『雷を捉えたヤクザくん』―日本霊異記『雷を捉えし縁』Remix

小田舵木

『雷を捉えたヤクザくん』

 ボスがまさか。呑気のんきしてるとはな…まったくツイてない。

 俺は赤い車を走らせながら思う。

 敵対組織とがっつり抗争してるって時に、アイツは呑気にファックしてやがった。俺が必死こいて警備してる時に、だ。

 ったく。なんであんなボンクラを頭においてんだ、俺らは?

 …アイツがー頭のネジ2、3本飛んだ●チガイだからか?


 そう。アイツは組織をまとめる力はあるがーちょいとした奇人変人きじんへんじんたぐいだ。

 何時、夜襲を仕掛けられてもおかしくないって時に、女を部屋に連れ込んでしっぽりやってやがった。そこに間抜けな俺が入り込んじまったってのが、今回の事の起こりである。


                 ◆


「ボス―今の所、異常はありません」なんて言いながらドアを開けたんだがー

 おおう…ってらっしゃった。そらもうらっしゃった。大体そのおんな何処から連れ込んだんだよ…このクソ警備のなかでよ…

「おおおん…栖軽すがるゥ…」なんてこたえるボス。腰を止めろ。うっとおしい。

「…出直します?」そう言うしかなかったね。

「いや…見られるのも恥ずかしくて…良いっ」なんて変態じみた告白を頂いた。

「いや、うん。見たこと忘れますから」と俺は言う。ここまで呑気だと毒気どくけを抜かれちまう。

「いや…別にぃ…良いよお。でもさ、ケジメはつけて…ほしいかなっ」とか言うんだが。行動と台詞が合致してないぜ?ボス。

「ケジメですか。指、めます?」なんて太古の映画で見たケジメを提案。本気マジではない。流石に指を飛ばされるのは勘弁頂きたい。

「いや…今…新しいプレイが欲しくてな?」そんだけ盛り上がってんのに、まだ刺激がほしいのか?この変態は。

「…蝋燭とか鞭とか買ってきます?」と俺はいておく。ちはまだしてないと良いなって思いながら。

「それは…要らん。もうったからな」そうかい。何回戦目だよ…この短時間で。

「じゃあ…何をご所望ですか?何でもしますよ、この際…」なんて言っておく。この奇っ怪な変態にもメンツというものはあるのだ。

のかあ…じゃあさー」。妙な緊張感が場に走った…


「―や」とあの変態は一拍いっぱく置いた後にそう言った…



                 ◆


 雷を捕まえて来い。大凡おおよそ現代で放たれる台詞ではない。

 雷を捕まえようもんなら、俺は普通に死ぬ。

 立花道雪たちばなどうせつじゃねーんだから、と思う。彼は剣で雷を切ったが―後に半身不随ふずいになっている…

 

 車を走らせながら考える。雷を捕まえた、とあの奇人ボスを納得させるにはどうしたら良いか?

 いっそ車のバッテリーでも抜いて持ってくか?そういう頓智トンチなり何なりで逃げられないだろうか?

