第四章 助けて!正義のヒーロー編

第17話 こいつ完璧に主人公ムーブじゃねえか!

 我らがジャークダーの活動は順調である。

 戦闘員は50人を超え、怪人も夜の種族からの新規採用により、常勤が5名、非常勤が2名という体制が整った。いまや私が毎日秘密基地に顔を出さなくても業務が回るようになっている。

 ふむー、お父様から言われた「部下を育てるのも将の器量のうち」という言葉がいまさらになって骨身に沁みる。もし、あのまま私のワンマン体制を続けていたら、いまごろぶっ倒れていただろう。


 まあ、それはそれ、これはこれだ。解決した問題についていつまでも考えていても仕方がない。

 せっかく私の身体が空いたのだ。プロジェクト・ジャークダーを次の段階まで進める時期が来たと言ってよかろう。


「お嬢様、なんでまたこんなところに来てるんですか……」

「それはもちろん、有望な人材を探すためよ」

「こんなところに人材なんているんですか……?」


 というわけで、パルレを連れてやってきたのは裏町にある冒険者ギルドである。

 薄汚れた革鎧に身を包んだチンピラや、モヒカンで肩にトゲパッドをつけたチンピラ、それから継ぎ接ぎだらけの麻の服を着た無精髭のチンピラなんかがたむろしている。うーむ、客層が以前訪れた激安居酒屋と変わらん……。


 冒険者ギルドは、組合ギルドといっても商人ギルドはもちろん、パン職人ギルドや鍛冶職人ギルドほども管理はしっかりしていない。他のどのギルドにも入れなかったあぶれものが加入するのが冒険者ギルドであり、言ってみれば人材の吹き溜まりのようなところなのだ。


 王都に住むものは、聖職者などの例外を除いて全員が何らかのギルドに所属しなければならない規則になっている。戸籍の代わりでもあり、徴税のための制度でもある。組合員は会費をギルドに納め、それをお上がピンハネするという仕組みになっているわけだ。


 ギルドに所属していないものは不法滞在扱いで、衛兵にバレれば強制労働や追放などの罰を課せられる。そのため、定職につけない流れ者や無宿人などは基本的にみな冒険者ギルドに所属することになるのだった。


「はーい、いまから仕事の張り紙すっからねー! おらっ、ボンクラども、どいたどいた!」


 チンピラの群れを眺めていたら、恰幅のいいおばちゃんが人混みを割って壁面のコルクボードに向かっていった。書類の束を抱えており、それをコルクボードに次々ピン留めしていく。


「字が読めねえやつは希望の条件を教えな。あたいが代わりに探してやっから。おいっ、テメエ! ピンを盗もうとするんじゃねえ! テメエを掲示板に張り付けてやろうか!」


 おおう、この威勢のいいおばちゃんがいわゆる「ギルドの受付嬢」ってやつのようだ。

 前世では巨乳の美少女がお約束だったが……現実とは世知辛いものである。ま、こんな荒くれどもの相手をするんなら、これくらい押し出しの強いおばちゃんでないと務まらないだろう。


「そこの嬢ちゃん方は依頼かい? いまは忙しいからちょっと待っててくんな」

「いえ、急ぎませんので大丈夫ですわ」

「そうかい、そりゃありがたいね!」


 おばちゃんは掲示板に殺到する冒険者たちを忙しそうにさばいている。

 冒険者ギルドは、口入れ屋のような役割も果たしているのだ。ドブ掃除から失せ物探し、魔物退治にダンジョン探索と、雑用から荒事までさまざまな依頼が集まっており、人手を求める依頼者と、仕事を求める冒険者とをつないでいるというわけだ。


 前世の小説や漫画によくあったランク制のような気の利いたものはない。

 基本的に成功報酬の後払いのため、未熟なものが危険な依頼に挑んで失敗したとしても、依頼者側には何の痛手もないのである。ギルドが制度を作ってまで冒険者の実力を明らかにするメリットが薄いのだ。

 そして、失敗が許されないような依頼は掲示板には貼り出されず、特定の冒険者を名指しする指名依頼という形で発注される。指名依頼が取れるようになったなら、冒険者としては一人前と言ってよいだろう。


 大手柄を立てれば貴族に取り立てられることもあるため、通常ルートでは出世の糸口がまったくない農家の次男、三男坊あたりには夢のある職業としても映る。実際、近衛隊長のガラハッド・ローランは一介の冒険者から身を立てた立志伝中の人物だ。そういえば、彼も乙女ゲームにおける攻略対象のひとりだったような気がするが……ま、それはどうでもいっか。


 ってなことを最近ニシュカから教わっていた。

 家庭教師や貴族学校で通り一遍のことは聞いてたけど、やっぱり平民のことは平民に聞くのが一番だ。貴族視点から説明されてもいまひとつ解像度が低い。為政者の視点では、冒険者は失業者対策であり、雇用の調整弁にしか過ぎない。しかし、当事者の視点に立てばそこには一人ひとりのドラマがあるのである。


 そんなことを考えていたら、3人組の少年少女がスイングドアを押し開けて入ってきた。

 3人とも埃まみれで、旅の果てに王都にたどり着いた新米冒険者ってところかな?


