追憶の本屋さん

れてぃ

追憶の本屋

 ふらっと立ち寄った本屋で私は不思議な出会いをした。

 眼鏡をかけた二十歳そこそこに見える優しそうな男性が店主の古ぼけた小さな本屋だった。


「お姉さん人生諦めるにはまだ少し早いんじゃない」


 私は彼からかけられたこの一言にすごく驚いた。まるで私の心を読まれたのかと思った。

 ついさっき勤めていた会社を突然首にされ、先日彼氏にも浮気をされてヤケになっていたから。その証拠に今日はいつもより度数の高い酒を大量に買い込んでいる。やけ酒をするつもりだった。


「心は読んでないよ。似たようなものではあるけどね。ここは追憶の本屋と言ってここにあるのは世界の全てが現在進行形で加筆されていく本なんだ。今僕が手に取って読んでいるのは君についての本。今君が何を思い、何を感じ何をしているのかその全てがここに載っている。勿論君が彼氏に裏切られ会社もクビになりヤケになっていることもここに書かれている」


 そんなの心を読んでいるのと何も変わらない。そんな話をして何がしたいの。


「僕は特にこれといった目的はないさ。しいて言うなら君にはまだ諦めて欲しくない。とりあえずこの本を読んで欲しい」


 私はしぶしぶ本を受け取って読み始めた。

 

『私は今から二十数年前地方の田舎町で産まれ中学生までそこで育った。一人の優しい幼なじみの男の子がいた。彼はある時家の都合で大きい街へ引っ越して行ってしまったけど彼といる時は毎日がとても楽しかった。』


『私は家族にも恵まれていた。両親は共働きで忙しくしていたけれど休みの日には外に遊びに連れて行ってくれた。私に何かあるといつもすごい心配してくれていた』


 私が忘れていたことや記憶として薄れていたことが当時の感情とともに私の中に一気に流れ込んできた。


 私は決して不幸ではなかった。仕事でも仕事仲間はいい人達ばかりだったし。友達も皆いい人だった。


 今は胸を張って言える。


 私は幸せだった。

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追憶の本屋さん れてぃ @Hihyou

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