第16話 戦果は上々であります!

 翌朝、王都郊外にある採石場。ジャークダーの秘密基地はそこにある。

 私は望遠鏡を持って岩の上に立っていた。王城の中央尖塔せんとうを見るためだ。朝日に照らされる尖塔は神殿の大鐘楼だいしょうろうよりもなお高くそびえ立っている。王都、そして王家の権威の象徴とも言える建造物だ。

 望遠鏡で覗いてみると、昨日まで白亜の威容を誇っていた中央尖塔に、赤いインクで『ジャークダー参上!』と大きな落書きが描かれている。


「ふふふふふ、我が策、ここに成れり」

「クーモクモクモクモクモ! すべてはキルレイン様の神算鬼謀しんざんきぼうのおかげクモ!」

「いや、そんなことはない。蜘蛛怪人スパイディ・ダーマよ。どんな壁でも地面と変わらず歩ける、お前の力がなければ成せなかったことだ」

「もったいないお言葉クモ!」


 クモクモ言いながら平伏しているのはいかにもお人好しそうな若者だ。

 正体は蜘蛛の変身能力を持つ夜の種族である。夜の種族は日中は変身ができない。そのため、日の出以降は変身が解けて普通の人間の姿になってしまう。

 ちなみに、クモクモ言っているのはキャラ付けである。これくらいアクが強い方がより強い印象を残せるだろうという算段だ。原作リスペクトでもある。


「蝙蝠怪人バット・バッデスも、深海怪人ダイオウ・テンタクルスもよくやってくれた」

「くくく、我にかかればあの程度、赤子の手をひねるようなものよ」

「イーカイカイカイカ! バットが衛兵をぜんぶ引きつけちまったから、こっちはまるでぬるかったイカよ」


 青白い肌の美青年は先日私の部屋に忍び込んできたレヴナント、隣にいるちょっと頭髪がさみしくなってきた中年男性がイカの変身能力を持つ夜の種族だ。

 あの夜、レヴナントを味方に引き込んだことで、夜の種族の協力を得ることができたのだ。戦闘向きの能力を持つ仲間を紹介してもらい、それをジャークダーの怪人として抜擢したというわけだった。


 意外にも、夜の種族は商人の丁稚でっちなどの頭脳労働についているものが多かった。

 日中は人間よりも疲れやすく、普通の肉体労働には向かないらしい。昼の仕事に就くために、夜の種族だけのコミュニティを密かに作り、小さなころから読み書き計算、そして一族の歴史などを教え合うことで教育水準を高めてきたそうだ。迫害を受けつつも生き残るための工夫だったのだろう。前世でいうところのユダヤ人コミュニティを連想させた。


 長年の仇敵きゅうてきである王家が相手とあって、士気も半端じゃない。

 訓練で弱音を吐くことは一切なかったし、今回の初実戦でもスパイディもテンタも見事な働きを見せてくれた。これまで荒事なんて経験したこともなかったろうに。


「しかし、尖塔への落書きか。まだ東塔と西塔があるな。次は我がやってみたいものだ」

「バットの気持ちはわかるクモが、それはやめておいたほうがいいクモよ。変な風が吹いてたし、弓兵が何人もいたクモ」

「ふん、言われずともわかっている。ただやってみたいと言っただけだ」


 そう、落書きの実行犯にスパイディを選んだのはそれが理由である。

 飛行する魔物を警戒して、王城の上空には風魔法が常に展開されている。さらに弓兵まで警戒に当たっていて、レヴナントでは撃ち落とされてしまう恐れがあったのだ。


「さて、そろそろ街に戻らないと怪しまれるクモ……いや、かな? キルレイン様、そろそろ失礼します」

「俺もぼちぼち帰るイカ……帰りますね。キルレイン様、お疲れ様でした」

「うむ、ふたりともご苦労だった」

「「はっ!」」


 スパイディとテンタが秘密基地を後にする。

 ふたりとも、昼の仕事を続けている。この街で商人の丁稚でっちと言えばそこそこよい就職先なのだ。それを突然辞めてしまっては怪しまれるだろう……という判断から昼の仕事も続けてもらっている。働きすぎにならないよう、気をつけてやらねば。


