第9話 リームスのある生活【ニコ視点】

「ふわあ……」


 研究所にて。私の研究室。サンプルの光泥機と頑強ガラスをルミナに見せる。


 今彼女が手に持っているのは、『泥話でいわ』や各家庭への光泥リームス供給用に街中に張り巡らされた『ガラスチューブ』のサンプルだ。ぐにぐにと感触を確かめている。


「ガラスって、硬いものだと思ってました」

光泥リームスは危険物なのよ。その特性は『融解と増殖』。つまりは『何でも溶かして』『それを材料に自己増殖する』の。現状判明している中では、唯一溶かせられないのがガラス製品って訳。だから、光泥リームスを使った機器を土台に文明を発達させる為に、ガラス製品の研究と開発、作製技術の発展は必須だったの。……既にもう、普及しているガラス製品は大昔からある既存の、ケイシャとソーダ灰と石灰石を混ぜて溶かしただけの『硝子がらす』じゃない。全く別物とすら言えるわ。それが、『頑強ガラス』」


 そう。

 知らないのだ。貧民街出身のルミナは。

 あそこはまだ、光泥リームス文明初期の風俗が残っている。要するに『アナログ』ということ。ウチで生まれた最新技術は、恐らく50〜60年してようやく貧民街に伝わるレベルだろう。

 それほど、今の人間には格差がある。


光泥燈こうでいとうはあるでしょ? あれは最も簡単な、光泥リームスの基本能力だから。光を拡散させる特注のガラスの器に入れただけの光泥リームス本来の『光』。まあ、昼間は必要ないからって、スイッチを繋いで管理室で管理していると思うけど」

「……光る、泥。……一体あれは何なんですか?」


 知識欲。

 ルミナからそれを感じた。知らないことはなんでも知りたがっているような。

 恐らくは、『次の賭博』に備えて。要不要を問わずに知識を蓄えたいのだろう。何が使えるかは分からない、いつ賭博になるか分からないから、とにかく知れる時に『る』こと。

 そういう、『生き方』なのだ。


「……正体は、溶けた岩よ」

「えっ」


 良いわ。全てを伝える。

 今更、初等教育レベルのことだけど。私は好きなものを語るのが好きだし。

 【人生に意味は無い。つまり好きにしろ】。……インジェン準新作『哲学の灯火』から引用。


「私の一族は、代々『原液』を管理して、受け継いできた。ずっと研究をしていて、成分や性質は分かってる。『泥』の名の通り、これの本質は『岩』なのよ」

「……岩」

「岩を超高熱で溶かすと溶岩になるでしょう? 光泥リームスも、岩を溶かしているの。熱ではなく、光でね。ある昆虫が発する特別で一定の光でのみ、状態を岩という固体から液体に変質させる。……特殊な岩」

「……昆虫、ですか」

「ええ。知ってる? お尻がこう丁度、光泥リームスの色に光るの。光りながら飛び回って、求愛するのよ」

「……ホタル、ですか?」

「そう。『アサギリホタル』という種類。けど、自然界では殆ど光泥リームスは発生しない。アサギリホタルの光に少し細工が要るの。それと、そもそも光泥リームスとなる特殊な岩は、地中深くにあるから。このふたつは人工的にやらないと一緒になることは無いのよ」


 アサギリホタルは、たまに夜の公園で見掛ける。市街区の外、工業区のある川の方まで降りるともっと居ると思う。まあ、その辺に居る普通の虫だ。


「今となってはこのリームス文明の生活必需品だけど、基本的には危険物で有害物よ。それは忘れないでね。直に触ると皮膚がわよ」

「えっ」


 私の脅しに、ルミナは尻尾をピンと立てた。ああ、触りたい。明日の賭けはそれにしようかしら。


「『融解と増殖』。一度定量の光泥リームスを作ってしまえば、後は『何を投入してもその質量だけ増える』のよ」

「そうなんですか?」

「……だから、は綺麗なの。分かる?」

「…………」


 顎を撫でるルミナ。


「……ゴミを入れてリサイクルを」

「そう。『廃棄物』の処理に困ることが無い文明なのよ。トイレ、見たでしょ?」

「あ。用を足したらこのボタンを押せってチルダさんが……。蓋が勝手に閉まりました」

光泥リームスを流して即座に処理してるのよ。見た目と安全性とイメージ的に、直接見るものではないから蓋で隠しているだけ。家の下だけでなく、街中の地下全部、光泥リームスの通ったガラスチューブが張り巡らされているんだから」


 初等教育どころか、一般家庭では生まれた時から知っているようなこと。

 ルミナは、知らない。


 ええ。良いわ。全て。

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