第30話 判決ッッ!!
「くくく、今度は明白な証拠があるぞ。もう言い逃れはできないからな!」
イログールイは、布をかぶったワゴンの前で自信たっぷりにほくそ笑んでいる。
な、なんだって、証拠があるだとー!?
……なんて、うろたえることはぶっちゃけない。さっきの雑な追求のときも最初は自信たっぷりだったからなあ。とほほなオチが見えている気がしなくはない。
「告訴人、証拠とは何かね? もったいつけずに早く見せなさい」
「ふん、慌てずともいま見せてやるさ。これが証拠の品だ!」
その言葉とともに、白い布が取り払われた。
その下から姿を表したのは極彩色の枯れ枝のようなものに、乾燥した樹皮を丸めたもの、捻くれ膨らんだ植物の根、煮詰めたような紅色をした星型の何かであった!
「南方から密輸された禁輸品だ! すべてヴラドクロウ傘下の商店から今朝押収してきたばかり。何が産地直送だ! 権力を傘に着て堂々と違法な商売をするなど、貴族の風上にもおけん!」
「そ、そうか。ああ、そうだな。念のため、被告人イザベラ・ヴラドクロウよ。この件について申開きはあるか?」
セントリオン閣下がこれはどうしたものかとうろたえている。
そりゃそうだ。私もさっきはつい驚いた風のリアクションをしてみてしまったが、満を持して登場した証拠品とやらがこれでは反応にも困ろうというものだ。
「では発言します。まず、品物ですが、宝石サンゴに、シナモン、ジンジャー、それからスターアニスに見えますわ。イログールイ殿下、これで間違いないかしら?」
「ふっ、いよいよ観念したか。お前の言う通りの品だ。南方との交易では、これらはすべて禁制となっている!」
「議長閣下、確認なのですが、これらの品は昨年の
「うむ、そのとおりだ。一部の麻薬や生き物を除き、南方交易での禁輸措置は解かれている」
「はあ!? そんなわけがあるか!?」
イログールイが目を剥いて怒鳴るが、そんなわけがあるもないも、実際にそう法律で決まったんだからそこに文句を差し挟む余地はない。
いずれの品も、ニシュカとの付き合いを通じて商機を嗅ぎつけたお父様が議会に働きかけて禁輸を解いたものだ。大昔、南方との関係が険悪だったときに取られた措置がなんとなく続いていただけだったので、とくに反対もなくすんなり通ったらしい。
それにしてもイログールイよ。仮にも次期王様なんだから、議会が決めたことくらい把握しておけよ……。
「議長閣下、南方より正当な交易で仕入れた品を店で売るのは、どのような法に触れましょうか?」
「儂の知る限り、どのような法にも触れることはない。告訴人イログールイ・ハレムよ、第二の告発はこれだけか? そうであるなら詮議はここで中断し、最後の告発の検討に入る」
「馬鹿なっ! これは密輸品で、ヴラドクロウはそれで稼いだ金で私腹を肥やしていて、反乱の準備を……ああ、そうだ! 最後にして最大の罪がこれだ! ブラドクロウ公爵家は恥知らずにも建国以来の恩を忘れ王家に反乱を起こそうとしていたのだ!」
セントリオン閣下に告げられて、イログールイは髪を振り乱してわめきはじめた。
「何か証拠はございますの?」
「証拠!? そんなものは見せてきたじゃないか! ジャークダーの黒幕はお前たちだし、資金源は密輸だ! これだけの証拠が揃えば反乱を企てているのは誰にだって分かるじゃないか! なあ、そうだろ!?」
イログールイは議場に並ぶ貴族たちの顔を血走った目で見回している。
議会派は嘲笑で応じ、中立派は黙って首を振り、王党派でさえ目をそらした。
「どうしてだ!? おかしいだろ、王族たる僕の言葉だぞ! 信じられないのか!? それにこれはネトリーの予言なんだ! これは絶対に、間違いなく、僕の勝利が決まっているんだ! なぜそんな目で僕を見る!? 僕は次の王だぞ! そんな目で僕を見たものは、全員首を切り落としてやるからな! 決して忘れんぞ!」
金髪をかきむしりながら怒鳴り散らすイログールイは、もはや人間というよりも獣のようだった。もはや笑うものはなく、イログールイの叫びだけが議場に響いていた。
それにしても、ネトリーの予言?