 …無理だ。のだ、あのおっさんは。


 ゴロゴロと俺の近くの空間が鳴る。

 そう。俺は雷の方向に車を走らせているのだ…


                 ◆


 雷は―高い所に落ちると言うが。今回は街中に落ちてる…みたいだ。

 俺は適当な路肩に車を止める。そして―


「天の鳴雷神なるかみ、ウチの首領ボスがよんでるぜ―」なんて俺は天に向かって叫ぶ。。こんなことをしても無駄だと分かっちゃいるのだが。


「呼んだ?」そう言う声が聞こえちまった…


「呼んだ…けど」眼の前にいる奇っ怪なハゲじじぃを俺はしかと見るのだが。ああ。そこら辺のホームレスであってほしい。

「なんじゃ若いの?ワシゃあ忙しい」そうかい。なら帰れよ。天にでもよ。

「…さっき言った通りだ」と俺は鼻をほじる爺ぃに言う。

「お前に付いてくのお?めんどーじゃのう」本日の奇人わくはもう余ってない。頭がショートし始めるのを感じる。

「頼むから」と俺は言う。もし、コイツを連れ帰れなければ。俺の何かしらが危ない。


「じゃあ―何か差し出せよ」と爺ぃは口調を変え、言うのだ。

生憎あいにく。命以外差し出すもんがない」そう、。せいぜいが命だ。差し出せるのは。矛盾しているが、こんな生き方だ。後には何も残っちゃいない。

「それじゃあ。そいつを貰い受ける」そう、爺ぃは言う。

「そいつで―お前の気が済むなら」俺はそういう。ああ。短い命だった。が特に後悔もない。なんせ遺すほどの人生を歩んじゃいない。


                  ◆


 車に『雷』が乗っているという奇っ怪なこの状況。笑いが出る。悪い意味で。


「ワシは何処に行くんかいのー?」なんて呑気なことを言う爺ぃ。

「…ちょっとした『』のアジトだ」と俺は教えてやる。

「えー?君ぃ…ヤクザ屋さん?」

「有りていに言えばそう」

「ワシ…怖いなあ」なんて。さっき俺の命を貰い受けるといったヤツの台詞か?

「お前雷の神な訳だろ?怖いもクソもなくねえか?」俺はそう問う。

「んな訳ないじゃん。なんじゃい…ただの可能存在…わけだ」

「言ってる事が良く分からん」と俺はこたえる。俺は中卒だ。大した学はない。

「お前らの言葉で縛られてる」と爺ぃは要約をくれるのだが。

「言葉で縛る、な?俺ら人間はそれなりに想像力はあるぜ?」神なんかを想像するくらいには豊かな想像力が

「いや。だから言葉にできないような理不尽な真似はできないんじゃ」

「言葉にできないような理不尽?」

「例えば―2+2=5のようにな」それはまあ理不尽だが…言葉にできてんじゃねえか。

「―と思うじゃろうが。そもこの言いようには意味がないんじゃ」と爺ぃは俺の考えてたことを先取りして突っ込み。

「意味がない…ね。なるほど。縛られてるな言葉に」そう思う。俺達は考える時に言葉を介さないと、思考ができないのだ。そしてそいつがなきゃ―世界はただの空間だ。

「そんな訳で鳴雷神なるかみのワシも―怖いもんは怖い」なんか覇気のねえ神様を呼んじまったものだ。

「あそう?まあ、たぶん見たら満足するよ―アンタを」と俺は言う。あの変態は思いつきでモノをいう傾向がある。だがその裏返しに言ったことに執着はしない。叶えられれば満足する。

「なんか一発芸あったほうがいい?」なんて訊く爺ぃ。なんだよ接待か何かか?

