みんな寂しいな。

増田朋美

みんな寂しいな

まだまだ春は遠いなあと思われる寒い日であった。杉ちゃんたちの住んでいる富士市でも朝早くに雪が降ったという情報が流れ出したほど、寒い日であった。

「なかなか来ませんね。」

ジョチさんは、タブレットの画面を見ながらため息をついた。それと同時に布団に座っていた水穂さんが、

「やっぱり、女中さんを募集しても来ないですか?」

と聞いた。

「ええ。一ヶ月前から求人サイトで女中さんを募集しましたが、全く集まりません。」

ジョチさんは困った顔をした。

「いくら家政婦斡旋所で申し込んでも全く返事が来ないので、求人サイトにのせてみましたが、やはりだめでした。」

「そうですか。本当は僕がそういう雑用係をするべきなのでしょうが、申し訳ありません。」

水穂さんは、文字通り、申し訳無さそうに言った。

「いえ、大丈夫ですよ。水穂さんが申し訳ないと言っても埒が明きませんから、それよりどうやったら女中さんを見つけられるかを考えましょう。」

ジョチさんはそう言うが、だいたい女中さんを雇っても、みんな水穂さんの世話があまりに過酷なことで、水穂さんに音をあげてやめてしまうことは、旧知のとおりであった。

「まあいずれしても、斡旋所から来てもらうのは難しいでしょう。それなら、このやり方でずっとやり続けるしかありませんよ。」

確かにそのとおりなのだった。ジョチさんの言う通りでもある。

すると、

「おーい、いいやつを見つけてきたぞ。なんでもムショ上がりで、行くところが無いんだって。それならぜひここで働いて貰えばいいじゃないかと言って、連れてきたんだよ。」

玄関先から杉ちゃんの声が聞こえてきたので、ジョチさんも水穂さんもびっくりした。

「ムショ上がりってことは、、、?」

「刑務所ですかね?」

二人は、顔を見合わせる。

「まあ、とりあえず、入ってもらいましょう。杉ちゃんお入りください。」

ジョチさんがそう言うと、玄関先から、まあいい入れという声が聞こえてきて、杉ちゃんが製鉄所の中に入ってくる音がした。それと同時に、

「すみません。こちらの方が、ここで働けばいいと言うものですから、こさせていただきました。」

と、若い女性の声がした。ということは、杉ちゃんのしていることは、本当のことだったらしい。

「ほら入れ。大丈夫だよ。お前さんがどんな経歴だって、誰も文句言うやつはいないよ。」

杉ちゃんと一緒に、若い女性が、四畳半にやってきた。一見すると、なんだか普通の女性という感じで、刑務所からやってきたようには見えないのであるが。

「えーと彼女の名前は、横山真砂子さん。えーと、昨日まで、静岡刑務所に服役していたんだって。それで、何処にも行くところがなくて、なんだか駅においてあった、掲示板を見て、ボッーとしていたからね。それで訳を聞いたらそういうことだったんで、連れてきたんだよ。」

と、杉ちゃんが事情を説明した。それを聞いて、ジョチさんも、水穂さんも変な顔をした。

「そうですが、まあまずはじめから聞きましょうか。横山さんといいましたね、えーと出身地は何処ですか?」

と、ジョチさんがそう言うと、

「はい。横山真砂子と申します。出身地は、岐阜なんですが、服役してから、静岡で暮らそうかと思っています。」

と、彼女は小さな声で答えた。

「それで、お前さんは、どうして刑務所に入ったんだ?万引きでもしたか?それとも、特殊詐欺の掛け子でもしてた?」

杉ちゃんに聞かれて、彼女は小さな声で、

「ええ、覚醒剤を、販売していました。最初は、高校受験の勉強に耐えられなくて、それで初めて覚醒剤を打って、そこから立ち直れなくて、それで、覚醒剤を売る方に回りました。」

と、答えた。

「そうだけど、お前さんは刑務所に行くまでは、普通に学生だったんだろ?それで何処の学校に通ってたの?」

杉ちゃんがそう言うと、

「藤高校です。」

と答える。

「そうですか。藤高校。それでは、相当レベルの高い高校に行ったんですね。それでは、受験するのだって相当手間がかかったでしょうね。」

ジョチさんが、そう言うと、彼女は小さく頷いた。

「藤高校って言ったら、親が子供以上に自慢したがる高校だからな。」

杉ちゃんの言うとおりでもあった。

「では、聞きますが、こちらでの仕事は、食器を洗ったり、掃除をしたり、庭の草むしりをしたり、あるいはここにいる水穂さんの世話をすることなどをやってもらいます。これらの仕事をやっていただくことができますか?」

