第3話 複製


「なぁ、紘一こういち


「なんだよあたる


「これ、何か分かるか?」


 その日、俺はいつもより少し早く登校していた。早朝バイトを休んだからだ。


 同じ様に日直で早く来ていた紘一に、スマホの画面を見せる。


 開いていたのはメモ帳。

 そこには、昨日俺の視界に浮き上がった文字を写してある。

 俺の名前と年齢部分は隠し、それ以外を紘一に見せた。


 正直、俺には意味がさっぱり分からない。

 攻撃とか防御とか。その隣の数字とか。

 スキルってのは、技能……だよな?

 ギフトってなんだよ。プレゼント?


 かと言って聞ける相手は多くない。

 ダメ元で、紘一に聞いてみた。


 すると。


「なんかのゲーム画面?

 お前もついにそういうのやる様になったんだな」


「ゲーム……画面……」


 飲み込む様に俺は呟く。

 生まれてこの方、ゲームなんて一度もやった事が無い。


 ていうか、あれ高すぎるだろ。

 一本5千円とか、買える訳無い。

 スマホのアプリとかも、正直時間が無い。


「キャラのステータスじゃねぇの?

 ホラ、こんな感じだろ?」


 紘一は、自分のスマホを見せて来る。

 スマホゲームが起動していた。

 イケメンの二頭身キャラクター。

 画面の隅には俺が見せたのと似た様な文字が書かれている。


「これ紘一か?

 全然似てねぇな」


 短髪黒髪で、ガタイも良く、強そうな顔つきと言われる紘一。

 対して、ゲーム内に映るのは童顔で小柄な金髪イケメンだった。


「別にいいだろ、ゲームなんだし」


「そうだよ。装備とかと組み合わせて見た目も変える物なんだから。

 魔法の杖なら黒髪眼鏡とか、剣と盾なら短めの金髪とかね」


 紘一と話してると、委員長が横からスマホの画面を覗き込んで来て話に混ざった。

 今日の日直は、紘一と委員長だったか。


「私、結構ゲームするんだ」


 なんか、眼鏡の奥の瞳が輝いてる気がする。


「見る感じRPGのステータスだね。

 バイトマスターって何……

 絶対ネタクラス……まぁ望月君らしくはあるけど」


「委員長もこういうの詳しいの?」


「自慢じゃ無いけど、有名MMOの対人戦ランキングで42位まで行った事とかあるよ!」


 腰に手を当てて、そう宣言する委員長に俺と紘一は同時に言う。


「完璧自慢じゃね?」


「それ、凄いのか?」


 俺を見て、委員長はガッカリする様に溜息を吐いた。


「……それで、望月君はどんなゲームやってる訳?」


 さて、なんて答えよう。

 あの世界に、友人を巻き込む訳にも行かないし。


「ゲームのバグを見つけるバイトやっててな」


「あー、デバッカーか」


「望月君電子機器触れるんだ。

 入学したばかりの時は、アプリのID交換にも手間取ってたのに」


「まぁ一応……

 けど、意味がさっぱり分からなくて。

 こういうゲーム? ってどう進めればいいんだ?」


「まぁ、普通はモンスター倒してレベル上げだよな」


「そうだね。後はダンジョン行ったり、装備集めたり。

 色んな能力を獲得したりとか」


「能力……」


「そ、このスキルって奴かな多分。

 ギフトは何だろ。何かの固有能力なのかな」


 モンスターを倒してレベル上げ。

 装備の入手。

 能力を増やす。

 メモっとこ。


「でも、普通だったらプルダウンで詳細見れるよね」


「まぁ、ヘルプ機能くらいあるよな」


「ぷるだうん……?

 ヘルプ機能……?」


「おま、どんだけ機械音痴だよ」


「学校の授業でも使うよ、プルダウンって単語」


「例えば、俺のアプリならステータスの一部分をタップすると、その言葉の意味を詳しく教えてくれる。

 能力とかも、どういう効果があるのか分かるぞ」


 そう言って、実際に操作しながら見せてくれる。

 スキル:美男子の魅了。確率で女性モンスターを3ターン仲間にする。

 どんな能力だよ。


「ライダーキックの方が似合ってるぞ」


「うっせ」


「あはは、ちょっとキモイかも」


「なっ、委員長まで……」


 肩を落とす紘一を眺めながら、俺は思い出す。

 確かに、あの世界にはモンスターと呼べる存在が居た。

 豚面の巨漢と緑の小人。

 あれを倒せばいいのか?