何を世迷い言を言ってるんだ。ひょっとして、ネトリーのスピリチュアル趣味に毒されてこんなことにまでなってしまったのか? いや、ネトリーの趣味は知らんけど。
そういえばとネトリーの方を見れば、青い顔をして震えている。
えっ、さっきまでの謎の自信はなんだったんだ? ひょっとして、さっきの証拠とやらで本気で勝てると確信していたのか? お前は教会学校きっての秀才だったはずなのに……王子と付き合っているうちに馬鹿が
「静粛に! 静粛に! 静粛に!」
木槌が連続して高い音を立てる。
それでイログールイはようやく静かになった……あ、原因は注意されたことじゃないな。めっちゃハアハアしている。単純に大声を出しすぎて息切れしたようだ。
「このような場合、通例ではひとつひとつの告発について表決をとるところだが……その必要もなかろう。犯罪組織の扇動、密輸、反乱の3つの疑いについて、すべて無罪だと信じるものは起立を。ひとつでも有罪と思うものはそのまま着席せよ」
セントリオン閣下の宣言が終わる前から、貴族たちは一斉に起立をした。
王党派貴族ですら、着席しているものはほんのわずかだ。
このところの評判の低下で王党派から離れた貴族も多かったしなあ。
ぶっちゃけ、イログールイが本当に確実な証拠を持ってきていたとしても、有罪に持ち込めるかはかなり微妙なラインだったろう。事前の票読みもできず、最新の法律も調べず、よくもまあこんな無謀な裁判を起こせたものだ。
「よろしい、それではこの裁判。告訴人の訴えを全面的に退け、アレクサンドル・ヴラドクロウ並びにその娘イザベラ・ヴラドクロウへの嫌疑は晴れたものとする」
「議長殿、裁判が終わった直後で恐縮だが、私からもよろしいか。議会裁判は特殊な形式だが、大枠では通常の議会に含まれる。議案の提出も可能だったはずだ」
裁判中は出番がなかったお父様が挙手をした。
議長閣下が許可をすると、お父様は言葉を続ける。
「議案の提出の前に、王陛下にお話をしたい」
「む、余か?」
議長席のうしろ、一段高いところに設けられた玉座の腰をかける、現王イーディー・ハレムがびくっと反応した。
いつもの議会でも自ら積極的に発言することはないらしく、今回の裁判中も置物状態だった。自分の息子が起こした裁判なのに、そんな他人事のようにかまえられる神経が信じられない。あの息子にしてこの父あり、といったところか。優柔不断で何も決められないことから、他国からは《不能王》などと侮られている。
「今回の茶番を見れば、イログールイ殿下は王としての資質が致命的に欠けていると言わざるを得ないかと。よって、当家の家紋『太陽を喰らう竜』にかけて、殿下の廃嫡を進言いたします」
「イログールイを、廃嫡……」
「ご自分で決められぬようなら、議会を通じて正式に提案をすることとなりましょう。そうなれば恥の上塗りです。せめてご自身でご決断を」
ハレム王家の家紋は太陽、そしてヴラドクロウ家の家紋はその太陽を喰らう竜。
これは建国王ゼッツリンド・ハレムが、自分や子孫が愚かな行いをした際に
イーディー王は、痩せた頬を両手で揉み、ぎゅっと目をつぶる。
それから深く長いため息をつくと、小さくつぶやいた。
「……わかった。イログールイは廃嫡する。正式な手続きは追って執り行う。これでよいか?」
「ご英断、お見事です」
「なっ、廃嫡だと!? 何を馬鹿なことを! お父様、これはヴラドクロウの奸計です! 口車に乗ってはなりません!」
「イログールイ、もうしゃべるな。余は頭が痛い……」
王はふらふらと立ち上がると、侍従に肩を貸されて議場から出ていった。
そのあとを、イログールイが何やらわめきながら追いかけていく。
あーあ、まだ閉会の宣言もされてないのに。
途中退室は本来ならルール違反だが、議長をはじめ、止めるものはひとりとしていなかった。まあ、このままいても公開処刑状態だもんな。黙って見送ってやるのが武士の情けというものだろう。
「議長殿、議案の提出は不要になったようだ」
「承知した。他に何か発言があるものはいるか? いないな。ならば、これにて本議会を閉会とする」
貴族たちがぞろぞろと退出していく。
さてと、私も帰ろうか……と思ったときだ。突き刺さるような強い視線を感じて振り返った。
視線の主はネトリー。
自慢であろう桃色の髪が無惨に乱れて顔を隠している。
そして……髪の隙間には……怨念のこもった一対の瞳が爛々と光っていた……。
こ、こえーよ。
ジャパニーズホラー風のガン飛ばしはやめてください。
背筋に薄ら寒さを感じた私は、少し早足で議場をあとにした。
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