第32話

懐かしい。まさかここでマスクを見るなんて。メイドさんに紹介して以来だ。

 果たして桜のピンク色のカーディガンと青いジーンズ姿は、浮いた。浮いたが。

 ?

 ジーンズを見るとマスク姿で颯爽と歩く、スクラブ?めいた、上下同じ色の緑、青、白色の服の人たちは。ちょっと動揺して小首を傾げて、あるいはさほど気にせず歩き去っていく。

 ジーンズは合格なの?共通点、青い。それくらいしか思い当たらない。

 今回はどこに行けばいいのか。

 誰にも話しかけられないし、本も飛んで来ない。魔女も飛んでいなければ。

 ここはぜんぶ看板がない。店ではない。あるいは自分の預かり知らぬ魔のルールや、マナー、サインがあるのかも知れない。とりあえずこの白い施設の寄り合いからどこかを選んで入ってみるか。

 こんな沈んだカフェ選びみたい気分、味わいたくなかったな。テラスのある、大型テレビのついた、待合室のような空間のある建物。そこへ近づいて驚く。まさか、この建物、みんな?!

 入院、は違うな。入館。小さいけれど。入店?

 

こんにちは


 綺麗な女の人が言う。が、すぐに驚いて。

 

お客様、今は多様性かつ、自由でございますが、


 よろしければこれを、と。不織布マスクを渡された。

「した方がいいんですか?それとも規則でしたか?」

 病院な気がする。大人しく医療事務員さんのご厚意と忠告に従う。


いえ、いまは、患者様の自由でございます。ただ、


 感染しては困りますでしょう?

 

 なんだろう。病原菌に?

「ああ、色々流行りますよね、インフルエンザにノロウイルスに」

 事務員さんが怪訝な顔をする。でもすぐにプロ意識で持ち直し、


 そんなウイルスはこのご時世で止めて見せます。

貴重なサンプルだけが、保管され、ただ、いざとなったら破壊されるのみです。


 恥ずかしかった。え、インフルと、ノロ、そんなに厳重に隔離されて、世に出ることはもう無いの?


それで、今回はどうされました?


「あ、いえ、その、良い、建物ですね」

 絶対不審がられる。でも他に言えることがない。


患者様の目は確かですわ。ただ何か気になるようでしたら視力検査、眼底検査、眼圧検査、医師の診断。すべて安心して、当院でお受けください。


 ここは眼科の医院だ。なら他の建物、施設は。

 どう見分ければ

「今までずっと健康でわからないのですが、どうしたら、その、行きたい外科や内科、医院にたどり着けるでしょう」

 ちなみに、目は大丈夫です、と伝えた。

 プロ意識お姉さんは完全完璧な笑顔で、


このタウンの地図を見て暗記していただければ、全てがわかるでしょう。


 暗記かあ。地図。どこだろう。


このタウンのパンフレットです。よければどうぞ。


 天使だ。よく介護や看護の世界は厳しいと聞くけれど。実際、私が心身の体調を崩して通っている病院は対応が悪く思えてきた。それくらいに丁寧、親切、人の心を読む賢き女性。憧れた。


果たしてパンフレットは。白い建物がさまざまなデザインと大きさを誇りながら点々と、点じゃないけれど、結局どれが何科なのか、小児科なのか、泌尿科なのか、婦人科なのか、外科、内科なのか、耳鼻咽頭科なのか。受付のお姉さんは。ニュアンスでわかるでしょう、という顔。もう、聞いてしまおう。

「ちょっと相談したいだけで、お金も持ってないんですが、心や体、どちらにも詳しいトコロは、その、どこでしょう?」

 お姉さんが悲しそうに言う。


患者様。このご時世、


全ての医療費は、すべて無償でございます。

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