第2話 拳銃


 分かった事がある。

 ここ地球じゃないわ。


 集めようと思った植物は、ほぼ知らん物しかない。


 そして何より、そらだ。


「なんで、太陽が二つも在りやがんだよ」


 灼熱の双玉を睨みつけても返事は無く。

 けれど、熱は俺の体内から水分を奪う。

 歩き回って1時間程。

 体力を無駄に消費しただけだ。


 地形的に分かったのは、草原と思っていたここは山と隣接しているって事くらい。

 山なら山菜を取れるかもとも思ったが、やはり見た事無い物ばっかりだ。


 今は、休憩がてら木陰で座ってる。

 取り合えず、川を探さないと。

 朝露を待つ訳にも行かない。


「てか、帰れるのかこれ……」


 正直、状況は絶望的と言ってもいい。

 何かのドッキリなら、そろそろネタばらしのタイミングだと思うんですけど。


「さっさと出て来いよ仕掛け人」


 なんて言葉は、風に流され消えていく。


 そもそも、俺が元凶の鏡を見つけたのは偶然だ。

 だから、誰かのイタズラの可能性は無い。

 そんな事は、最初から分かってる。


 そう、項垂れていた時だった。



 ――足音が、近づいて来る。



 草木が揺れる音。

 枝が踏み折られる音。


 近づいて来てる……


 音から考えて二足歩行だ。


「人間……か……?」


 そう、顔を上げた瞬間。


「BRrrrrrr……」


 豚面の巨漢が、そこに立っていた。

 いや、顔だけじゃない。

 桃色の肌に、猪の様な牙。

 巨大な樹の枝を削った棍棒の様な武器を手に握り。

 獰猛極まるその眼付は、獣と言って差し支えなかった。


「やべぇだろこれ!」


 俺は、咄嗟に立ち上がる。

 急いでそいつに背を向ける。


 逃げるしかねぇ。


「BRrrrrrr!!」


 しかし、俺の行動はこいつを煽っていると思われたらしい。


 背中の後ろから、ドスドスと巨大な足音が近づいてい来る。


 追い付かれたら絶対殺される!

 やばい。まずい。死にたくない!


「あぁ、なんでこんなことに。

 色々ピンチは経験したが、こんなのは初めてだ」


 知らずに受けたバイトが、ヤクザからの物だった時以来の恐怖。

 拳銃で脅されて、自殺の名所に向かった。

 そこで、自殺してる人の遺留品を盗む。

 そんなバイトだった。


 あの時も死ぬかと思った。

 けど、結局あの時のヤクザのおっさんは、本気で殺す気は無かった。

 でも、こいつは違う。

 マジで殺される。


 それだけの殺気。

 それだけの殺意を感じる。


 そう考え、足の力を強めたその瞬間だった。



 ――登録番号001『トカレフTT=33』で完了しますか?



 そんな文字が視界に浮かび上がる。


「は? 何言ってんだ。

 つーか誰だよ!」



 ――登録番号001『トカレフTT=33』で完了しますか?



