競竜!

とらか

第1話 春風に乗って。

風の王国が繁栄の土台としていたスアー大陸。 その中心地である王都ロンティスからまっすぐ東に馬車で3日。 世界地図の中心をほどよくくり抜いたように広がる中央海のはしっこ、スアー大陸側の海岸線に寄り添う形でその巨大な島はある。  

また大陸側の断崖から伸びる大橋が、中央海を飛び越えてその島へと続いていた。


そんな長い大橋の上には馬に荷を積んで商品を運ぶキャラバンや大陸から島へと向かうため、乗り合いの都市間馬車が賑わいを見せている。


「よぉ! そちらさん方はどこからだい?」

「都会も都会! 山岳王都の山の一つフエニ山の頂上都市フエニカーナさ!」

「わたしは北部の霊峰都市から!」

「そりゃ長旅だったなぁ! ま、俺も南部の密林都市から来たからどっこいどっこいだが。 おかげでもうこっちの乗り合いさんとの話題が尽きてた頃合いさ」


馬車側面の布地をたくし上げ、身体を捻りながら馬車の骨組みに肩や膝をかける。 二車線で並走する馬車はお互いに長旅をねぎらい、くつろぎながら道中の話題を肴に酒を呑み交わす。


「おいおいガハハ!」

「ゲラゲラゲラ! そりゃもう一文なしよ」

「あひゃひゃひゃよく生きてたなぁ!」

「そういえばさっきから後ろの馬車……いや竜車か! うるせえなぁ!」


もはや何に対して笑っているのかわからなくなっている彼らの話題もようやく底をついたのか、ずっと気になっていた後方の竜車へと移っていった。


「まったくだ! しかしアレを見るといよいよ大会の雰囲気が感じられるってモンよぉひりつくぜェ」

「いやありゃあ土竜だろ? 競竜に関係ねえだろ、気取ってンじゃねぇよガハハ」


注目を浴びるもの。 

それは12人ほどが乗り込める胴長の客車と四足歩行で翼を持たない土竜(ドラーナ)、これらの組み合わせを竜車と呼ぶものだ。


どちらもそれほど珍しいものではない。 

しかし通常の倍、大きい客車とそれを軽々と引いてみせる土竜の丸太のような手足から響く音の迫力が、彼らの目を引くのも仕方のないことだった。


竜車の前後、骨組みの木造部分には一文字ずつ彫られ、端正に切り分けられた

《カナルカン奇怪森林前経由 モーゼンウィッツ学園島行き》

と書かれた木版がかけられている。


大きく安定した客車を引いていることもあってか、乗り心地は良好。 乗客は満員御礼。 そのほとんどが周囲の馬車の例に漏れず、乗り物ではなく酒に酔いしれて、旅路の話題で会話に花を咲かせていた。


そんな内外の喧騒とは対照的に、竜車の最後方、荷台から足を投げ出してひどく退屈そうな表情をみせる少年がいた。


「アホそうな面だな。 いや、もしかしてバカにしてんの?」

「……ぶるるっ」

「歯茎出すな怖いわ」


くすんだ色の白髪を後頭部で束ね、無造作に右肩へと垂らした少年レックス・カルベルが、竜車の最後方で対面する後ろの馬を睨みつけながら呟く。


喉の奥を鳴らして威嚇していたレックスの卑屈な、馬への八つ当たりを見逃さなかったのは、近くに座っていた女性の娘。


ときおり彼の持ち物である書籍に視線を落としてはレックスのため息とともに散るように逃げていたが、ついに堪えきれずレックスの顔をかたわらから覗き込み、


「ひとりでなにしゃべってるのー?」

「馬に説教してんの」


栗毛のおさげが可愛らしいが、彼女もどことなく大人の会話についていけず、退屈そうな表情を浮かべている。

生粋の優男ならお喋りから発展し、おままごとの一つでも演じてみせるところだが、この男レックスは一味違う。 不味い意味で違う。 


「あいつ多分俺のことバカにしたんだよ。 『おまえ今まで森に引きこもってぼっち生活だったのに急に学校通って友達できると思ってんの? 友達どころか田舎者ってバカにされるのが関の山だろーよウーマウマウマ!』って言ってる……絶対」

