第51話 嘘と本当の切り替え

 田中のいじめを止めた次の日からさっそく俺に対する嫌がらせが始まった。人に無視されるのは当たり前。教室に居てもあからさまに物を投げられたり、机を蹴られたりする。


「マジか…」


 机に教科書を置いて帰ろうものなら次の日にはそれがゴミ箱にinしている。部活で使う練習用のシューズを隠されたときはさすがに引いた。シューズはロッカーに置いてあったため、俺のロッカーを漁ったという事になる。


「さすがにロッカー漁るのは辞めてくんないかな」


「は?俺が漁った証拠でもあんのかよ」


「嘘つくなよ」


「ダッセ~」


 今日も仲良く三人で登校してきた彼らに一言言うが相手にされない。それどころか一つ忘れていたことがあった。


 俺と三人組は同じ掃除場所を担当する班だった。こいつら掃除に来なさ過ぎて完全に忘れていた。そのせいで誰にも見つからない場所で放課後こいつらと会うことになってしまった。


「しゃっ…押さえろ」


「押さえなくても動かないよ」


「うらっ!」


 左頬に鈍い痛みがやってくる。かなりの力だ。他人に本気で殴られるのは初めてだが、何といえばいいのだろうか…痛みが骨に響く感触がある。


「おいおい、いきなり顔かよwww。せめてバレない所にしろよww」


「やっべぇ~ww」


 俺を抑えている二人は笑いながら面白がるように笑い声をあげている。


「おらっ」


 今度はみぞおちのあたりに蹴りがきた。助走も付けていない軽い蹴りだが、当たり所が悪い。横隔膜が刺激されて肺の空気が外に出る。


「ゴホッ」


「お!効いてるww効いてるw」


 他人が傷ついていく様子を見て、何が面白いのか分からない。おそらく格闘技の試合を見るような感覚なのだろう。


「陰キャがイキるからこうなんだよ」


「こいつwマジ弱ぇ」


「もう良い?部活行きたいんだけど」


 いくら殴られようと蹴られようと一呼吸置けば大体の痛みは消えている。傷もつかないので本当にこいつらは何の意味もないことをしているのだが、こいつら自身は楽しそうにしている。


「チッ…舐めた口きいてんじゃねえぞ」


「別に舐めてな…」


「おらっ」


 俺が言い終わる前に拳が飛んでくる。さっきよりも勢いがある、それを頬で受ける。拳がヒットした瞬間、軽く口内を切ってしまったのかサビ臭い液体が口に広がるのが分かった。


「はぁ…はぁ…」


「プッ…もう終わり?」


「テメェ…」


 口の中に溜まった血を唾液と共にそこらへんに吐き捨てる。血が出ているというあからさまな状況に少しビビったのか少し顔が引きつっている。


「…ていうか、そろそろ映画の時間じゃね」


「あっ…そうだ」


 俺を掴んで羽交い絞めにしていた奴が思い出したかのように俺の体を離す。こいつら映画に行く前に人をボコっているのかと呆れて言葉も出てこない。


「早く行こうぜ」


「あぁ」


「次、舐めたこんなんじゃ済まさねえからな」


「おいおい…ビビッて不登校になっちゃうってww」


「それなww」


「……」


 くそどうでもいい会話をしながら三人組はどっかに行ってしまった。俺はいつもの掃除場所に一人でポツンと立っている。


「はぁ…下らねぇ…」


 近くにある荷物の傍に座って一息つく。あいつらに暴力を振るわれるのは別にどうでもいい。それよりも同じクラスのほとんどの奴らに無視される方がきつく感じる。


「まぁ…しょうがないか…」


「何がしょうがないの?」


「…えっ?」


 隣から高い声が聞こえて来た。ここは一般の生徒ならほとんど来ないはずなのに、誰かが隣に座って来た。


「あっ…中里さん」


 隣に座って来たのは白い髪をきれいに切りそろえた美少女だった。急に現れた彼女に対してうまく言葉が出てこない。


「…えっと、なんでここに…?」


「藤原君…いつも一人で掃除してるでしょ?」


「まぁ…そうですね」


 どのような会話をすればいいか分からないため、簡単に返事をする。何故かは分からないが無意識に敬語になってしまう。


「あと…いじめられてるでしょ。あいつらに」


「…まぁ…そう…ですね」


 何故か彼女はあいつらと俺の関係を知っているようだった。しかし、そこまで不思議には思わない。クラスの中心にいるような人物の耳にはクラスのいろんな情報が届くのだろう。


「大丈夫?あいつら結構やばいでしょ。前に他の中学の人と喧嘩してたって聞くし」


「そうなんすか…」


「そう……あれ?口元…怪我してるよ」


「あ~別に平気なんで大丈夫ですよ」


 唇のあたりに血でもついていたのか中里さんは顔を少しだけこちらに向けて覗き込んでくるような姿勢になる。さっき、口の中を切ったがもう既にふさがっているため本当に何ともないのだが、中里さんは心配してくれている。


「あっ…本当に大丈夫です」


「そう?なら良いけど…」


「お…おれ、もう帰るんで…」


 その場からサッと立ち上がって中里さんから距離を取るように走ろうとする。


「あっ…待って」


「…な…なんですか?」


 背中側から中里さんの呼び声がかかる。無視するわけにもいかずゆっくりと振り向く。


「これ、鞄…忘れてるよ」


「あ…ありがとうございます」


 中里さんは俺の鞄を片手で持ってこちらに渡してきた。それを奪うようにして受け取り足早にその場から離れようとする。


「じゃあね…また明日」


「……さ、さようなら」


 誰かと別れの挨拶をするなんてほとんどなかったので少し挙動不審な形になってしまったが、何とか声を出すことが出来た。




「…ちょっと、良い匂いしたな…」


 中里さんが居たところから十分離れた位置まで走り、周囲に誰もいないことを確認してから独り言をつぶやく。





 白い髪の少女は黒髪の少年の背中が見えなくなったのを確認して、そのまま周囲に誰も居ないことを確認する。


「ふぅ~…」


 今までの演技の疲れを吐き出すかのように溜息を深くつく。下の方を向いて、自分の手で持っている物を見る。さっき、鞄から抜き取ったノートには名前が書いてある。


(藤原 真)


 この名前を見るまであのモブBの名前すら知らなかったが、何とか優しくて魅力的な女子生徒を演じ切ることが出来た。


「変なとこは無い。傷も無かった。でも…」


 あの日、見た光景は確かに現実だ。あのモブ男は確かに屋上から転落して地面に激突して動かなくなっていたはずだ。


「まぁ…いいや」


 そういって持っていたノートを一番近くにあった学校のごみが集められているゴミ捨て場に投げ入れる。


「……やっぱ、しんどいな演技するの…」

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