それでも幕は上がる

稀井 尾流

第1話 「この物語はフィクションです。」

昔から自己紹介が嫌いだった。


親交がまだ深くも無い人に自分の好みを知られるのは何だか気が引けるし、

そもそも自分に対して興味がないから正解がわからない。

話が膨らむような大層な特技もなければ、

好きな物や事に至ってはその時々で変わるものではないか。


とはいっても何も答えないのは流石に失礼なので、

私はいつも当たり障りのない適当な回答で乗り越えてきた。


高校入学初日、またしてもこのつまらない試練が始まった。


「名前と何か一つ好きなものを答えてもらおうか。」

教卓から先生の声がかかる。


今回は質問が一つで済んだようだ。

好きなものなんて深く考えるのも面倒だから誰かの回答をそのまま拝借しよう。


そして順番が回ってくる。

「趣味は映画鑑賞です。」

これでよし。こんな当たり障りのない回答に興味を持つものはいまい。

そう思いながら腰を下ろししばらくすると、


「何の映画好きなの?」

前の席からこちらを向いて一人の生徒が話しかけてきた。

恐れていた事態だ、興味を持たれてしまった。


勿論趣味と言えるほど映画は観ていないから好きな作品など特にない。

映画なんてテレビで流れているものを軽く見る程度で

語れるほどの引き出しはないし、

下手に有名どころを答えれば盛り上がりそうでややこしい。


そこで私は相手がまだ観ていない可能性にかけ、

どこかで聞いたことがあった古い作品の名前を出した。


すると、相手が返す。

「あ、それ今映画館で再上映してるやつだ。

 じゃあ今度観てくるから感想言い合おうよ。」


運良く未鑑賞だったため作戦は成功したたが、

そんなことよりまた一つ問題が生まれた。


後日何もわからない映画の感想を言わなければならない。


何か咄嗟に誤魔化せばよかったが、

予想外の出来事に私の頭は真っ白になってしまっていたため、

何も返せないままその会話は終わってしまった。


チャイムが鳴り高校初日が終わると、

私はそそくさと支度を済ませ教室を後にした。


いつ映画の話が挙がるかわからない。

高校から駅へ向かいながらスマホを取り出すと、

とりあえずその映画について調べることにした。



作品名 『トゥルーマン・ショー』

1998年公開 主演:ジムキャリー



ジャンルはサイコSF のアメリカ映画で評価は高めらしい。

そしてどうやら上映している映画館は通学定期券圏内にある。


そうだ、少し気になったしこのまま映画館に行ってやろう。

そうすれば明日にでも話に対応できるじゃないか。

早速私はその足で映画館へと向かった。


しばらくして映画館へ着く。

そういえば映画館で映画を見るなんてかなり久しぶりだ。

一番新しい記憶でも小学校低学年くらいで、その時何を観たかさえ覚えていない。


気になった映画があっても最近は少し待てばサブスクで安く観れるし、

わざわざ赴いて高い料金を払ってまで見るという考えはなかった。

まあサブスクはほぼアニメしか見ないし、

別にお金を使う趣味があるわけでもないが。


さて、チケットと少し高めの炭酸を買い3番スクリーンへ向かう。

平日の昼だからか再上映だからか他の客は少ない。


席に座り上映前の広告が一通り終わると段々と周りが暗くなり、

本編が始まり出した。


真っ暗な空間がどこか心地よく、何だか少し眠たくなる。

私は少しぼんやりとしながら瞬きをした。


すると次の瞬間、

映画館にいたはずの私はなぜか突如見知らぬ洗面台に立ち尽くし、

鏡に映る私ではない少し見覚えのある顔を見つめていた。


何が起たのか。ここはどこなのか。

体は自由に動かず、ただ勝手に浮かんでくる言葉を話している。

わけもわからずに動揺している私に誰かが呼びかけた。







「トゥルーマン、遅れるわよ!」







                                   続く…

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それでも幕は上がる 稀井 尾流 @Oryu_kii

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