「まあ…あった方が良いかもな」なんて。どうせ俺は死ぬんやが。

「…頭光るけどそれで良い?」なんて訊く爺ぃ。大したネタないんやな。

「…なんか他に無いわけ?」流石にパンチ弱くない?訳で。

「電化製品なら何とか…」んまあ。それで良いか。



                 ◆


栖軽すがるちゃん…捕まえてきたあ…?雷…」今度は相手が変わっている。俺の後に来た阿呆おとこが捕まっている。馬鹿だなあと思う。

「…鳴雷神なるかみを自称する爺ぃを連れてきましたよ」と俺は控えめに始める。

「そう…おおん…」うん。人の絡みを見るなら異性同士が良い。俺は。

「やっとるのお」と爺ぃが俺の後ろからひょっこり現れる。一応頭を光らせながら―

「コイツは…下手だ…ん…それが鳴雷神だと言うのかい?」阿呆は舌先が不器用らしい。

「一応」「ワシが鳴雷神」うん。どっかで話題になったアイドルみたいな言い方しおってからに。

「そうかあ。そりゃ凄い」なんて上の空のボス。何の為に命張ったんだか…

 。俺はひっくり返ってもこの人に歯向かえない。


                  ◆


 響く雷鳴。あふれる濁流。その中に。ガキの頃の俺があり。

 ああ。死ぬのは―どういう気分なんだろうとか思いつつも濁流に思考を持っていかれそうになっていた。

「ガキぃ!!捕まれや」そう聞こえた気がして。

 水にみ込まれ、感覚が怪しくなった腕を伸ばす―

「後少しやっ!!気張れやっ」それはたくましい男の声。

 小さかった俺は―手を必死に流れから引き出し。傷だらけのそのてのひらを掴んだんだ…


                  ◆


 アレから幾年いくとせ。ストリートチルドレンだった俺はこの家に引き取られ。

 今まで育ててもらった。その恩があるから死ぬのはやぶさかではないが―


「このアホタレ。錠前がキツイぜ!!どうほぐそうかなあ」なんて言う変態が俺のオジキボス…ああ。世の中は非情と言うか。トレードオフと言うか…。全く、この世はままならない。

「のう兄ちゃん…帰ってよかですか?」と爺ぃが尋ねてきやがる。そんなもんは知らん。


「ボスが良いって言うまでは頼む…なんせなんだから」


「ちょっと待てぇ!!」ボスの声が室内に雷鳴のように轟く。

「なんじゃあ?急に?今の今までに夢中だった癖に―」呆れながらいう鳴雷神なるかみ

栖軽すがるゥ…お前、今何つった?」そうボスは問う。

「コイツ連れてくるのに―命張ったんすよ、俺」とこたえる。

「てめえ…今まで育てたと思ってる?」と阿呆の鍵穴をほじくりながら言うボス。台詞と行為が一致してねえ。

「世話になりましたけど―俺の命は貴方に預けてる…アンタの望みの延長線上にそういう可能性が出るのなら、俺は簡単に死ねる」なんてことをいうのは疲れるぜ。


「お前なあ。」とやっこさんはそうのたもうたね。


 ああ。やっぱな。

「兄ちゃんや…これが人生じゃ」なんて爺ぃの慰めが鬱陶うっとうしい事この上ない。

「ああ。まったく。意味もクソもない人生だったぜ…」俺はそう言うしかなく。そしてそれが言語の枠に収まることわりであることが虚しく。

「―まだ喰い頃じゃねえんだよなあ」なんてボス…いや変態はそう言いつつも。俺に向き直るは止めて頂きたく―


                  ◆


「兄ちゃん…逃げようや」と鳴雷神なるかみの爺ぃ。

「この最前線ど真ん中をどうしろと?」そうココはアジトでそれは変態の持ち物だ。

「逃げるたあ…ふてぇ奴だな…栖軽すがるゥ…」変態は人体のブラックホールに吸い込まれながら何か言ってやがる。

「わあーその穴って広がるんじゃなあ…」とか爺ぃは呑気に見てる。いい加減にしろや。

「お前が逃げるならだ…ふぅんっ」とか変態は言っております。ああ。これ逃げたら最後に味見されかねん気がするのは俺だけか?

「なら?」かんでも分かることを問う人間。それが俺だ。なんでやめられないのか?


「お前の錠前を開けるっ!!熟してなくても実は―酸っぱいってだけだ…」ああ。なんというこっちゃ。この男性版光源氏計画ひかるげんじけいかくこだわった変態は…見境をなくしてやがる。