ジョチさんがそう言うと、

「やる気だけはあります。あたしはどうせ、この世界で生きていくのは無理なので、どこでも使ってくれるところがあれば何でもします。ぜひ、宜しくおねがいします。」

と、横山真砂子さんは答えた。

「わかりました。横山さん。じゃあ、ここで働いていただけますか。頑張って、働いてください。宜しくおねがいします。」

ジョチさんがそう言うと、

「ありがとうございます。なんでもしますから、ぜひ使ってください。どんなことでもやりますから。」

横山さんは、頭を下げた。

「じゃあ、横山さん、早速ですけど、庭の草むしりをお願いしましょうか。そこの道具箱に、くさかじりがありますから、それで草むしりをしてください。」

と、ジョチさんがそう言うと、

「わかりました。」

と、彼女は、そう言って、道具箱からくさかじりを取り出して、草むしりを始めた。しっかりとした手付きで、丁寧に草むしりをしてくれている。なかなか良く働いてくれそうな女中さんになりそうだった。ただ、犯罪者を間借りさせるわけには行けないということで、彼女は杉ちゃんと一緒に不動産屋に行き、小さなアパートを借りることになった。最近は保証人不要のマンションも結構あるので、こういうときには便利だった。

次の日も、彼女は、しっかりと製鉄所にあらわれて、まずはじめに建物内の掃除をし、草むしりもちゃんとやって、しっかりと働いてくれた。もしかしたら、そういうところは、刑務所で培ったのかもしれない。

「確かによく働いてくれる女性ではあるんだけどさあ。」

杉ちゃんは、彼女が草むしりをしているのを眺めながら、そういった。

「ここでよく働いてくれるのはありがたいんだけど、それだけでは、なんかもったいないねえ。一生懸命働いてくれるんだったら、何処かの斡旋所に家政婦さんとして、登録させてもらったらどうだ?」

そういいかけると、水穂さんが、それはやめておけといった。帰ることのできない彼女に、それは言ってはいけないことだ。

「一生懸命働いてくれてありがとうな。それは、お前さんが犯罪者だというところより、本当はすごい働き者の性だったんだと思う。なんかそこら辺をうまくやっていれば、覚醒剤に取られることもなかったと思う。」

と、杉ちゃんは言った。

「確かに、よく働いてくれますし、何も不平も言わないでしてくれるところは、彼女の一番の長所かもしれないですね。それをなにかに活かすことはできないでしょうかね。」

水穂さんも彼女が草むしりをするのを眺めながら言った。しかし、同時に水穂さんはえらく咳き込んでしまうのだった。それに気がついた真砂子さんは、すぐに草むしりの手を止めて、急いで水穂さんのいるところに駆け寄ってきて、水穂さん大丈夫ですか?と声をかけ、背中を撫でてやるのだった。その手付きは、何処で習ったのか不明だが、きちんとしているところがあった。水穂さんが咳き込んで内容物を吐き出しても、彼女は、それをしっかりとタオルで拭き取った。

「どうもすみません。」

水穂さんがそう言うと、彼女は、にこやかに笑って、いいんですよというだけであった。

「そうだねえ。普通の人だったら、それで済むのかもしれないけどさ。僕達は、なんか、お前さんに頼りっぱなしというのは、なんか照れくさいというか、不思議なもので、申し訳ない気がするんだよね。だからさ、ここで働いてくれるのはありがたいが、なにか、お前さんにも、打ち込んでやれるものを持ってほしいわけ。そういうこと、やってくれないかな。なんか、お前さんの働きぶりを見て、そう思っちゃった。」

杉ちゃんがいきなりそんなことをいい始めた。

「でも私には、そんな資格ありません。そんな好きなことをやってどうのなんて、もうこんな罪をしてしまったんだし。それなのにそんなことをしてしまったら、なんだか本当に申し訳なさすぎですよ。」

水穂さんを布団に寝かせながら、横山真砂子さんは言った。

「いや、そういうことはないと思うよ。今では、そうやって、自分の特技を生かして店出したりしなくても、自分の特技を売ったりすることができる時代だろ。それは、誰でもしてもいいと思う。だったら、お前さんもなにか好きなこととか、やってみたいことは無いの?今は、習い事もオンラインで習えるし、やってみたらどうなのよ?」