「ここが王都の冒険者ギルドだな! 早いとこドラゴンや魔王をやっつけてガラハッドみたいな英雄になろうぜ!!」


 ギルドに入るなり威勢のいいことを言っているのは赤い髪の少年だ。瞳も燃えるように赤く、夢と希望に満ち溢れているように見える。装備は革鎧に長剣、それに小盾。前衛担当の剣士ってところか。


「ドラゴンなんて私たちの手に負えるわけないじゃない。それに魔王なんてどこにいんのよ」


 その少年に冷静なツッコミを入れるのは水色の髪、そして透き通るような水色の瞳をした少女だ。華奢な体つきで、灰色のローブを身にまとっている。おそらく魔法使いだろう。


「エイスは夢がないな。目標はでっかく持たないと!」

「クレイに現実が見えてないだけよ。ちゃんと脳みそに栄養まわってる?」

「二人とも、喧嘩はやめてくださいって。とにかく路銀も乏しいんですから、まずは堅実な依頼をこなさないと干上がっちゃいますよ」

「ぐぬぬ、リジアまでそんなことを言うのか……」


 仲裁に入ったのは神官服を着た少女だった。髪も瞳も若草を思わせる緑色だ。首から下げているアミュレットから察するに、世界樹の祈り手だろう。


 ふむ、前衛の剣士、火力担当の魔法使い、支援と回復を担当する祈り手。

 なかなかバランスのいいパーティじゃないか。王都の冒険者達のようにスレてないのもいい。

 そんな具合にギルドにいる冒険者たちを品定めしていると――


「助けてっ! ロッキーが、ロッキーがゴブリンにさらわれちゃったの!」


 襤褸ボロをまとった幼い子どもが息を切らしてギルドに入ってきた。

 泥で汚れた姿から、王都近隣の農村から来たことが伺える。

 矮躯鬼ゴブリンとはニホンザルから全身の毛を抜いて、汚い茶色のラッカーを塗りたくったような醜い魔物である。畑を荒らしたり、家畜をさらったりする害獣なのだが、繁殖力が強くていくら駆除してもいなくならない厄介者だ。


「なんだい、お嬢ちゃん? 依頼なら受付を……って、その前に依頼料は持ってんのかい?」

「溜めてたお小遣い、ぜんぶ持ってきた!」


 受付嬢のおばちゃんが、幼女が差し出した布袋を受け取って中身を改める。


「銅貨7枚ねえ……はあ、ギルドの斡旋料だけでも最低銅貨10枚だ。すまないけど、正式な紹介はできないよ」

「そんな……それじゃロッキーが……誰か助けて!」


 幼女が目に涙を溜めて、ギルドの中を見渡す。

 無頼気取りの荒くれたちもさすがに気まずかったようで、下を向いたりあからさまにそっぽを向いたりして幼女と目を合わせないようにしている。

 銅貨7枚といえば、大人2~3食分の食費にしかならない。そんな安い仕事を引き受けようなんて奇特なやつはそうそういないだろう。


「よーし、その依頼、俺が引き受けるぜ!」


 そこに名乗りを上げたのが、先ほどの赤髪の少年だった。


「詳しい話を聞かせてくれよ、お姫様」

「ほんとに!? ほんとに助けてくれるの!?」

「ああ、この《未来の大英雄》クレイ様に二言はないぜ!」


 少年は銅貨を受け取ると、歩きながら幼女から詳しい事情を聞き出しはじめた。


「ああ、もう、勝手に決めちゃって」

「はあ、これで今夜も肉抜きスープ確定ですね」


 そのあとを、二人の少女がついていく。

 口では文句を言いつつ、その顔には微笑が浮かんでいた。

 そして私は、テーブルの下で小さくガッツポーズをしていた。


「絵に描いたような主人公ムーブ! 自分のことは省みずに人助けをする正義の心! そしてそんな主人公に呆れつつも結局応援してしまう仲間たち! 逸材っ、あれは逸材よパルレっ! まさか初日で見つかるとは思わなかったわ!」

「ええっと、お嬢様。何を言っているのかちょっとよくわからないです……」


 きたぞきたぞきたぞ! 波がきているのを感じるぞ!

 プロジェクト・ジャークダーはいよいよ次の段階に進むのだっ!

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