第17話 希薄な人間関係の前に、理想は・・・

「そうですか・・・。変わりゆく現実の前には、山上先生の理想論は跡形もなく消えていくような、そんな感じですね。その理想の是非については、私は問いませんが、変わりゆく現実というか、目の前で起きている事実というものの重さを感じないわけにはいきませんね」

 大宮氏は、それだけのことを、ようやくの思いで述べ切った。

 アールグレイをさらに飲み、水を口中に補った大宮氏の弁を受け、山上元保母がそのときのことをさらに回想する。


・・・ ・・・ ・・・・・・・


 尾沢君は、文理大で数学の教職免許を取得し、教師になるか、あるいは警察官になるかと、そんな道を行こうとしておりましたが、あいにく上手くいかず、たまたま見つけたよつ葉園の求人に応募して、ぎりぎり新卒で採用された人です。

 幼少期から剣道をたしなんでおり、仲間や友人といった言葉だけでなく、そういう関係をものすごく大事に思う人です。

 ですから、あの大槻君や米河少年のような、ビジネスでさえバリバリやっていけるような人や、自らを高めるためには何でもするような人に対しては、彼も思うところは多々あるようです。

 まして彼は、先日結婚もし、近く子どもさんも生れてくると聞いております。

 家族や家庭、そして、我が子がかわいい。

 そういう言葉や思いとの親和性は、ものすごく高い人です。


 その彼でさえ私の提案には耳を傾けてくれないわけですから、私にとってはもはや、「世も末」としか言えないような疎外感をいやというほど味わいました。もっとも、彼はそう言いつつも、私の疎外感に寄り添うようなことも述べてきました。


「まったくもって、希薄な人間関係しかないですからね、この地には・・・」


 その指摘は、確かにあたっているような気がしました。

 その状況を、彼は、どのように変えて行きたいのでしょうか?

 そこを、尋ねて見ました。

 彼の本音もまた、私と同じようなところにあることがわかりました。

 しかし、彼の本音もまた、実現不可能なものであることも、ね。


・・・ ・・・ ・・・・・・・


 そうですね。この地にいる子どもたちが、いつまでも兄弟姉妹でいられるような、同じ釜の飯を食った仲間として、一生のトモダチに、職員は親ではないかもしれませんが、学校の恩師のような、そんな関係が築けたらいいのでしょうけどね。

 それぞれがそれぞれのことをしていくだけの、ただそのためにいるだけの場所になってしまっているように思えてならないのです。


 私も、この地の現状を見て、寂しい話ばかりだなと感じています。


 先日はZ(入所児童)に、その言葉を「くだらない郷愁論」と一言で断罪されてしまいました。彼は文系ですけど、私が述べるようなことには、理解したいとかしたくないの問題ではなく、そもそも、理解も問答も無用であると言っています。


 彼のあの力強く自らの道を切り開こうという姿勢は、確かに素晴らしい。

 ですけど、もっと何ですか、ゆとりというか潤いというか、そんなものがあってもいいのではないかと思うのですけど、それも、彼には無用なもの、切り捨てるべきもの。

 まして、昔ながらの山上先生がやって来られたような行事など、彼にとっては「子どもだまし」でしか、ないのでしょう。

 小学生くらいのうちは何とか力で抑えたりごまかしたりもできたでしょうが、高校生にもなれば、そんな手は、通じませんよ。


 彼はいつぞや、前の担当保母の言動を、こんな言葉で断罪したくらいですから。


「阿呆の主義で阿呆主義」


・・・ ・・・ ・・・・・・・

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