「爺ぃ!!何とかしろや!!俺の命を取るんならよお!」と俺は叫ぶのだけど。

「へへっ…旦那ぁ…良い刺激物がここにいますでぇ」なんてやがる…らしいな。

「アイツの門に強襲…仕掛けろや」なんて変態は爺ぃに命令。ああ。

「任されよ!!喰らえ!開臀電かいでんでん!!」そういうと爺ぃの指からアークフラッシュみたいなほとばしり。それが俺の下半身めがけて迫ってくる―


 そうして。

 俺の排泄専用の穴は―雷に貫かれ。導体である人体に高圧の電気が走れば―まあ。絶命ものである。

 体中の神経が高圧にさらされ、ハングアップし、体は硬直し。そして圧倒的なエネルギーでかれる…人体が焦げると魚みたいな匂いがするんだな…とか思ってる俺は何なのか…


「まる焦げじゃねえか!!これじゃ何処が穴かも分からん!!」そういう変態の叫び。

「あれ?やりすぎた?」とかほざく爺ぃ。

「爺ぃ……神とか知らん。貰い受けるぞ、その穴っ」ああ。爺ぃ…頑張れよ…



                  ◆


 

『雷をとらえ連れてきた栖軽すがるの墓なり』そんな言葉が俺の墓に彫られてある。

 雷鳴らいめい轟く丘の上に俺の墓はある。まったく。らしい。

「あーあ。死んじまったな」なんて墓の前で呟く俺は―灼かれそこなった『何か』であって、

 なのに。視界はあって。見上げれば積乱雲。この街は雷銀座って呼ばれるくらいには雷が多い。

「…あの爺ぃ、大丈夫だったかな―」なんて思えば。

「んな訳あるかっ!!」と轟く一喝。

「…やられたかい?」と俺は出るはずもないため息と共に問う。

「お陰でワシは―トイレが怖くなったぞ!!」お怒りだ。可能存在たる神は、人の想像たる神は、どうやら人体らしきものがあるらしく。

「切れたか…ご愁傷さん。俺を裏切るからだ」とか捨て台詞。

「裏切るに決まっとる、あんな状況…どう見ても兄ちゃんに勝ち目はなかった…」

「で。結果がか。因果応報たあ、この事だな」と俺は言ってやる。ざまあみろ。

「んで…訳じゃ…兄ちゃんにな」

「お前は―ノンケ違うんか?」とつっこまざるを得ない。神など好色こうしょくなイメージしかないのだ。

「我、目覚めた者なり…」爺ぃの目は座ってる。

「おいおいおい…命日にこれはない」そう、今日は俺の命日で。だからこうやって墓の周りをウロウロしている訳で。そんな事を考えていれば―


「おおおん…栖軽すがるぅ…なんで亡くなっちまったんだあ」なんて声が聞こえてきた。

「げ」と俺はいう。人に酷似した神に俺が見えるのなら。変態に見えてもおかしくはないのだ…なんせ台詞から執着が見えるからな。

 しかし。『なんで亡くなった』は無いぜ。お前がこの眼の前の荒ぶる鳴雷神なるかみをけしかけたんだろうが…


「お穴頂戴いたすっ!!」なんて俺に飛びかかる鳴雷神。

「ふざけんな!!」と足を繰り出す俺。

「おおおん…」泣き叫ぶ変態。

 地獄は此処にあり。あんなモンは宗教家の発明だと思っていたが―ああ。あるもんだな。


 そして。俺の蹴りは。低空飛行してきた爺ぃもとい鳴雷神の顔面にクリーンに入り。

「ぶへらっ」という何とも情けない断末魔と共に爺ぃはぶっ倒れた。

「っしゃあ!!」なんて勝利の雄叫びを上げる俺。

「―栖軽すがるか?」と反応する変態。

「…」黙り込む俺。

「…この若造があ」と口の端でブツブツいうカミ。

「むっ!!この声は―エレキテル爺ぃの声っ」妙に記憶力良いな、変態は。

「…」ここで反応しようもんなら、命と共に守った貞操が危ない…

「もしやっ!栖軽が―死してなお、鳴雷神なるかみとやり合った?」

「…」俺はなお黙る。

「…ならば。この墓銘ぼめいも変えねばな…」


                ◆


 かくして。その丘はー『雷の丘』と呼ばれるようになったという。

 そして。その丘の雷が落ちなかったという。





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『雷を捉えたヤクザくん』―日本霊異記『雷を捉えし縁』Remix 小田舵木 @odakajiki

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