杉ちゃんに言われて、真砂子さんは少し考えながら言った。

「そうですね。私、昔からなにか作るのが好きで、つまみ細工とか、そういうものをやってみたいと思っていたんです。子供の頃、少しだけ習わせてもらったことがありました。でも、中学生の時に、受験の妨げになるからってやめちゃったんですけど。でも、あのときはすごく楽しかったし、今でも忘れられない思い出です。」

「そうなんだね。それでは、オンライン講座とかで、やらせてもらえんかな?もし、必要なものがあれば、水穂さんのタブレットとかそういうものを借りてもいいよねえ。」

と、杉ちゃんが言った。真砂子さんは、本当にいいんですか?と、言っているが、

「なんかやれるのは、今しかないような気がする。」

と、杉ちゃんに言われて、決断することにした。今の時代、オンラインで知識のある人に、習い事をすることは非常に簡単なことである。なので、すぐに教室を見つけて、水穂さんに貸してもらったタブレットを使って、仕事の合間に、彼女は、つまみ細工を習い始めた。もちろん、草むしりや、ご飯の支度などもちゃんとやるし、製鉄所の建物の掃除もちゃんとやれる。もともとは、そういう能力が高い女性だなと思われた。何をするにしても、一生懸命やろうとする気持ちは、もっと評価されてもいいのではないかと思った。

「ほら、できました。これ、水穂さんに差し上げます。」

ある日、真砂子さんは、水穂さんに、小さな箱を渡した。

「はあ、これは何でしょう?」

水穂さんがそう言うと、

「はい。いつも、ちり紙を枕元においておくのは、なんか殺風景な感じがしたので、これに入れてください。今日は、バレンタインデー。だから、水穂さんに私が作ったつまみ細工を差し上げます。」

と、真砂子さんはにこやかに言った。小さな花がつまみ細工で施されたかわいい箱。なんだか女性らしい花柄だった。そんなものを水穂さんに差し上げるなんて、女性らしい態度だった。

「ああ、ありがとうございます。それにしても、真砂子さんは上手ですね。手先が器用なのでは無いですか?」

と、水穂さんはにこやかに笑った。

「いいえ、今日は、バレンタインデーですから、水穂さんに私が勝手に差し上げたかっただけです。使っても使わなくても、私が作りたいだけですから。」

真砂子さんは、そういうことを言った。

「他にも、色々作ったよな。箱物ばっかりじゃなくて、ブックカバーや、スマートフォンのケースまで作ってた。お前さんは、意外に作るの上手だよ。なんか、すごい勢いで上達していくような気がする。」

杉ちゃんがそう言うと、真砂子さんはありがとうございますといった。

「なんか、大量に作品作ったけど、なにか店でも出してみたらどうなの?どっかのフリマなんかに相談して見るとかさ。それで、ちょっとした店を出すことくらいできると思うけど。なにかやってみたら?」

いきなり杉ちゃんがそういうことをいい出した。

「いや、まさか、私がそういうことはできないですよ。だって私、前科者ですし。」

真砂子さんはそういうことを言うが、

「そうかも知れないけど、最近は、露天商でなにかやる人もいるし、それくらいならできるんじゃないかな。それで、売上を得られれば、お前さんだって、自信がつくのではないの?前科者だって、なにか、できることはあるんじゃないかと思うし。それはやってもいいと思う。」

と、杉ちゃんが言った。

「そうですね。そういうことであればやってみようかな。」

と、彼女はやっとやる気を出してくれたようだ。それではどんどん話は決まり、数日後にバラ公園で露天商をしてみることになった。バラ公園では、色々な露天商があって、着物を売っている人もいれば、食料品を売っている人もいる。そういうことをする人たちは、なにかワケアリの人もいるし、もしかしたら真砂子さんのような経歴の人もいるかも知れない。

その日、ばら公園に行き、杉ちゃんと真砂子さんは、まず、自由広場の一角にビニールシートを敷いて、そこに、大量のつまみ細工を並べた。そしてあとは、買いに来る人が来るのを待つだけである。数時間待ってみたら、一人二人買い手が現れた。もちろん、売るものは100円とか、200円とか、そういう値段だけだけど、みんなにこやかに買っていってくれるのだった。中には、素敵なつまみ細工ですねと褒めてくれる客もいた。

