第6話 有常、悩みを打ち明けること

 囚人刑は、『放囚人はなちめしうど』ともいって、謹慎刑である。


 月に一度、鎌倉から、ふところ島に役人がやってくる。

 有常が謹慎している一間ひとまに通されると、その顔を見て、同一人物と確認する。

「よいですかな、作事労働のとき以外は、この場所を出てはなりませぬぞ」

 と、念を押す。


 作事労働……土木建設工事の労働は許されているので、有常の顔が、日に焼けていようが、問題はない。


 さて、その夜、お役人は大庭御厨おおばみくりやのゆたかなおかさち、相模湾の新鮮な海の幸……贅を尽くした夕餉ゆうげを前に、おおいに舌鼓したづつみを打つ。

 上級の遊女が、特級の清酒をついで、酌をしてくれる。

 共に眠る。

 ……すでに、骨抜きになっている。





 いつものように有常は『作事労働の一環』……その実は、弓馬の練習……を終え、ひとり倒木に腰かけて、ぼんやり考え事をしていた。


 西行がやってきて、隣に腰をおろし、さりげなく尋ねた。

「悩んでおるのう……」

「いえ……」

 と、有常は口をつぐんだ。


 ひとりで背負わねばならない重荷を、この少年は確かに背負っている……孤独に背負いこんでいる……それが西行には手に取るようにわかった。


「罪人とはいえ、熱心に学問や武芸に励んでいるのは、ゆえあってのことだろう」

 有常は西行のほうをちらりと見て、うなずいた。

「父の汚名を晴らすため、鎌倉の御家人になることが、私の希望なのです」

「ふむ」

「しかし、父の死から、はや五年が経ちました。このごろ迷いが生じております」

 ふっと、有常が、自分でも気づかぬほどの、ちいさなため息をついたのを、西行は聞き逃さなかった。


「迷いとは?」

「戦によって、父はすべてを失い、私も多くのものを失いました。このように弓矢の稽古をして戦の技を磨くことになんの意味があるのか。ふたたび戦の道……多くを失う道へ戻るだけではないのか、と」

「ふむ」


「かといって、今のように罪人のままでは……このままでは一個の賎夫せんぷに身を落とすよりほかありません。父にもご先祖様方にも、申し訳が立ちません。悪意ある人から幕府に、あらぬ密告……讒言ざんげんでもされようものなら、たちまち処刑されてしまうでしょう。おおっぴらに妻も持てず、子も持てず、私には自分の未来ゆくすえが見えない……」


「平太殿はなんと仰っておられる」

「大伯父には、なにも告げておりません」

 と、有常は、遠くに浮かぶ雲の輝きを見つめながら言った。「大伯父はとても素晴らしい人で、私を立派なつわものに育てあげようと、心を尽してくださっているのです。鎌倉からふところ島に移してくださったのも、大伯父の配慮です。心おきなく武芸の鍛錬ができるようにと……。そのような大伯父に、このような弱音とも取られかねぬ言葉はけして口にできませぬ」


 うつむいてかげのさした有常の顔をッと見つめながら、西行は言った。

「大伯父上を信じることだ。そなたが平太殿に接するとき、いつも明るい表情になるのを、わしは知っているよ。つまりは平太殿は、和殿を明るいほうへと導いてくれる方なのだろう。違うかな?」


 手に取るように物事を見抜いている西行の言葉に、有常は非常な驚きを覚えながら、うなずいた。

「そのとおりです」

「ならば平太殿を信じて悩みを打ち明ければ、きっとよいようにしてくださるだろう」

 筋道のとおった西行の一語一語がすんなりと胸に落ちて、言葉を聞くうち、有常の表情もなごやかなものへと変わっていった。

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