第31話 祝杯!
夜の採石場跡地。
演台に立つ私の眼前には、大勢の戦闘員や怪人がひしめいている。
私は東方の酒で満たした盃を片手に持ち、それを高々と掲げた。
「それでは、アホボン王子の廃嫡を祝って、かんぱーい!」
『イーッッッ!!』
音頭に合わせて一斉に祝杯を上げる。
例の裁判から1ヶ月後、イログールイの廃嫡が正式に決定され、弟のシキマーが王位継承権第1位に繰り上がった。シキマーはシキマーで評判が悪く、さっそくアホボン2号というあだ名が広まりはじめている。平民の悪口というのはひねりがない分、かえって破壊力が高い。
「ははは、まさか2年とかからずここまで至るとはな。この父も……いや、この将軍怪人オトーサマーも鼻が高いぞ!」
「ふふふ、すべてはオトーサマーの助力あってのこと。まったくかたじけない」
「「はっはっはっ!」」
今日は採石場跡地の秘密基地でのパーティだ。
今回は特別ゲストも招いている。ひとりはお父様。家伝の鎧にさまざまなオプションパーツをくっつけた
これまで姿は現さなかったが、別働隊を率いてジャークダーの活動を影から支えていた……という設定である。侍女怪人ジージョ・レディに続くオリジナル怪人の第二弾だ。名前が安直なのは、私がつい「お父様」と呼んでしまいそうなので、それを誤魔化すためである。
「旦那も嬢ちゃんも、何を遊んでるんだい」
暗赤色の甲冑に身を包む、長身の女怪人がジョッキを片手にやってきた。
昆虫の百足を連想させる鎖を全身に巻き付けた彼女の名は百足怪人センチピードレス! 昭和としては非常に珍しい、日焼けした長身の女性モデルを採用したことでも話題となった悪の女幹部のひとりだ。鎖の隙間から見える褐色の肌が非常にセクシーである。うむ、モデルと言い、衣装といい、パーフェクトな出来栄えだ。
なお、中の人はニシュカである。
「おお、百足殿。なかなか似合っているではないか」
「なんだかんだ旦那もノリノリじゃねえか。血は争えないってやつかねえ」
ニシュカが私とお父様を交互に見比べる。
そうか、特オタの遺伝子はヴラドクロウ家に伝わるものだったんだな。ひょっとしたらお父様も前世の記憶を引き継いでいたりするかもしれない。折を見て聞いてみるか。
なお、百足怪人センチピードレスは将軍怪人オトーサマーと共に活動していたことになっている。
まあ、ニシュカは人材採用とジャークダーグッズの販売に、お父様は出資とジャスティスサンライズグッズの販売にと、ジャークダーの活動の裏方を担っていてくれたので間違いではない。
「あら、素敵なおじさまとおねえさまがいらっしゃるのね」
そこへやってきたのは妖艶怪人ドライラウネだ。
花びらを散らしながらしゃなりしゃなりと歩く様子がいかにもセクシーである。こら、ちょっと、お父様と腕を組もうとしないの。本領にいるお母様は娼館通いだって浮気扱いする人なんだから。我が家に昼ドラ的なトラブルの種をまかないでくれ。
「くくく……
さらにレヴナントがカクテルグラスを片手にやってきた。
変身はしておらず、黒い執事服を身につけている。ややもすれば病弱にも見える線の細い美形。うーん、執事服が似合いすぎだ。これが怪人に変身するともっふもふのバット・バッデスなるのだから夜の種族というのはすごいものだ。どういう魔法が作用しているのか、変身しても服が破損することなどはない。
レヴナントが心配しているのは、お父様とニシュカがジャークダーと通じていることがバレてしまうことだ。
ふたりとジャークダーの関わりがバレるのは致命傷になるため、これまでは接触を避けていた。しかし、今日は
そういうわけで、今日は二人を特別ゲストとしてこの秘密基地に招いたわけだ。
もちろん、アリバイ工作はちゃんとしている。
お父様は分家との会食中ということになっているし、ニシュカについては普段から部下以外に姿を見せることが少ない。張り付きで尾行でもされていれば危ういかもしれないが、お父様とニシュカは超一流の武人だ。彼らの目を欺いて尾行できるような達人が王家側にいたら、とっくにジャークダーの正体はバレていただろう。
気をつけなければならないのは、イログールイの暴発くらいだ。
