第12話 交渉

 眠りから覚めてから早速行動を開始する。


 すぐにダンジョン二層に〖ワープ〗で飛んでは、いつものように〖フレイムバレット〗で魔物を一掃していく。その生活を七日繰り返した。


 そして本日。ダンジョン一層のとある山場。


 ここは僕が旅商人セリナさんにお願いして十日に一度ここで待ち合わせをしている。その際、僕がいなかったらすぐに離脱するようにも伝えているので、このタイミングを逃すと彼女を探しに周る羽目になる。


「よお~今日も元気そうだな」


「お久しぶりです。セリナさん」


 軽めに挨拶を交わして、周りから見えないよう岩場の影に隠れる。丁度人が三人隠れても十分に隠れるくらい大きい。魔物のいない山場をわざわざ移動する人は少ないから穴場である。


「じゃあ、まずは――――生活魔法〖クリーン〗」


 セリナさんの両手から白色に近い淡い水色の光が僕の全身を包んだ。


「いつもありがとうございます」


「いいのよ。うちの常連客だし、アレンくんはこれから成長株だからね。さすがにあの時の凄まじい匂い・・はしなくなったわね」


「あはは……その節はすいませんでした」


 彼女に初めて会ったのは、ダンジョン一層の山場に隠れていた時、商売をする声が聞こえて覗いたことから始まった。


 旅商人という存在を知って、僕は真っ先に彼女に商売の事を聞こうとしたが、僕の体臭が酷くて会話にならなかった。それを見かねた彼女が一回だけタダにしてあげると生活魔法〖クリーン〗を使ってくれて円満に話せるようになったのは、今だから言える話だ。


「さて、いつもの食糧だね」


 大きな袋を取り出して渡してくれる。渡された袋は持っただけで中身がぎっしり詰まってるのが分かる。


「いつもありがとうございます。ひとまず、これを」


 今度は僕が袋を渡す。袋のサイズは渡されたものと同じだが、中身はそれ程入ってない。早速中身を確認する彼女の目は不思議な光に包まれる。


 これは彼女が持つ旅商人の才能によって使える〖計算眼〗であり、これがあれば持って来た物を瞬時に計算してもらえるのだ。


「いつもより数が増えたわね。また一段と強くなったみたいで嬉しいよ」


「ありがとうございます」


 こうして認めてくれる人がいるのは嬉しいことだ。


「さて、こちらは食料分を除いた額だよ」


 そう言いながら彼女が前に出してくれた銀色に輝く小さな硬貨は、銀貨と呼ばれている貨幣だ。


「こんなにですか!?」


「そうよ。もう前にも伝えているけど、君がもたらしてくれる欠片の量は凄い多いの。秘密を探るつもりはないけど、とても一人で集められてるとは思えないくらいね」


 携帯食は日持ちが長く軽い代わりに、味が薄く値段も少し高い。一食分で銅貨十五枚するので一日二食食べる計算で十日分で銅貨三百枚が必要だ。


 銅貨は百枚で銀貨一枚となるので、単純計算で十日ダンジョンで食いつなぐためには銀貨三枚が必要だ。


 彼女から渡された十日分の携帯食で銀貨三枚分。さらにお釣りとして渡されたのは銀貨二枚である。お釣りに関しては少しずつ増えてきて、今の僕の手元にはなんと銀貨十枚もの大金があったりする。


「セリナさん。一つお願いがあるのですが」


「ふふっ。いいですとも。そろそろアレンくんも商売・・を覚えてもらわないとね」


 ニヤリと笑う彼女は大きなリュックを手繰り寄せる。


「それで、何が必要なんだ?」


「はい。以前聞いた通り、武器が欲しいんです。できれば魔法の杖を」


「魔法の杖ね……残念ながらそんな高価な物は持ち歩かないから、仕入れるだけならできるわ。でも高いわよ?」


 武器を作れる才能を持つ人が作る武器は素材値段よりも、その技術に高い値が付くと言う。それだけ同じ素材を使ったとしても作り手によって能力が天と地ほどの差がある。


「まずこれを」


「ッ!? あ、アレンくん!? まさか一人でロックゴーレムを!?」


「はい」


「大したものだね……怪我はしてないように見えるけど……君、それを繰り返したら早死にするよ?」


「そうですね。今回の戦いで痛感しました。そこで一つ提案があります。この魔石で作った杖があれば、今度はロックゴーレムを簡単に・・・倒せます。セリナさん。僕に先行投資しませんか?」


 セリナさんは目を大きく見開く。今までこういう提案をしたことがなかったから。生きるために必死で食糧さえあればいいと考えていたから。


「もしこの魔石と銀貨十枚で、最高の魔法の杖を作ってくだされば、食糧以外の素材を全てセリナさんに売ります。その中からセリナさんが思う高額分・・・を受け取って貰えたらなと」


「…………」


 彼女は目を瞑って何かを考え始めた。数十秒後、彼女は目を覚まして右手を開いて僕を真っすぐ見つめた。


「五割増し」


「構いません」


「これが何を意味するかなんて分かるよね?」


「もちろんです。ですが、セリナさん。これは僕にとっても利益になるものです。今回ロックゴーレムと戦って思いました。もし僕に魔法の威力を上げる装備品があれば、今よりもずっと効率が上がる。もし買値が五割増えたとしても、収入が数倍増える計算になります。だから僕にとっては得なんです」


「…………はあ、分かったわ。でも私としてもアレンくんがここまで辿る着くと考えて今まで支援してきたのだからね。でも契約は契約よ。従来よりも高い額になる旅商人にさらに五割増しになっても泣き言は言わないでよね」


「はい」


 彼女が前に出した手を握りしめる。これで契約成立だ。


 普通の人なら信頼できないので、ここまで任せることはできない。でも彼女はここまで食糧を売ってくれて信頼に値するし、彼女がいなければ僕はすでに野垂れ死になっている。だからこそ信頼することができる。


 彼女に魔石と銀貨を全て預けた。


「セリナさん。それともう一つお願いがありまして、一番安い・・・・ルーンを数個売って貰えませんか。もちろん、付けで」


「ルーン? 一番安いものか。戦いに役に立たないものならいいわよ。三つくらい持ってるけど」


「ぜひそれを譲ってください」


「ふう~ん? まあ、アレンくんにはこれからも大成してもらわないと困るからね。ああ、そういや言い忘れたけど、大成しても私の恩義を忘れるんじゃないわよ?」


「もちろんですよ。セリナさんは僕にとって一番の恩人ですから」


「よろしい」


 何だかセリナさんがお姉ちゃんに見えてきたのは内緒だ。


 セリナさんが渡してくれた白色のルーンを三つ受け取って、本日の買い物は終了となった。


 体型からは似合わない大きなリュックを背負ってその場を後にする彼女を見守り、僕はもう一度奈落に飛んだ。


 携帯食は一か月は持つため、今の奈落には三十日分の携帯食が用意されている。


 今回新しい十日分を追加して、古い分から食べてを繰り返しているのだ。


 帰って来て早速新しいルーンを試してみる。


 白色は知識の神グリレンスを象徴する色だが、実は白色は黒色に次いでハズレと言われている。


 受け取ったルーンを一つ一つ装着してみると、今の現状を知る事ができた。


 僕が装着できるルーンの数は全部で五つ。通常枠三つと、★枠が二つあることが発覚した。


 そして今回セリナさんから売ってもらえたルーンは【目利きのルーン】【極小経験値獲得のルーン】【短剣使いのルーン】だった。

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