第39話 呼び出し

指定された場所に行くと手紙の差出人は既に待っていた。


「ナビエ公爵令息様!あの、このような不躾な形でお呼び立てすることになって、大変申し訳ございません……」

眉を下げて必死に詫びる姿に悪意は見えないが、どことなくカディオ伯爵令嬢を思わせる態度にリシャールは警戒を緩めなかった。


「前置きはいい。本題に入ってくれ、トルイユ子爵令嬢」

「――はい!あのアネット様のことなのですが、最近どこか気落ちされているご様子で心配しておりますの」


伏した瞳には愁いを帯びており心から案じているように見えたが、リシャールは疑問に思っていたことを尋ねる。


「貴女はアネット嬢と親しい間柄なのか?」

クラスも違えばルヴィエ侯爵家とは家格も違うし、接点があるようには思えなかった。いつも一緒に行動しているフルールとレア以外の友人をリシャールは見かけたことがない。


「……私はアネット様に憧れておりますの。ナビエ公爵令息様はご存知ないかもしれませんが、クラリス様は私の友人でしたわ」


エミリアの情報により、クラリスがアネットを傷付けた犯人だと判明したので名前だけは覚えていた。だがその手伝いをしたわけでもないただの友人であったために特に気にしていなかったが、今回内密に呼び出しを受けたことでエミリアを警戒していたことは事実である。


「私がもっと早くクラリス様の状態に気づいていれば、アネット様に怖い思いをさせることもなかったと後悔しておりましたの。でもアネット様は私を責めることなく、他の方と分け隔てない態度で接してくださって、……私はそれがとても嬉しかったのですわ」


顔を僅かに赤らめながら一生懸命語るエミリアに、リシャールは同意を示すように頷いた。


「トルイユ子爵令嬢に責はないのだから当然だろう」


自分に危害を加えようとした人物の友人だからという理由だけで、アネットは邪険にしないだろう。クロエに対する好意の示し方は激しいが、それを除けばアネットは大人しい性格だ。優秀で物事を見通す思考力や状況に対応する判断力、そして年齢に似合わないほどの冷静さを持ち合わせている。


「ナビエ公爵令息様もお優しい方ですわね。私、お二人のお力になりたいと思っておりますの」

ふと何か違和感を覚えたリシャールだが、次のエミリアの言葉に意識を奪われる。


「シアマ会長もアネット様のことを大切に想っておられるようですが、アネット様はあまりご関心がないご様子でしたわ」


シアマ伯爵家の三男であるフェルナンは学生でありながら既に事業を手掛けており、経営の実務経験を積んでいる。婿養子を迎えたいルヴィエ侯爵としては打ってつけの人材だ。

ナビエ公爵嫡男である自分とは条件が合わず、王族に次ぐ地位はアネットにとっては魅力的なものではないだろう。


そこまで考えてリシャールは内心ため息を吐いた。そもそもアネットに特別な好意を抱かれていない時点で、将来のことを考えるなど妄想でしかないのだ。


「アネット嬢のことは俺には関係ない。だから君の手助けとやらは不要だ」


虚しい会話を打ち切るためにリシャールが淡々とした口調で告げれば、エミリアは目を瞠って驚きの表情を浮かべる。


「そうですか……。リシャール様ならクロエ様よりもアネット様を大切にしてくださると思っておりましたのに……」

「どういうことだ?」


その物言いに少しだけ引っ掛かりを覚えて反応してしまった。


「アネット様が気落ちなさっている原因はクロエ様ですわ!お茶会の席でアネット様の良くない噂が——勿論根拠のない嫌がらせのためのものですが、クロエ様が否定なさらないのでますます酷いことをおっしゃる方が増えておりますの。……アネット様はあんなにクロエ様のことを慕っていらっしゃるのに……」


クロエが庇わないのには理由があるのだろうと察したが、リシャールは落ち着かない気持ちになった。確かにアネットの好意はクロエにだけ向けられていると言っても過言ではない。


(何故彼女はそこまでクロエを慕っているのだろう?)

ふと覚えた疑問が胸の中にぽたりと落ちた。


「リシャール様、一緒にアネット様を助けてくださいませんか?」


胸の前で手を組み縋るような瞳に、アネットの泣き顔が頭をよぎった。遅かれ早かれ婚約者を得る彼女と関わってはいけないと自分に言い聞かせて、アネットから距離を置くことを選んだ。


(だが、もし彼女が辛い思いをしているのなら——助けてやりたいと思うのは余計なことだろうか……)


どうすることが正しいのか分からないまま、リシャールはアネットのことを考えていた。

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