 銃身は崩れ、腕が爆ぜる。

 痛みに耐えながら、俺は一瞬のそれを目視していた。


 圧倒的な爆風に弾き飛ばされながら。

 俺には、美しい刀の反射光が見えた。


 あぁ、とんでもない怪物だ。

 その距離から飛来する銃弾を、人の身体で、ぶった切ったのかよ。


「嘘吐き……」


 爆風の中心点から、そんな声が聞こえる。


 丹生夜見は生きていた。


「私の勝ちだよ」


 吹き飛び、片腕を失って倒れた俺に、上から刀を突きつけて。


「君の負けだ」


 夜見は言う。

 悲しそうな顔で。


 嘘か。

 そうだよな。

 俺は、嘘を吐いたのかもしれない。


 腕が吹き飛ぶ痛みにも、堪えるくらいできる様になった。


「分からないんだよ」


 熱さに堪えて、俺は答える。


「人を好きになった事が無いから。

 俺なんかに付き合わせちゃいけないと思ってたから」


「だとしても、君が私の事を嫌いな事に変わりはない。

 嘘でも、そう言われれば私が負けて上げるかもって。

 そう思ったんでしょ?」


 お前は、全力を出して負けたい。

 それは分かってる。


 だから、負けてくれることに期待した訳じゃない。


「違う」


「何が?」


「俺は、人を好きになるって事の意味が分からない。

 だから、もしあんたが良ければ……

 好きになるのは、アンタと付き合った後でも良いかな……?」


 俺は手を伸ばす。

 軍刀を掴み、引き寄せる。


 数多の加護を持つ夜見に対して、それは酷く弱々しい力だ。


 けれど、抵抗を感じる事無く、刀は俺の隣に転がって。

 夜見の身体が、俺の上に倒れ込む。


 長髪が舞って、俺と夜見の顔を周りから隠す。


「何度見ても、良い面してるよな」


「好きが分からないのに、そういう感覚はあるんだ」


「普通の奴でも、面が良いと思う相手全員に告白する訳じゃ無いだろ」


「私は、私を殺してくれる人が好き」


「じゃあ殺してやるよ。

 けど好きになって貰わない事には始まらない」


「もう、君は負けたのに。

 次なら勝てるとでも思うの?

 まだ他に切り札は残ってる?」


 残ってないよ。

 マジックのネタは出し切った。

 複製枠は、殆ど消費し尽くした。

 使ってないパーツはあるが、殆どはオプションパーツで、お前を倒せるような切り札じゃない。


 それでも。


「なぁ、例えば洗脳する様な能力を持ってる奴が居てさ」


「うん」


「それに負けたら、お前は卑怯だと。

 正々堂々と戦わないと負けは認められないって、思うか?」


「思わないよ。

 それは、防御できない私が悪い。

 負けは負けだね。でも、私には異能による精神干渉を防ぐギフトがある。

 そんな道具があっても、私には通じないよ」


 あぁ、そんな道具は持ってない。


 でも、それが聞けて。


「……良かった」


 残った左手で、夜見の頬をなぞる。


「俺はもう戦えない。

 林檎も食べさせちゃくれないだろ?」


「うん、これ以上は無駄そうだから」


「でも、俺は諦めないよ。

 いつか必ずお前を殺す。

 だから、それを達成するか諦めるまで」


 そこまで言うと、察したように夜見は聞き返して来た。


「……いいの? それで」


「あぁ、俺はお前を好きになってみたい。

 だから、さっきの質問に答えてくれ」


「一応聞くけど、どれの事?」


「俺に付き合ってくれるか?」


「あぁ、やばいな……

 言われ慣れた言葉なのに、なんか凄く……」


 頬を赤らめて、夜見は笑う。


「照れる」


「その顔、夜見の表情で一番好きかも」


「そういう事言わないで、今は不味いから……」


「返事は?」


「君以外に、私を殺そうとしてくれる人は居ない。

 私の全力を見ても、諦めなかったのは君が初めて」


 楽しそうな表情で、夜見は言う。


「いつか必ず、私を殺してね。

 彼氏君……」


 俺は、夜見の頬に手を添える。

 その顔を引き寄せると、夜見は少し恥ずかしそうに眼を瞑った。


 当然だ。

 俺は必ずお前を殺す。


「君を信じてる」


「任せとけ」


「――愛してる」


 俺は、夜見の唇に自分の唇を重ねて。


 念じる。



 ――複製:トカレフ・原子弾薬。



 空いた左手に、それは召喚される。



 聖女の様な微笑みと清純さを感じさせる。


 完全に無防備な女の奇麗な顔が。



 ――真っ赤に弾けた。



 ドサリと、首から上が無くなった女の体重が、俺に預けられる。

 それと同時に、その身体は消滅を始めた。


 飛び散った血痕事、丹生夜見の身体が消えていく。


 それでも赤は残る。

 両手は吹き飛び、近くで爆発したから顔には銃の破片が刺さってるし、内臓はモロ爆発を受けて臓器が見えそうだ。


悪いなばぎぃな……先輩ぜんばい……

 おげ嘘吐きうぞづぎなんでなだんでが……」


 恋愛に興味が無い訳じゃない。

 あんな美人な先輩と付き合えたらと、思わない訳でもない。

 委員長が言ってた様に、金持ちの養子とかなれたら楽なんだろうなとも思う。


 だから、その相手が性格破綻者でも、初めて言われた好きの言葉。


 本当は少し、嬉しかったんだ。


 だから本気で願ったよ。



 ――アンタにんで欲しい、って。



 これで、俺が最強だ。

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異界渡りの財宝王 〜貧乏高校生は異世界と日本を行き来する〜 水色の山葵/ズイ @mizuironowasabi

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