第4話 娼館で育った捨て子【ニコ視点】

「エルコまいのリゾット。ハテフパタのサラダ。ホヘトのスープ。それとステーキ。これはカメツうしね。まあ、割と普通のディナーよ」


 急いで、学校から帰ってくる。結局朝になっても起きなかったのだ。この、ルミナス・イストリアは。

 酷く衰弱していたからだ。もっと早く元気になれば。昨晩は一緒に眠れたかもしれないのに。尻尾が出ている。髪と色が同じで白い尻尾だ。綺麗で、美しくて。ふわふわで。嬉しそうにゆらゆらしていて。

 たまらない。


「……美味しいです。うぅっ。美味しいです……」


 泣きながら、自分の涙と一緒に口に入れている。掻き込んでいる。必死に。まるで、今食べておかないといつ餓死するか分からない、とでも言うかのように。貴族街ここなら当たり前にある、頑強ガラス製の食器に驚いていて。


 から来たのだ。きっと。私にそこまでの想像をさせるくらい、迫真の食事だった。

 スプーンやフォークの正しい持ち方は、また教えてあげようと思う。


「チルダ。お父様は?」

「……今日も遅くなるようです」

「そう。なら私も彼女ルミナと一緒に頂くわ」

「かしこまりました」


 広い広いダイニング・ルーム。いつも私とメイド達だけ。父は滅多に一緒にならない。

 生きている時間が違う。私は日中、学校に居る。父は私の居ない時間に屋敷に帰ってきているらしい。


「美味しいです……」

「もう良いから。普通に食べなさい」

「すみません……」

「…………食後、話があるわ。分かっているわよね」

「…………はい」


 この子については、私に責任がある。全てを知らねばならない。私が助けたんだ。

 助け切る。守る。もう二度と。貧民街には行かせない。

 それに、訊きたいことも沢山ある。名前に、通行証に。賭博?


 食事を終えて。自室に招く。この子の部屋をどうするかは、また考えるとして。


「さて。あなたから話を聞く前に。こちらのことを話すわ。ね」

「……はい」


 四角形のガラステーブルを挟んで、ソファに座る。


「あなたは通行証の記載通りに、『ルミナス・ヴェルスタン』として手続きしたわ。……怪しまれたけれど私がゴリ押した。ヴェルスタン家は地方にも親族があるから、今あなたは私の再従姉妹はとこか何かよ。外部へはそのように口裏を合わせなさい」

「……はい」

「で。ルミナス・ヴェルスタン……いえ、ルミナス・イストリアとは。私の母の名前よ」

「え……」


 チルダが光茶こうちゃを淹れてくれた。彼女は私に付きっ切りのメイドだ。部屋にも出入り自由としている。私のお気に入りの、インジェンのサイン入りティーカップだ。ガラス製ではない珍しい白い陶器に、赤い字でサインのコピーが刻まれている。去年の新刊イベントで買ったものだ。


「発行日があるでしょう? 光暦232年6月11日。母が死んだ日で、私が生まれた日」

「!」


 白く光る食器は好きだ。まるで光泥リームスのようだから。


「勿論母は人間よ。あなたのように獣人族アニマレイスじゃなかった」

「…………」


 洗うと、彼女の髪色が明らかになった。

 光の色。光泥リームスの色。真っ白に輝いていた。驚いた。私の、好きな色だったから。


「……以上。……さあ次は、あなたが話しなさい。全て。……経緯、目的、存在。まずは目的からかしらね。【全ての建設的な会話は参加者全員の目的を明確にして共有、または統一してから始まる】」

「…………わたしは」


 インジェンの名作『塔の上の論戦』から引用して、ルミナへ会話のバトンを渡す。勿論彼女に教養が無いことは予想している。反応が欲しい訳じゃない。


 ルミナは顎を撫でて少し考えてから、口を開いた。


「目的は、『安全』です。……わたしは捨て子で。貧民街の娼館に拾われて、雑用をしていて。一昨年くらいから、お客さんの相手もするようになりました」


 暗い過去の筈だ。だけど、彼女の黒い瞳からは昨日のような絶望は感じなかった。何故だろう。


「貧民街の娼館ですから、扱いは悪くて。お店も姉様達もお客さんも、酷くて。……賭博の話はお客さんから聞いて、興味を持って。たまの休日は全部賭博をして。少ない給料の足しにしていました」


 想像ができない。私は貧民街に行ったことすらない。そこで何が行われているのか、噂や知識では知っているけれど。


「後は、昨日話した通りです。……だから、わたしの名前が、お嬢様のお母様と一緒とかは……分かりません。拾われた時に一緒に御包みに入っていた、名前が書かれていた紙ももうありません」


 もう、過去の話とばかりに。悲壮感は無かった。その黒い瞳は。宝石のように煌めいていた。

 その『目的安全』は、もう果たされているからだ。

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