例の裁判以来、ネトリーとともに姿をくらましているらしい。廃嫡されたとは言え王族は王族だ。その威光で動かせる人間がいなくなったわけではない。そしてなにより、イログールイの馬鹿さ加減はこちらの想像できる範囲を超えている。血迷ってヴラドクロウ家に斬り込んでくるなどの直接的行動なら予想もつくし対策もできるのだが、思考が読めなすぎてどんな斜め上の行動に出るかわからないのだ。
まあ、とはいえ。
いまのイログールイでは大したことができないのは間違いない。何をするにもリスクは無限と存在する。すべてを完璧にケアするのは不可能だ。可能性の低いものは無視しなければ身動きが取れなくなる。ゼロリスク信仰に生産性はない。
「トーラトラトラトラトラ! これで吾輩の3連勝だトラ!」
「ティガさんの爪が引っかかって痛かったんだクモ」
「こっちは軟骨なんだから手加減してほしいイカ」
というわけで、なんか楽しそうなことをしているところに寄ってみる。
怪人たちが酒樽を台にして腕相撲大会をしているようだ。
いまのところ勝っているのは猛虎怪人ティガ・タイガー。変身前から屈強な大男で、居酒屋で用心棒をしていた夜の種族だ。いまは直立する虎の姿に変身しており、優美さと逞しさを同居させる見事なフォルムとなっている。
「レーオレオレオレオ! そろそろワシの出番のようだなレオ」
連勝中のティガ・タイガーの前に立つのは獅子怪人ライオニダスだ。
彼はティガの同僚で、一緒にジャークダーに転職してきた。変身すると直立する獅子のような雄々しい姿に変わる。原作ではティガとコンビで行動することが多く、互いにライバル視しながらも認め合うその関係は、一部の女子の心を大いに揺さぶった。そのため、数十年にわたって地下で細々と薄い本が生み出され続けていた。地下で作れていたのは、ナマモノは取り扱い要注意だからだ。しかし、ある日とある心無い人間がSNS上に薄い本のスクショをアップしたことで大炎上して――
「はっはっはっ、何やら面白そうなことをしているではないか。このオトーサマーにも挑戦させてくれないか」
「旦那も好きだねえ。おう、獅子の兄ちゃんよ。次はあっしとやろうぜ?」
あっ、悲しい記憶を思い出していたらティガとライオニダスの腕相撲対決を見逃してしまった!?
そして政治も知謀もそこそこ高いのに武力が突出しているコンビ、お父様とニシュカが参戦している。台に使われる酒樽が追加され、将軍怪人オトーサマー対猛虎怪人ティガ・タイガー、百足怪人センチピードレス対獅子怪人ライオニダスのマッチングが済んでしまった。
「ぬおおおおっ、これが虎の力かっ! なんともすさまじい!」
「しょ、将軍こそなかなかやるトラね!」
「ひゅー! 獅子の力ってなぁ半端ねえな! 腕が千切れそうだぜ!」
「ぐっ、そんなことを言いつつセンチピードレスも余裕じゃないかレオ……!」
いくらなんでも怪人とただの人間とでは勝負にならないだろうと思ったのだが、恐るべきことに拮抗した熱戦が繰り広げられている。公式の怪人大図鑑では常人の数十倍のパワーがあるとされ――あっ、違うわ。現世では夜の種族で、さすがに身体能力まで一致しているわけではない。それでも、変身した状態では普通の人間など相手にならないはずなのだが……。
ばっしゃーん! と大量の酒が飛び散る。
凄まじい力と力のぶつかり合いに、酒樽が耐えきれなかったのだ!
お父様とニシュカは酒でずぶ濡れになりながらもガッハッハと豪快に笑っている。お父様もニシュカも、怪人並みのパワーがあるのかよ。二人とも転生者で、どこぞの神様からチートをもらってるとかそういうオチはない?
そんなこんなで盛り上がっていると、パーティ会場の扉がバーンと開かれた。
姿を表したのはパルレだ。肩で激しく息をしている。
裁判を知らせに来てくれたときと同じく、マスクだけで変装した簡易版侍女怪人ジージョ・レディモードである。
パルレは何かあったときに備えて王都の屋敷に残ってくれていた。
そのパルレが慌ててやってきたということは――嫌な予感しかしない。
「どうした、ジージョ・レディ。まずは水を飲んで落ち着け」
「だ、旦那様。それどころではないのです。ま、魔物が、魔物が……」
「魔物がどうしたのだ?」
「数え切れいないほどの魔物の大群が、王都に迫っているんです!」
パルレの叫びが、お祝いに酔う気分をいっぺんに吹き飛ばした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます