第3話 俺とキミは許嫁
「あたしとコータは許嫁なんだから、一緒に住むのは当然でしょ?」
さも当たり前のことだと言う風に、やれやれとアイちゃんは肩をすくめた。
「……許嫁?」
許嫁とは、親同士が将来、子どもの結婚を約束することだ。
大昔の日本じゃあるまいし、今時、誰がそんなこと……
まさか、あいつが――
「おじい様がそう決めたの忘れたの?」
「あ、そう言えば……」
子どもの頃、矢菱龍堂(やびしりゅうどう)こと俺の祖父が、そんなこと言ってたっけ……
あの頃は何もわからない子どもだったから、許嫁と聞いても全然気にしていなかった。
俺が小学校に上がる時、アイちゃんは海外の学校に行くことになった。
それ以来、アイちゃんと俺は、一度も会っていなかった。
「もお!忘れてたなんて酷い!」
アイちゃんは俺の胸をポカポカ叩いた。
「ごめん。でも、どうしてわざわざ転校して……?」
「……それはね、コータの近くにいたかったから」
一瞬だけど、アイちゃんの視線が上向いた。
この仕草は、人が嘘をつくときの動きだ。
たぶん、転校してきたのは「俺の近くにいたいから」だけじゃない。
何かもっと、深い事情があるんだな……
……こうやって、俺は人の心理を読もうとしてしまう。
それも、あのクソジジイのせいだ。
「嬉しいよ。アイちゃんと同じ学校に通えて」
「……本当?」
アイちゃんは不安げな目で俺を見た。
「ああ。本当だよ」
「すっごく嬉しい……今日はおいしいもの、たくさん作るね!」
◇◇◇
「コータの部屋……汚いね」
「そうかな?必要な物を必要な時に、取り出せるように配置しているだけで……」
「ただ、めんどくさいだけでしょ?」
「はい。ごめんなさい」
江ノ電の沿線にある駅から、歩いて15分の安アパート。
はっきり入って、ボロボロの1ルーム。
窓から入り込んでくる海風が気持ちよくて、俺は気に入っている。
男の一人暮らしの部屋で、散らかしたままだ。
いきなり女の子が、部屋に来ると思っていなかった。
「わかった!まずコータの嫁として、この汚部屋を掃除するね!」
アイちゃんは髪をかきあげて、髪を結んだ。
「見て見て!このエプロンかわいいでしょ?」
学生鞄からフリルのついたピンクのエプロンを取り出した。
ブレザーの制服の上から、エプロンをつけた。
「どう?コータのかわいい奥さんでしょ?」
「うん。かわいいよ……」
「……なーんか、気持ちがこもってない!」
「ごめんごめん」
アイちゃんは怒り出した。
正直、すげえかわいいと思う。
ただ、あの爺さんが絡んでいるかもしれないと考えると、俺は素直に「かわいい」と言えなかった。
「コータは座って待ってて!掃除してご飯つくるから!」
アイちゃんは俺を無理やり座らせると、すごい勢いで部屋を掃除し始めた。
昔はすごく引っ込み思案な子で、ずっと家から出ない女の子だった。
メガネをかけて、子どもなのに和服を着ていた。
そんな子が、今は巻き髪の茶髪と紫のネイルにミニスカートだ。
めちゃくちゃ変わり過ぎていて、本当に同じ子なのか未だに信じられない。
たしかにアイちゃんと再会できたのは嬉しい。
だけど――
「……アイちゃんは、俺と許嫁でいいの?」
「え?」
ごみをまとめていたアイちゃんが、はっとした顔で振り返った。
「あたしは、ずっとコータことが好きだったよ。あたしのこと、変えてくれたのはコータだもん。怖がっていたあたしを、外に連れ出してくれたから」
アイちゃんは外を怖がって、ずっと自分の部屋に引きこもっていた。
親に外で遊ぶことを禁止されていたからだ。
俺はそんなアイちゃんを勝手に連れ出して、近くの公園で遊んでいた。
その後、親にすげえ怒られたけど、俺は何度も公園に連れ出した。
外で鬼ごっこしたり、かくれんぼしたり……普通の子の遊びをいっぱいやった。
「だから絶対、あたし、変わったの。コータみたいな、明るい元気な子になろうと思って」
「俺より明るくなったよ」
「うん。あたし、頑張ったから」
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