大人たちの「保母さん」に 1

第2話 定年退職して、1年半の歳月の中で

 大宮氏と山上元保母、そして彼女の娘夫婦は、テンヤマデパートの会場にある喫茶店へと移動した。特に、今回は惣菜などを買っていないので、冷蔵や冷凍が必要なものはない。食事会というが、それは外食であって、これから自宅で大掛かりな調理をするというわけでもないという。

 それは重畳ということで、しばらくこの地で話すことと相成った次第。


 大宮氏はじめ皆、この店の紅茶を頼んだ。

 ポットで出される本格的なもので、ミルクも付けられる。

 見れば、1杯目はストレート、2杯目以降はミルクを入れて飲むものらしい。

 さすがにここには、レモンティーなるものは、ない。

 なかなか本格的な紅茶の店である。


・・・ ・・・ ・・・・・・・


「よつば園を退職されて、もう1年が過ぎてしまいましたね」

 大宮氏が尋ねる。

「ええ。もう慣れました。あの郊外の丘の上まで行くこともありませんし、特にバイクを使って走り回ることもないですね」

 山上保母が答える。彼女は、近場は徒歩か自転車、ある程度遠出をするときは公共交通機関か、さもなくば家族の誰かのクルマに乗せてもらうという。かつては夫が配達に行くこともあったようだが、最近は配達も特にない。夫婦そろって、車やバイクを運転することは、そうないのだという。


「ところで、退職されて、今は、御主人のお仕事のお手伝いを?」

「それもしております。ですが、退職して間もなく、ある方からお願いされましてね、なんでも、保母の経験が生かせるお仕事を是非と、頼まれました」

「ほう。それはまた、どんなお仕事です?」

「特に大きな報酬があるわけではありませんが、公民館で行われる集会で、紙芝居を頼まれまして」


 紙芝居。

 彼女は保母になりたての年にして19歳の若い頃から、紙芝居や絵本の読み聞かせをよくしていた。正確には、保母見習の頃からの話である。


「そうですか。しかしまたなぜ、そんなオファーと言いますか、御依頼があったのでしょう?」

 大宮氏の質問に答え、山上元保母はその経緯を語った。

 娘夫婦も、二人のやり取りにじっくり耳を傾けている。


 私が定年で退職して間もなく、森川一郎先生をよく御存じの元校長先生がうちに来られましてね、ぜひ、公民館で「昔の子どもたち」に、懐かしい紙芝居とともにあなたのお話をお聞きする講座を開いてほしいと、頼まれました。

 それで、退職して半年ほどした昨年の9月あたりから、毎月2回ほど、紙芝居を披露しに参っております。

 紙芝居ばかりというわけにもいきませんので、休憩を含めて、私の保母時代のお話をしたり、あるいは、この子やほかの子どもたち、それに孫たちのお話もしていますよ。

 何のことはありません。私の経験を、お話しするだけです。

 ですが、それを皆さん、楽しみに来られているようです。

 毎回、出席してくださった方にはアンケートを取って、それで、そこで希望が出たら、次回あたりでそれを披露するとか、いろいろ工夫してやっています。

 中には、私の話をテープで録音されたり、出席できなかった人は、録音されたテープを聞いてくださっている人までおられます。

 何がそんなに楽しいのかしらと思うところ大ですけど、私自身が社会に必要とされていることがわかるだけに、ものすごく、ありがたいと思っています。


・・・ ・・・ ・・・・・・・


 ほどなく、紅茶がやって来た。

 女性店員が、それぞれのカップにポットから茶こしを通して赤い液体を入れてくれる。

「まずは皆様、ストレートでお飲みください。ミルクは残りの2杯目からどうぞ」

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