「え、なんで? おうまさんはしゃべらないよ」

「……目と歯茎がそう言ってンだよ」


幼女の正論ほど、少年の心にダメージを与えるものはない。

レックスは苦虫どころか、合わせて石も噛み潰したように目尻に涙を溜める。

そんなレックスに遠慮がない幼女は、先ほどまでと打って代わり、まるで暇つぶしのおもちゃを見つけたかのような無邪気な笑顔を見せる。


つまるところ『なんだこいつずっと静かだったけど、案外私が喋りかけたら反応するんじゃーん』ということに本能的に感じ取ったのだろう。


「ねぇねぇ! おにーちゃんはモーセンビッツにかようのー?」

「モーゼンウィッツ学園島な。 うちの薬学……あぁ、と……お薬の師匠に言われて転入することになっちまって」

「おくすりきらーい!」

「お薬もお前のこと嫌いらしいぞ! ハハっ」

「リッタはねー。 お花! きれーなお花がすきなの!」

「………………(クッッソ!!!!)」


レックスもまた暇つぶしと言わんばかりに、幼女リッタの会話にしぶしぶ付き合う。 しかし終始子供特有というべきか、マイペースすぎるリッタの会話に翻弄される。 

真面目に答えようとしたのにスルーされ、

転じてボケたのにこれまたスルーされたレックスの涙はこぼれ落ちる寸前だった。


しかしレックスは由緒ある名門貴族カルベル家の末弟。

一つ目のアーチ状の大橋を抜けて、学園島手前の小島に咲く青紫の花々を指差す。

「そーかそーか花が好きなら、あの花ーー〈クリマ〉も好きか?」

「うん! きれいだから大好きだよ!」

「あれ薬の素だぞ」

「エッーーーーーーーー!?」

「解熱薬に使われる花の一つだぜーーィぐぇうえうえおいよせやめろぉおぅおぅおぅ」


嘘だー! と言わんばかりにレックスの体を右往左往、彼の脳内がシェイクされるが、その知識に偽りはない。


しめた。 とレックスは幼女に対する優位性を見出し、これでもかと道中の花や見慣れた雑草がどんな薬になるのかを説明し続けた。


「とまぁこんな感じで薬の原料に花は結構使われてんの! わかったか?」


それまで「すごいすごい!」「お花をつぶすのはよくないよ!」とかたわらでやかましかったリッタがふと、ひとしきり説明し終えたレックスに問いかける。


「そういえばまじゅーがいないね。 いないのはいいことだけど……」


まじゅーとは魔獣のこと。 通常の獣との相違点は魔力の有無。 また、人々が忘れた魔法を使う獣の総称。 一般人に討伐は困難だが、対魔獣の訓練を受けた騎士ならば討伐可能。


小島とはいえ魔獣でなくとも獣の一匹や二匹出てきても不思議じゃない。 事実一般的な町周辺の森を小一時間歩いていれば魔獣や獣と出くわすなどざらである。

獣道はあれど、その姿は見えない。

加えてそれらを駆除する騎士もいない。


しかし、この世界には栄誉ある騎士よりもっと。


「それなら多分アレがおやつに食っちまうからだろーなぁ」

「……アレ?」


もっと上位の存在がいる。


かつては食物連鎖の頂点。

現在は古の盟約により、人と共存する夢の存在。


レックスは人差し指をどこか、ためらいを持って上に向ける。

客車の屋根ではない。

もっと高く。 それこそ天を指し示す。

それに合わせてリッタも天を仰ぎ見る。


「アレって……」


リッタはこのとき、初めて気がついたのだ。

先ほどからやたら日が陰る。 雲が多いわけでもないのに、たまに周囲が暗くなる時があった。

影の形はぐにゃぐにゃ、わからない。

しかし暗くなるときにかぎって、突風が縦長の客車を突き抜けるのだ。


しばらく見上げていると、その幼なげな双眸を細めてようやく視界にとらえることに成功し、言葉を失う。

それは恐怖からではなく、羨望からくる感無量のもの。


途端にぱぁぁっと、満面の笑顔が溢れる。 

待ってましたと言わんばかりに軽快に跳ねて喜びをあらわにする。


それはリッタのような幼児でさえ知らぬものはいない、この世界のヒーローのような存在。

リッタが生まれた田舎町では公共のアーティファクトでの映像でしか知りえなかった存在。


「学園島の周囲はあいつらの練習場兼狩場だからな。 ……ったく。 こっちの迷惑考えねえで気持ちよさそうに飛ばしくさって」

「おにーちゃんアレってやっぱりホンモノの……?」

「あぁそうだよ。 あれはーー」


かたわらのリッタとは対照的な表情のレックス。


彼は苦手だった。


あの天空を駆ける影も。

影の主が運んでくる、この変化を強制させるような春の生ぬるい風も。


「あれは竜〈ドラゴン〉さ」


気だるく紹介した。

この世界の最高の生物を、あっけらかんと。

興味がないかのように、わざとらしく。











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競竜! とらか @kamonohashi16d2m

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