「くくく、二人とも真面目なことだ。我ら夜の種族の時代が来た暁には、存分に報いてやらねばな」


 一方で、レヴナントは秘密基地に居残っている。

 夜の種族の連絡員的な役割を担っているため、もともと定職には就いていなかったそうなのだ。フリーで動ける指揮官級なので、非常に助かっている。だが、ひとつだけ問題があった。


「ねえ、バット。そろそろ『モーリモリモリモリモリ!』って笑ってみない?」

「死んでも断る!」


 むう、取り付く島もないとはこのことか。

 まあ、レヴナントはそのままでもキャラが濃いから一旦は妥協しよう。それよりも、スパイディとテンタの負担を減らすために、追加のリクルーティング活動に勤しまなければ。


「ええっと、それで専業でやれそうな人はどれくらいいるんだっけ?」

「思い当たるものはジージョ・レディに伝えたぞ。そろそろ書類にまとめてくるんじゃないのか?」

「お嬢様、お早うございます!」


 噂をすれば影、パルレが紙束と差し入れのお菓子を持ってやってきた。

 メカニカルな印象のゴーグルをつけており、服もいつものメイド服ではなく、黒をベースに赤でアクセントを入れた特別仕様になっている。ちょっとゴスロリっぽい雰囲気である。

 本当はもっと大胆に露出を加えたデザインにしたかったのだが……全力で拒否されてしまった。悲しい。まあ、これはこれでかわいいからいいんだけど。


 そう、いまの彼女はイザベラ・ヴラドクロウお付きの侍女パルレではない。斬殺怪人キルレインの補佐にして、ジャークダーの改造手術によって機械の体にされてしまった侍女怪人ジージョ・レディなのだ!

 原作には存在しない怪人だが……オリキャラは二次創作の醍醐味である。これくらいは、いいよね?


「はい、こちらが今日の差し入れと、こちらがレヴナントさんから聞いた夜の種族の情報をまとめたものです。昼の仕事がある人と、夜の仕事をしている人で分けているので確認をお願いします」


 むう、パルレは事務処理能力が高くて非常に助かる。

 私は書類の束を受け取り、夜の仕事の方からさっそくチェックを開始した。夜の仕事は昼の仕事と比べて給料も安いし、人材も流動的だ。ジャークダーで安定して給金がもらえるのなら、こちらの専業になってくれる可能性が高いだろう。

 現場指揮官が務められる常勤の怪人をあと何人か確保できれば、前々から考えていた次の作戦・・・・に着手できる。ううー、わくわくが止まらないぜ。


 おっと、それはともかく書類のチェックだ。


 一人目は居酒屋の用心棒をしている腕っぷし自慢。

 変身能力は虎か。猛虎怪人ティガ・タイガーになれそうだな。採用濃厚。

 むっ、同僚に獅子に変身できるものもいるのか。獅子怪人ライオニダスとしてティガとコンビを組ませたいなあ。


 お次は賭け試合の選手で、徒手格闘に定評ありと。

 変身能力は豚かあ。見てみないとわからないけど、関取怪人オーゼキングの候補にはなるのかな? とりあえずキープ。


 それから居酒屋のウェイトレスで、カマキリに変身可能な女の子か。

 蟷螂怪人マンティス・シザースのイメージにぴったりだな。うむ、採用濃厚。


 高級娼婦で花のような姿に変身できる娘もいるな。

 ちょっとイメージがわかないが、妖艶怪人ドライラウネの候補にもなるかもしれん。特殊な魔法が使えるのも高ポイントだ。問題は、稼ぎがいいはずの高級娼婦が怪人になってくれるかどうか――


「お嬢様、立ちっぱなしで仕事なんてお行儀が悪いですよ」

「むっ、いまの私はお嬢様などではない。武の道に生きる悪の女幹部、斬殺怪人キルレインだからよいのだ!」

「はいはい、じゃあ紅茶とお菓子も要りませんね。レヴ……バットさん、降りてお部屋で軽食にしましょう」

「うむ、ジージョ・レディの菓子は美味いからな。楽しみにしているぞ」

「えっ、あっ、ちょっと待って! 私も行くー!」


 岩づくりの階段を降りていくパルレとレヴナントの背中を、私は慌てて追いかけるのだった。

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