トクベツじゃない、バレンタイン

CHOPI

トクベツじゃない、バレンタイン

 節分が終わり、立春が過ぎてなお、まだまだ寒い日が続いている今日この頃。『逃げる』月と揶揄されるスピード感で過ぎ去る時間、気が付けばもう2月も中頃だ。


 一年を通して一番短い日数しか有さない月、2月。うるう年でさえ29日間だが、今年は例年通り28日間しかない。そしてその半ばごろになると、街中いろんなところから可愛らしいパッケージが目に飛び込んでくる。有名店、大手お菓子メーカー、個人経営のお菓子店……。皆共通しているのは、どれもが『チョコレート』を使用していること。


 そう。2月半ばのイベントといえば、バレンタインデー。最近はそういうイベント毎の商品ってどんどん売り出しが早くなっているから、1月末になると節分の物そっちのけで売り出しているところもあったりする(その分、節分の物はさらに早い、お正月が落ち着いた1月中旬には売り始めている気がするが)。いわゆる『バレンタイン商法』だけど、まぁでも、チョコレート好きにはとても嬉しい期間でもあったりして。


 本命、義理、友チョコ……。学生の頃を思い出すと、如何にしてばらまき用のお菓子を買うかが問題だったように思う。そもそも学校には持ち込み禁止だったので(まぁ、ある程度黙認されているところもあったとは思う)、大人に見つからないようにやり取りするのがそれはそれで楽しかったり。


 と、まぁ、バレンタインに対する思い出は、意外と楽しいことの方が多い。……あぁ、いや、ちょこっと訂正。社会人以降は結構めんどくさかったことの方が多いかも。


 入社して、周りの空気に合わせてばらまき用のチョコを買えば、そういうことに乗り気じゃない勢から「そういうの止めない?」と文句を言われ。それであまりいい気がしなかったので、次の年持ってくるのを止めてみたら「え、今年は止めちゃったの?」と言われ。悩むのもアホらしいと思って、その後は少し大きめの物を買って、『ご自由にどうぞ』のメモと共にみんながお土産などを買ってきたときに置いておく、自由に持って行ってくださいコーナーにぶん投げてある。


 本命がいるわけじゃないし。今年もまぁ、自分用になんか買って、あとは職場用に適当なものを見繕って。気が付けばいつの頃からか、バレンタインってあんまり心が躍ることのないイベントの一つに成り下がっていた。


 ******


 仕事帰り。今回は特に寄り道をするつもりもなく、いつものように帰路につく電車へと乗った。空席がチラホラと目についたので、開いている席へと向かって行って腰を下ろす。何気なく車内の電子モニターを眺めてみると、次の停車駅の情報が流れ終わった後、大手メーカーのチョコレートのCMが流れ始めた。毎年可愛い女優さんやアイドルの子たちが起用されているそれらをみて、もう2月も半ばか、なんて思うのが常だったりする。


 毎年自分用のチョコレートは少し良いものを買っていたけれど、なんだか今年は別にいいかな、と思って、家の近所のコンビニで大手メーカーのチョコレートを買おうと思った。最近のチョコレートって、コンビニでもちょっといいものが売っていたりする。以前はお酒入りの物なんてなかなか見かけなかったように思うけど、そういうものの種類も増えているし、冬に入ると期間限定のチョコレートはもちろん、季節限定の味だったりがたくさん売られるからなんか今年はそれで充分かな、って。


 電車の中、することも無いのでスマホをいじっていたけれど、そのスマホの充電が厳しくなってきたことに気が付いて、充電しようと手探りで手提げかばんの中を探った。……うわ、最悪。モバイルバッテリー、忘れてるじゃん。

 

 仕方なくスマホをいじるのを止めて、おとなしく窓の外を流れる景色に目を移した。たまに視界に入ってくる人たちが可愛らしいお店のショッパーなんかを持っているのを見て、誰かにあげるんだろうか、それとも自分用なんだろうか、なんて考える。どちらにしても、今抱えているのは紙袋だけじゃなく、相手にあげることを想定したドキドキとした高揚感だろう。


 はぁっ、とため息をついて、電子モニターに目を戻す。ようやく次が降車駅。コンビニ寄って、さっさと帰ろう。


 電車から降りて、ヒトの流れに沿って改札口を出る。その目の前にあるコンビニに入って、目当てのチョコレート菓子を見つけて、今日だけ贅沢してやる!なんて思って、いつもなら1種類しか買わないところを思い切って3種類買ってみる。……、まぁ結局、食べるのは数回に分けることになるんだろうけども。


 目的の商品を手に取ってレジに向かう時、ふいに向けた視線の先にポケットティッシュが売っていた。あまり、チョコレートとティッシュが関連づいた記憶ってないと思うけど、私には遠い昔、そういう記憶があったりして。その記憶が呼び起こされる。


 ……まだまだ幼かった頃。バレンタインと言って母が父に奮発してチョコレートを買ってきて。ついでに、と幼い私にもチョコレートをくれた。それが幼かった私には、あまりに美味しくて。母が言った『今日の分、これでおしまいよ』って渡してくれた分では物足りなくて、隠れてもうあと少し。そう思って食べたら、少し経って鼻に違和感。……鼻水たれちゃう、そう思って慌てて手で拭ったら、見えたのは赤色で。


 『チョコレートの食べすぎは、鼻血が出ちゃうからね』


 嘘かホントか、真偽のほどは定かじゃないけど、母が私に話してくれた都市伝説のような話。この場合、噓から出たまこと、なのか。とにかく本当に鼻血が出ちゃって、母に隠れて追加で食べたことを泣きながら謝った記憶がある。その時の母の苦笑も、いまだに忘れられないけれど。


 「……ティッシュも、買おう……」

 今ではもう笑い話の一つに過ぎない、懐かしくて少しだけ苦い思い出。あれ以来同じことは二度と無かったけれど、チョコレートに関する忘れられない思い出のひとつ。


 大なり小なり増えていく、バレンタインの思い出たち。ここ数年は苦い思い出ばかりだけど、来年は少しでも甘い思い出が増えると良いな。


 そんな淡い期待を胸に、手にはコンビニで買った3種類のチョコレートとポケットティッシュをぶら下げながら、いつもの帰路についたのだった。

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