第29話 妄執

生徒会長という立場は思った以上に便利なものだった。

伯爵令息の肩書と違い生徒会長であれば全学年に認知されることになる。自分よりも爵位が下の者にも上の者にも話しかけやすい環境はフェルナンの人脈作りに大いに役立った。


伯爵令息だが嫡男でないフェルナンはいくつかの商売を手掛け、今年新しい事業を起こしている。今までと違い自身だけで手掛けた事業であり、その責任の一切はフェルナンが負うべきもので失敗など許されない。


(高位貴族には下に見られても無下にされないのは今だけだからな)


フェルナンは親しみやすく頼りがいのある面と、顧客に対応するような慇懃な態度と使い分けている。そうすることで情報収集を容易にし、学園内においても事業においても役立てていた。

今回のアネットの件でもそれを活用して情報を入手したのだが、いささか手詰まり状態である。


「ほぼクラリス嬢で間違いないけれど、証拠も証人もいないとはね」


アネットとリシャールの噂が流れてから情緒不安定な様子と動機、間接的な目撃情報はあるものの決定打に欠けるものばかりだ。

実際に直接話しかけてみたこともあるが、儚い容貌の中に危うげな光が見えた。迂闊に踏み込めば何をしでかすか分からない危険性を孕んでいる。


(颯爽と解決して格好の良いところを見せたかったのだが、仕方ないな)


それでも成功率が高い方法があればそちらを選択する。合理的な考えのフェルナンはその計画を持ってセルジュを訪ねたのだった。



心配する先輩を装ってクラリスに何度か声を掛けるうちに、徐々に警戒が薄れていったようで悩み事を打ち明けられる程度には親しくなった。元々友人も少なく、病気がちで大切に育てられたためか特に異性の知人など皆無だったようだ。


フェルナンを頼りリシャールへのアプローチの仕方や好感を持たれるための方法などを尋ねられ、真摯な態度で助言をしてあげた。とはいえあくまでも一般的な内容でしかなく、相手はもちろん周囲の人間を傷付けるような方法などは教えていない。


にもかかわらずクラリスは暴走し徐々に不安定さを見せるようになった。フェルナンとしても穏便に済ませたかったのだが、これ以上は看過できない。


「フェルナン様!」

顔色は青ざめ思い詰めたような表情で生徒会室に飛び込んできたクラリスだが、潤んだ瞳の中には激しい感情が宿っている。

昼休みにセルジュとアネットの許可を得た上で撒いた噂にクラリスはすぐに飛びついたようだ。


「おや、どうしたんだい?」

心配そうな表情を作り、ソファーに誘導して相手が話し出すのをただ静かに待った。自発的にクラリスが語ることが重要なのだ。


「あの方が、アネット様がリシャール様のこ、婚約者に……」


言葉にすることすら耐え難いのか、震える声で伝えるクラリスにフェルナンは目を伏せてクラリスに同情しているように見せた。言質を取られるような迂闊な真似を避けるため、慰めの言葉を掛けることもないが、クラリスは気づくことなく心情を吐露する。


「リシャール様はわたくしのことを想ってくださっているのに!当家がルヴィエ家よりも爵位が劣っていて、リシャール様の身分に釣り合わないからとアネット様はあのように強引にリシャール様に付きまとっておりますの。クロエ様の妹君を邪険に扱えないだけですのに、優しい方ですから。――もしかしたらあの時アネット様よりわたくしを優先してくださったことでアネット様に理不尽を強いられているのかもしれません…」


受け入れがたい現実に無理やり理由を付けて整合性を保とうとしているのだ。その中で聞き流せない言葉を聞いた気がして、フェルナンはクラリスに訊ねた。


「クラリス嬢、あの時とは…?」

「わたくし、アネット様にお伝えしようとしたのですよ。それなのに怖くて言葉にできなかったのですが…リシャール様のために勇気を出したんですの。わたくしも一緒に階段から落ちそうになりましたがリシャール様がわたくしを助けてくれたのです。庇っていただいただけでなく、心配して保健室にまで付き添ってくれて本当に嬉しかったわ」


リシャールについて語る時のクラリスの表情は幸せそうで無垢な少女そのものだ。だがリシャール本人からも話を聞いているフェルナンはその妄執に内心ぞっとする。


「それなのにアネット様はリシャール様に物を強請るだけでなく、婚約者の立場も奪おうとするなんて酷いわ」

「……それはクラリス嬢に贈られるはずだったというリボンのことかな?」


先日会話を交わした際に、リシャールからの贈り物を返してもらったのだと嬉しそうに告げていた。あくまでクラリス嬢の中ではそういう認識なのだろう。

興味津々に訊ねれば、クラリスはそっと小さな袋からクリーム色のリボンを取り出す。どこか誇らしげにうっとりと見つめるクラリスに、フェルナンは意識的に口角を上げる。


(とりあえず証拠が残っていて何よりだ。念のためもう少し喋らせるか)

フェルナンは一瞬だけ視線を控え室に走らせた。


セルジュに依頼して王家の騎士に証人として控えてもらうことにしたのだ。敢えて学園とは無関係である王家直属の騎士を第三者として立ち会わせたのは、信用度が高くこの問題を正当に扱ってもらうためだ。

親であるカディオ伯爵も王家の騎士ならば証言を認めざるを得ないだろう。クラリスの罪を明らかにしなければ、アネットの身の安全は保障できない。


「そうだわ。フェルナン様はご商売をされているのでしょう。その伝手でカートウィールを手に入れられないでしょうか?目立つ場所に醜い痕が残れば、アネット様もリシャール様に見られたいとは思わないはずだわ。フェルナン様はアネット様に付随するルヴィエ家があれば良いのでしょう?」


とても良い考えだと言わんばかりに、クラリスは表情を輝かせる。

フェルナンがクラリスに親身になるための理由として、ルヴィエ家の爵位に興味があることをほのめかしていた。だが正気を失いかけている目の前の少女からの提案は、どこまでも自分本位で傲慢だ。


栽培を禁止されているカートウィルは、触れるだけで重篤なかぶれや発疹を引き起こし痕が残りやすい毒草である。それが万が一妙齢の女性の顔にでも付着すれば、絶望しかないだろう。

嫌悪感を出さないように努めるのが精一杯で、引き際を間違えた自分に毒づく。

今のクラリスを逆上させないような言葉を探していると、控え室の扉ががらりと開いてフェルナンは言葉を失った。


そこには護衛騎士などではなく、第二王子のセルジュが立っていたからだ。

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