第2話



 私の新しい生活が始まった。朝は、ゆっくり起きて、のんびり朝食を取る。その後ウォーキングに出かける。今までは朝食も食べず、ギリギリまで寝ていた。そうしないと生きていけなかったから。


 ウォーキングがてら、例の野菜直売所に寄り、新鮮な野菜や果物を眺める。この地域は畜産にも力を入れており、肉類も豊富だ。ここで、雅也さんとも度々会う。あ、今日も。


「雅也さん、おはようございます!」


「……おはよう」


 いつも機嫌悪そうに顰めっ面で挨拶を返してくれる。


「今日は苺がたくさん並んでて、もうこんな季節か~って嬉しくて。今までなかなか買えなかったので、目移りしちゃいます。どれにしようかな~」


 私の話したい欲求は変わらず、雅也さんに会う度に、やっぱりペラペラ話してしまう。


「…これにしろ」


「これが美味しいやつですか?」


 私の問いに雅也さんが小さく頷く。雅也さんがミニトマトをメインに農業していると知ったのはつい最近。ミニトマト以外の野菜や果物も目利きしてくれることがあり、雅也さんに選んでもらったものは絶対外れなく美味しいのだ。


「わー!雅也さんに選んでもらうといつも美味しいんですよね~苺は好きだから特にうれしい!」


 美味しい苺が食べられる~とるんるんしていると、雅也さんの眉間の皺が少し減った気がして、より嬉しくなって、うへへ、と締まりのない笑いを見せてしまった。




 雅也さんと別れて、家に戻ったら在宅ワークの時間。お昼ごはんは、軽くだけど必ず食べて、夕方になったら仕事は終わりにする。夕食後は、ゆっくりテレビを見たり、読書したり、ゴロゴロしたり、リラックスタイム。今までにない、贅沢な時間だ。



 週二回、火曜と木曜は悦子さんの手芸教室に行っている。手先は不器用だけど、何かに集中するのは楽しいし、他の生徒さんとのおしゃべりも楽しい。終わった後は、片付けを手伝い、その後悦子さんとのおしゃべりをする。楽しい。


 ここでも雅也さんと会うので、私が一番よく会っているのは雅也さんだな~と何だか不思議に思う。野菜直売所の方に「瑞樹ちゃん、マサちゃんのこと怖くないの?」と聞かれたこともあった。確かに顔が怖い、威圧感もすごい、全然話さない、だけど。





 知らない人間を助けてくれて、病院まで付き添う人。美味しい野菜を選んでくれる人。私が喜んでいたら、眉間の皺が減る人。



 全く怖くはなかった。笑った顔が見たいと思った。


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