ところが、公園に日がさし始めて、みんなお帰りする時間になった頃。真砂子さんは売れ残った商品をカバンに詰めて、製鉄所に帰ろうとしていたときだった。

「よう、そこの女!」

と、たい焼き屋を近くでやっていた男が、真砂子さんに言った。

「お前よく、俺の客を取ってくれたな。その責任はどう取ってくれるんかな?」

「責任って、僕達は、ただつまみ細工売っているだけじゃないか。それがどうしたんだよ。」

杉ちゃんがそう言うと、

「でも、新参者は、今までの相手になにか礼をするのも当たり前なんだがねえ。」

と、たい焼き屋は言った。そして、真砂子さんのことを、また見て、

「あ、お前、どっかで見たことあるって思ったが、確か、覚醒剤とか、売りさばいていたやつじゃないか?捕まったとき、顔が報道されていたから覚えてるぞ。お前は、前科者だろう。」

というのである。

「そうかも知れないけど、お前さんだって訳ありだろ?それで、たい焼き屋をやっているだけのことじゃないかよ。それでは、対して変わらんぜ。」

と、杉ちゃんが言った。

「新参者は新参者だ、それに、更生できてないんだったら、ちゃんと、金を払ってもらわないと困る!」

たい焼き屋はそう言いがかりをつけてくるが、

「大丈夫だよ。お前さんはなにか悪いことをしたわけじゃないし。それではとりあえず、製鉄所に帰ってまた、時間のある時こさせてもらおうぜ。」

杉ちゃんは、何も態度を変えずにそう言って、真砂子さんに、店の片付けをさせて、急いで、もう製鉄所に帰るように促した。真砂子さんが、車椅子の男と一緒にいるというのは、たい焼き屋に取って格好の笑いの材料であったという感じで、たい焼き屋は大きく笑った。多分なんだか馬鹿みたいに見えたのだろう。そうやって笑っているのを前に、杉ちゃんたちは、製鉄所に戻ることができた。

「そんなことがあったんですか。そういうことを言われたらたしかに辛いですね。前科者として、顔が知られてしまっているんですからね。」

と、水穂さんが、彼女の話を聞いてそう言うと、

「そうなんです。なんだかたい焼き屋のおじさんが、昔知り合っていたヤクザのように見えて、ホント怖かったです。」

真砂子さんは、小さな声で言った。

「そうですね、覚醒剤の後遺症とか、そういうものは出ませんでしたか?あれが発症してしまうと、本当に可哀想ですからね、あれは、誰にでも止められない。僕達が介入することは絶対できないのですから。」

水穂さんがそういうことを言っているのを聞いて、真砂子さんは、表情が変わった。

「そんな事、言ってくださるんですか?私は、許されないことをした、文字通り前科者なのに。」

「ええ、でも、理由があって、前科者になったわけでは無いのですから、それまで否定してしまったら、お辛いではないでしょうか?」

水穂さんは、そういうことを言った。

「どうして、前科者になってしまったの?なぜ、覚醒剤なんて、売りさばいたの?それは、悲しいでしょ。なにか、ずっと寂しいことがあったの?」

と、杉ちゃんがそう言うと、

「本当は、受験勉強を一生懸命やるのが辛かっただけでは無いのです。学校でも居場所がなくて、学校の先生にこの学校から出てけとか言われるくらい勉強できなかったから、死んでしまうしか無いって思ってしまって、それなら、悪いものであっても、仲間がいるところのほうが、居心地が良いと思ったんです。」

と、真砂子さんは泣きながら言った。

「そうなんだね。これから、新しい仲間を作って、一緒にやり直そうな。皆寂しいんだと思うよ。それは、きっとおんなじだと思うんだよね。だから、頑張ろうな。」

杉ちゃんにそう言われて真砂子さんは、はいと小さな声で言った。

「大丈夫ですよ。これからも一緒に頑張って行きましょうね。」

水穂さんに言われて、真砂子さんは、

「本当にありがとうございます。」

と、繰り返した。

「もしかしたら、本当の友達というのは、今しかできないのかもしれないですね。確かに私は前科者だけど、こういうところにこさせて頂いて、やっと友達を見つけられたのかもしれない。だから、今の時間を大事にしようと思います。」

ようやく夜になった。夜と言っても、今日は、穏やかな夜で、空に星空が瞬いていた。もうすぐ春なんだなということを知らせてくれる空模様だった。

季節が変わるというのは、本当に嬉しいものである。もちろん、時間というものは帰っては来ない。だけど、時間を使って成長するということも、必要だと思う。それが変わっていくということでもあるからだ。

真砂子さんは、涙を流して、もう帰らなくちゃといった。

「明日また来てね。」

と、杉ちゃんが言うと、真砂子さんは、ハイと言った。


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みんな寂しいな。 増田朋美 @masubuchi4996

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