 文字は消えず。

 しつこい位そう聞いて来る。


「なんでもいいから、助けてくれよ!」


 そう、叫んだ瞬間だった。


 俺の手が光る。

 いや、拳の中が光っている。

 それを開くと同時に、膨らむ様に拳の中に物質が現れる。


 それは。


「拳銃……!」


 あの時、ヤクザが持ってた奴と同じに見える。

 弾が入ってるのかとか、安全装置が外れてるのかとか。

 疑問はある。


 でも、今向けなきゃ。

 このまま逃げても、俺は死ぬ。

 それだけは分かってた。


 誰が、こんなモン俺に寄こしたかしらねぇが。


「やってやるよ」


 振り向いて、俺は銃口を豚へ向ける。


 まだ、人生楽しみ切れてねぇ。

 まだ、俺は不幸なんだよ。


 だから、幸せになるまでは、死ねねぇって決まってんだよ。


「俺が! そう決めたんだよァ!」


 引き金は、容易く引けた。

 安全装置は外れてるらしい。

 火薬の爆発は想像の二倍程強かった。

 火花を散らして銃弾は飛び出していく。


 けれど、その照準はいつの間にか豚の頭より少し上を向いていて。


 外れる。外した。


「BRrr……」


 豚が足を止めた。


 爆音と火花。

 そして、お前の頭上の木にめり込んだ銃弾。

 それを見て警戒したのだろう。

 それが、テメェの敗因だ。


 二度目の引き金は、さっきよりも軽かった。


 破裂音が響く。


「Br……」


 腹から、赤い血が滴る。

 さっき跳ねたから、下を狙った。

 けど、さっきより制御が上手かったらしい。


「ブィイ……」


 豚面は、自分の腹を撫でる。

 そして、血を確認して。

 俺に尖った視線を向ける。


 だが。


 一度目は、迷いが有った。

 二度目は、殺す事にビビってた。

 三度目は……


「使い方は、分かった」


 もう慣れた。


 パンと、乾いた音が連続する。

 銃弾が無くなるまで。

 豚面が動きを止めるまで、俺は撃ち続ける。


「流石に原住民って訳じゃないよな。

 お前が動物だって、獣の類だって願うよ」


 片手で拳銃を撃てる程度に慣れた俺は、左手片方で合掌のポーズをとる。


「まぁ、お前が原住民でも俺と仲良くなる路線は無さそうだけど」


 豚面が動かなくなった事を確認した頃、弾倉も空になった。


 流石に、マグロの解体とかとは訳が違った。

 ハンターと一緒に森に潜った事もあるけど。

 その時も、殺されかける事は無かった。

 熊と10分程睨み合った程度。


 でも、こいつはマジで殺そうとしてきた。

 追いかけて来たし。

 その道中の木を、棍棒で薙ぎ倒してる。

 てか、目を見れば殺意は明白だった。


「なんなんだよこの世界……」


 そう尻もちを突く様に、座った。

 けれど不幸は続く物だ。

 俺はよく分かってたはずのそれを、状況に困惑して失念してた。



 ――ギギッ



 なんて声が、頭の後ろから聞こえた気がした。


「ガハッ!」


 身体が前に吹っ飛ぶ。

 首の後ろを殴られた……?


「ギギ」


 緑の肌の小人。

 さっきの豚より少し小さ目の棍棒を持ってる。

 それが3匹……?

 ナイフみたいな物を持ってる奴もいる。


 つうか、頭が痛い。

 ガンガンする。

 やばい。今度こそ死ぬ。


『キシャシャ』


 3匹の声が重なる。

 まるで、俺を嘲笑う様な声。


 金もねぇ。休みもねぇ。時間もねぇ。夢も消えた。命ももう潰える。


 そんなに、俺が面白ぇかよ。


 銃を向ける。

 引き金を引く。

 カチリと音が鳴る。

 銃弾は出ない。

 弾が切れた。


 クソが。


「クソがぁぁああああああああああああああ!」


 その瞬間、火花とは違う。

 少しだけ、銃が光った気がした。


 パン! と子気味の良い音が響く。


 その一発は、右の小人の頭を弾く。


「ギギギィイイイイイイ!」


「ギャギャギャアアアアアア!」


 仲間殺されてキレる知能はあんのかよ。

 なら最初っから、襲ってくんじゃねぇ。


 俺は、2匹になった小人の左側に銃口を向ける。


 けれど、そいつ等は思ったより早く。

 銃を向け直す間に、既に棍棒の射程内だった。

 左の奴が棍棒を振り下ろす。

 対して、俺は銃の引き金を引く。


 同時。


「――てぇッ!」


「――ギッ!」


 今度は、脳天を殴られた。

 やばい、もう意識が持たねぇ。


 もう一匹居んのに。


「シャシャシャシャ」


 残虐な笑みを浮かべるラスト一匹。

 そいつの手にはナイフが握られている。


 フラつく腕を上げて、銃を向けて。

 その動作が終わるより奴の動きは速く。

 ナイフは俺の首を抉った。


「ボフッ……」


 血が流れる。


「グフ……」


 口から流れる。


 ボタボタと、喉から零れる。


 あぁ、俺は死ぬ。


「キャシシシシシシシ」


 笑う。

 嗤う。


 馬鹿にしてやがる。


 だから、それを見て。


「ハッ」


 俺も笑みを返してやった。


「オッボッ……テメェも道連れだクソッタレ」


 朦朧とする視界と意識の中。

 明確に見えたその笑顔の。

 その眉間の中央へ向けて、引き金を引いた。


「――ギッ」


 小人が倒れ伏す。


「グポッ……ハッ、俺を殺したんだからあの世で文句言うんじゃねぇぞ」


 そして、俺も意識を手放した。




 ◆




「あ……?」


 夜空が浮かんでいた。

 満月だ。

 なんで。さっきまで昼みたいな空だったのに。


 あれ、って……秋の四辺形だよな。


「じゃあ!?」


 周りを見渡す。

 それは、学校の屋上だった。


「夢……?」


 屋上で寝てただけで、全部夢だったのか?

 首を触る。特に何も無い。正常だ。


 制服も、別に汚れてない。

 新品とは行かないが、森を走り回った後って程じゃない。


「ふざけんなよ……

 アレが……どんだけリアリティー高い夢だよ……」


 本気で焦った。


 いや、でもそうだよな。


「普通の高校生が、銃なんか使える訳無いし」


 そう口にして、夢で銃を握っていた右手を見る。


 すると。


 そこから、少量の光が溢れた。


 鉄の感触。

 さっきまでと同じ、引き金の感触。


 俺の手には、拳銃が握られていた。


「嘘だろ……」


 けれど。

 俺は急いで立ち上がり、貯水槽の裏を確認する。


 どれだけ信じたく無くても。

 確認すれば。


 確かにそこには、姿鏡が置かれていた……

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