「まぁ、何かクエストとか依頼された事がある訳じゃないなら、レベル上げが無難なんじゃない?」


 別に、誰にも何も頼まれてはない。

 そもそも、あの世界にもう一度行くのか。

 行く理由は何かあるのだろうか。




 ◆




 そう、思ってんのに。

 なんでまた来ちまったかな。


 鏡の向こうの世界。

 昨日と同じ様に屋上の姿鏡を通れば、そこは草原だった。


「森じゃないんだな……」


 昨日死んだのは、森の中だった。

 飛ばされる位置は毎回同じって訳だ。



 望月充もちづきあたる 男 16才10カ月。

 職業 【バイトマスター】

 称号 【貧乏異世界人】

 LV 1

 攻撃 10

 防御 10

 速力 10

 器用 10

 信仰 10

 魔力 10

 ギフト 【複製デュプリ

 スキル 【自己分析マイステータスlv1】



 視界にはやはり昨日と同じ文字が浮かぶ。

 やっぱ、夢じゃない訳だ。


「死ぬ以外に帰る方法も分からないのに。

 馬鹿だな俺」


 そう思いながら、俺は視界に映る文字に触れる様に手を動かす。



 バイトマスター:100種以上のアルバイトを経験した者だけが就ける職業。バイトで経験した事がある行動を行う場合、全能力が向上する。


 貧乏異世界人:異世界からやって来た者の証明であり、異世界でも貧乏である証明。帰還と唱える事で、元の世界に帰る事ができる。金運に関するスキルを習得できない代わりに、1日1度女神の哀れみによって銅貨5枚を貰える。



「2人の言った通りだ。

 本当に見れた。あいつ等異世界人なのか?」


 って、帰還って唱えれば帰れたのか。

 死に損じゃないか。


「帰還」


 そう唱えると、身体が硬直した。

 1分程時間が経つ。

 俺は学校の屋上で仰向けに倒れていた。


「なるほど」


 そう呟いて、俺はもう一度鏡の中へ入った。

 帰還は1分程時間がかかる。

 しかも、身体が一切動かなくなる。

 死にそうな時、逃げる方法として使える訳じゃ無さそうだ。



 次はギフトとスキルだな。



 ギフト:世界を渡った存在に与えらる力。世界の法則を無視し、異世界でも使用できる。


 スキル:技能の上位能力。極めた技能が、肉体能力以上の特殊な効果を帯びた物。LVが上がるほど、多くのスキルを獲得できる。


 複製デュプリ:登録された物品を、精神力を消費する事で創造する事ができる。

 創造された品は任意に消す事もできるが、30分で自動消滅する。

 同じ品は複数登録されていない限り、同時に一つまでしか創造できず、新たに創造する場合は前の品が自動消滅する。


登録品条件・視認した事がある。片手に持てるサイズの物品。触れられない物や、生物は登録できない。

登録数条件・【閲覧権限無し?????】に付き一つ。


 自己分析マイステータス:自分の能力を文字情報として確認する事ができる。全ての知的存在が保有する基本スキル。スキルLVが上昇する程、多くの情報を閲覧できる。



 少し分からない単語もあるが、概要は何となく分かる。

 恐らく、拳銃を出したのは複製デュプリというギフトの力なのだろう。


 てか、これで宝石でも複製すれば……

 いや、30分で消失するなら売れないか。

 詐欺で逮捕は御免だ。


 ――登録数条件を満たしていません。


 は?

 登録数条件教えろよ。


 ――登録数条件を満たしていません。


 なんだこいつ。

 じゃあそこの草とか複製できんのか?



 ――登録番号002『草』で完了しますか?



 ……しません。


 じゃあ、隣の石は。



 ――登録番号002『石』で完了しますか?



 しません。


 なんだこれ。

 こっちの世界の物なら登録できるって事か?

 でもまた、登録した後でもう駄目って言われるかもだし。

 慎重に選んだ方がいいよな。


 銃が可能って事は、武器や防具も見るだけで複製できるって事だ。

 手に持てるサイズだし、防具は無理かな。


 待てよ……


 複製は現実世界でも使える。

 拳銃は出せた。


 だから例えば。

 魔法の杖とか、そういうのを複製すれば。


 それを使ってビジネスに繋げられるんじゃないのか?

 マジシャンでもなんでもやればいい。


 そうすれば大学に。

 いや、大学に行く以上の金を生めるかもしれない。

 母さんの老後もどうにかなる。

 放課後、紘一とカラオケに行ける。

 委員長にスイーツくらい奢ってやれる。


「ははっ、どうせ死んでも生き返るんだ」


 いや、一度そうなったからって、二度目も同じとは限らない。


 でも、こんな状態で。


 何の希望も無く生きていくのは。



 ――生きてないのと同じだろ。



「まずはレベル上げ……だよな。

 やってやる!」


 そう呟いて、俺は奥に見える山を睨みつけた。

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