第7話 お菓子はプレゼントの王道です

「ねえジョゼ、こういうお菓子を見たことある?」

画用紙に書いた力作を見せれば、ありませんという言葉が返ってきた。


アネットはその答えににんまりと笑みを浮かべる。プレゼントに王道のお菓子は外せない。だが通常侯爵家で出されているお菓子であれば、クロエが望めば簡単に手に入るだろう。

そこで転生チート、もとい前世の記憶の出番だ。


女性に人気そうなスイーツで、この世界で見たことがない物を考えた時に浮かんだのがマカロンである。色とりどりのマカロンは見た目も可愛く、一口大のため食べやすいし、何より美味しい。

専門店で買えば結構お高めなので、あまり料理は得意ではなかったがマカロンだけは何度か作ったことがあった。

クロエへの次のプレゼントはマカロンに決まったが、大変なのはこれからだ。


(子供が、しかも貴族令嬢が簡単に厨房に出入りできないよねー)


ならばキッチンメイドか料理人に頼まなければならないが、雇用主の娘とはいえ元平民の子供の我儘を聞いてくれるほど暇ではないだろう。

悩んだ挙句、アネットはシリルに相談することにした。


「マカロン、ですか?そのような菓子の名前は聞いたことがありませんね。アネット様はどこでそれを知ったのですか?」

想定内の質問にアネットは考えていた答えを返す。


「市場で見かけたことがあるの。すごく綺麗で美味しかったからお姉様にも食べ―いえ、召し上がっていただきたいわ」

「ですが、その絵だけでは作り方が分かりません」

「私が分かるわ」


即答するアネットにシリルは懐疑的な視線を投げるが、怯んだら負けだ。

何故と聞かれたら教えてくれたと答えるつもりだったのに、シリルはそうしなかった。


「申し訳ありませんが、そのご要望にはお応えいたしかねます。アネット様がクロエ様を慕っていらっしゃるのは存じておりますが、クロエ様は望んでおられないようですしその必要もありません」

お菓子そのものよりも、もっと根本的な部分で却下された。当然アネットは納得できない。


「お姉様と一緒に社交の場に出ることもあるのでしょう?その時に姉妹仲が悪ければ、侯爵家の評判に関わるわ」

「そのために礼儀作法を学んでいるのですよ。貴族たるもの社交の場でその程度のことを取り繕えなくてどうします」


的確にアネットの言葉を返してくるシリルに腹は立つが、合理的な性格の彼らしい回答だ。子供なのにここまで考えるのは怪しまれるかもしれないと思っていたが、仕方なくもう一つのカードを切る。


「他の方が見たことがないお菓子をお茶会で出したら話題にならない?お義母様も主催者として鼻が高いのではなくて?」

それはひいては侯爵家の評判に繋がる。シリルの瞳が細められてアネットの言葉を熟考しているのが分かった。シリルの判断基準はあくまで侯爵家に利があるかどうかが大きい。だからこそ勝算はあると分かっていたものの、無事許可が下りた時には思わず安堵の溜息が漏れた。


「今回は特別ですよ」

そう言って釘を差すのを忘れないのはシリルらしかったが、アネットは嬉しさでそれどころではなかった。



「それで、お嬢様は何を作りたいんですか?」

シリルが話を付けてくれたおかげで厨房に行くと、料理長が面倒くさそうな顔を隠さずに尋ねられた。


(まあ子供の遊びと思われても仕方ないものね)

そもそも料理人はプライドが高い者が多いと聞く。子供相手に見たことも聞いたこともない菓子を作ろうとするなど、手間であり無駄としか思っていないのだろう。


「今日はお時間をいただき、ありがとうございます」

先に笑顔でお礼を述べるのは、多少なりとも印象を良くしようという思惑からだった。気まずそうに顔を背ける料理長は悪い男ではないらしい。


「ジョゼがお伝えした材料と頼んだ物は揃っていますか?」

「ええ、言われたとおりに準備しましたよ」

調理台の上に準備された材料を確認したアネットは満足そうに頷いた。

プレゼント作戦の決行である。


準備してもらった踏み台で料理長に指示をしながら、作業を進めていく。本来なら自分の手で作りたかったが流石にそれは許可が出なかった。子供がプロの料理人に対して偉そうに作り方を指示するのは複雑な気持ちだったが、第一弾が焼きあがってからは厨房の雰囲気が変わった。


「アネット様、すりおろした人参の汁を入れればオレンジ色になるかもしれません」

「まあ、それは素敵ね。ぜひやってみてちょうだい」

「アネット様、中に挟むクリームの代わりにジャムを挟んでもいいですか?」

「もちろんよ」


いつの間にか見習いやキッチンメイドも加わり、マカロンづくりを手伝ってくれている。不思議に思っているとジョゼが耳打ちしてくれた。

「みんな甘い物が好きですし、いつもと変わった香りがするので気になって仕方がないのでしょう」


変わった香りはアーモンドパウダーだろう。ジョゼ経由で伝えたところ、質問を返されて一般的ではないのだと気づかされた。幸い作り方を知っていたので伝えることができたが、今後はタルトや他の菓子にも使ってもらっても、一味違った風味が楽しめるはずだ。


一通り焼成作業が完成したところ、お待ちかねの試食タイムだ。

折角だから皆の感想を聞きたいと渋るジョゼを説得して、立ったままキッチンでマカロンを口にする。

懐かしい味が口の中に広がる。専門店とはいかないが、自作したマカロンよりも断然美味しい。


「んー、美味しい」

「アネット様、その表情はちょっと……。確かに美味しいですけど」

緩んだ表情は確かに少しはしたないのかもしれないが、こんな時は多めに見て欲しい。そういうジョゼとていつもより口元が緩んでいるのをアネットは目ざとく見つけていた。


「これはいいですね。華やかで口当たりも良くご婦人方の好みでしょう。お茶会で出せばきっと喜ばれますよ」

料理長の言葉に皆が深く頷いている。


(お姉様も喜んでくださるかしら)

感情に乏しい表情のクロエが笑顔になってくれることを期待しながら、アネットは残りのマカロンを口の中に放り込んだ。

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