第5話 獣の目の賭博師【ニコ視点】

 賭博。

 休日の度に賭場へ出向いて、それが給料の足しになっていた。

 そんなに、勝てるものなのだろうか。


「『お嬢様』は止めて。あなたと私は再従姉妹はとこ。ベルニコか、ニコで良いわ」

「……ベルニコ、様」

「…………ま、いきなりは無理ね。なら分かった。私が勝ったら、あなたは私を『ニコ』と呼びなさい」

「えっ」

「チルダ。何か適当なコインを」

「かしこまりました」


 時間はある。色々、試しましょう。チルダに100ルクス硬貨を用意させた。


「簡単な賭けよ。今からチルダがコインを真上へ弾く。キャッチはせず、床で判定するわ。表か、裏か。100の数字が刻まれている方が裏よ。張りなさい」

「…………分かりました。絨毯だと柔らかくて判定が難しくなるかもしれないので、テーブルの上に投げて貰っても、良いですか」


 キャッチをさせないのは、チルダは意外と反射神経というか、運動神経が無いからだ。


「分かったわ。良いわね? チルダ」

「かしこまりました。ですが、もしテーブルに行かなかった場合は申し訳ありません」


 ルミナは頷いた。私はチルダに合図をしようと手を挙げた――瞬間に。


「わたしが、勝てば……?」

「ん」


 控えめに質問してきた。助けた私に対して遠慮しつつも、恐らく『賭け』のことになると真剣なのだろう。

 それは目で分かった。明らかに先程と違う。笑っていない。

 食い気味に、テーブルを押してしまって少し移動させてしまうほど真剣に。


「そうね。私が可能な範囲で、望みをひとつ叶えてあげる。あなたの『安全目的』に通じるような、何かを」

「……分かりました」

「では、賭けなさい」

「もうひとつ」

「なに?」


 見たことは、あった。あれは、幼い頃、父に動物園に連れて行って貰った時だ。


 ああそうか。


「チルダさんがコインをに張らせてください」

「…………良いけど、何の意味が?」

「……疑って申し訳ないですけど、不正対策です」


 獣の目だ。


「……ふん。良いわ。そういうところ、きちんとすべきはすべきだしね」


 そう言われれば否定できない。チルダをちらりと見る。特別、獣人族アニマレイスの動体視力がずば抜けていて、回転中に結果が分かるようなことは無い筈だ。それを確認する。チルダも頷いた。


「では、チルダ。始めなさい」

「……かしこまりました」


 軽く握った拳。親指の上にコインを置いてセットするチルダ。


 キン。


 爪と弾かれた音が鳴った。勝負スタート。


「裏」


 宣言通り、瞬時にルミナが張った。つまり私が表。

 裏は、100の数字。表に刻まれているのはリームス文明の象徴である『光泥燈』。


 少し、長く感じた。緊張感が張り詰められている。その雰囲気を醸し出しているのは、ルミナだ。

 瞳孔が開いている。私は回るコインではなく、その瞳が気になってしまった。


 カーン。


 弾かれたコインは真上というより斜めに飛び上がり、落下時にきちんとテーブルへ。それからコロコロと転がって。


 床の絨毯へ落ちた。仕方無い。判定が難しそうなら再度仕切り直しにすれば良い。どちらか判れば、それで決着だ。


「結果は?」

「…………」


 私達プレイヤーはコインに触れない。立ち上がり、テーブルの裏へ回る。

 チルダも触れない。最初に確認して、私達を待つ。


「…………あっ」


 キラリ。見えたのは『100』の数字。


「裏ですね。ニコお嬢様の負けです」

「…………そうね」


 二分の一だ。これ自体にあまり意味は無い。けれど。

 ルミナを見る。


「………………」


 口角は上がっているけれど、口元は歪んでいる。なんとも微妙な表情だ。勝ってしまって複雑なのだろうか。


「……あなたの勝ちよ?」

「えっ。えっと……。今の、?」

「は?」


 何を、言っているのか。

 まさか。


「今……何かしたの? チルダ」

「いえ。私も見ていましたが、ルミナは少しも動いていません」


 したのか。

 イカサマを?


「えっと……」


 ふたりして、ルミナを睨む。不正の糾弾ではない。

 単純な興味と、その度胸への敬意だった。


「……チルダさんのセット時、コインは表でした。指を掛けている位置と角度的に、テーブルの方向へちゃんと飛ぶと分かりました。慣れてない様子だったので、ありがちな軌道なんです」

「…………は?」

「ルクス硬貨は全て表に比重があります。絨毯のような柔らかい床にただ着地させただけなら分かりませんが、硬いテーブルなんか転がせば大体表が下で倒れます。これは有名な話で、わたしの勝ち筋は如何にテーブルへ着地させ、運良く転がる可能性を上げるかと考えました」

「………………うそ」


 拾う。確かめる。慎重に、真っ直ぐテーブルに転がした。


 パタリと倒れる。裏だ。


「……チルダが100ルクス硬貨を持ってきて『投げ慣れていない』と確認した時点でここまで読んで、テーブルのことまで指定したのね」

「はい。……まあ、違和感が無い程度なのであまり動かせませんでしたが」

「弾いた瞬間に張るというのは?」

「すみません、弾く前の表裏の確認と、テーブル移動の違和感を誤魔化すブラフです。お嬢様が『ルクス硬貨』を選択した時点で、不正はそもそも最初から疑っていませんでした」

「……そう。私は『知らなかった事実ひとつ』で、敗けたのね」


 ルクス硬貨について、知っているなら言ってくれれば良かった……? 違う。この子は勝つために、さかしく情報を伏せた。アドバンテージを活かした。

 この、ルミナス・イストリアは。

 きちんと、賭博師だ。正直に真面目にするより、ずっと良い『自己紹介』だと思った。

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