第43話 白いのに紅い

 アイスを持って二階に上がっていく。妹と月は正直、相性が限りなく悪いと思っている。初めて会った時も、さっきも何故か妹は月に対して良い印象を持っていない。


「どうなってるかな?」


 ゆっくりと二階の廊下を進み、部屋の前に立つ。特に大きい物音はしてこない。何やら話し声は聞こえるが、大声を出して喧嘩などをしているわけではないらしい。


「なぁ…アイス食べ……る?」



「ちょっと…やめてください」


「えぇ?なんで?」


 部屋に入った時に目を疑った。何故か月は後ろから妹に抱き着いていた。妹は嫌そうに引き剝がそうとしているが、血を吸った後の月はしばらく力が増すので当然普通の人間では引き剥がせない。


「あっ…お兄、助けて。この人……ちょっ…耳噛まないで」


「かわいいね」


「きゃっ……やめてぇ…」


 妹は泣きそうな目で助けを求めてくる。俺も事態が理解できずに少し立ち止まってしまっていたが、さすがに止めに入る。


「おい…人の妹を襲うな。ほら、アイスやるから」


「えぇ…どうしよ……あっ」


「はぁ…はぁ…やっと抜け出せた…」


 アイスに一瞬、意識を奪われ力が緩んだ隙に千紗は月の拘束を解いて抜け出した。


「お兄!何なのこの人?いきなり抱き着いてきたと思ったらいきなり耳まで…」


「あぁ~ごめん。俺も良く分かんない」


「なっ……もういい」


「あっ…千紗、アイスいる?」


「……いる」


 アイスを俺の手から強奪するかのように勢いよく奪い取って部屋の外に出ていく。そのままドタドタと足音をならして廊下に出て行ってしまった。


「そんなに嫌だったかな?」


「そりゃ嫌だろ。お前みたいな奴に抱き着かれたら」


「ひどい」


 自業自得だろ。こことの中で呟きながら机の上の電子辞書を手に取る。そして椅子に座りながらその電子辞書をドアのほうに向ける。


「何やってるの?」


「まぁ…見てろ」


 そういった瞬間、ドタドタと足音が廊下からなった。勢いよくドアを開けて来たのはさっき出ていった妹だ。


「お兄…電子…」


「はい」


「…ふんっ」


 さっきと同じように俺の手から電子辞書を奪い取っていった。同じようにドタドタと廊下を進んでいく音が聞こえる。


「あっ…スプーン」


 千紗に渡したハーゲ〇ダッ〇はカップのアイスなのでスプーンが無いと食べることが出来ない。一応木製のスプーンは持って来たのでもう一度部屋に来れば渡せるが…


「お兄…スプー…」


「はい」


「……ふんっ」


 面白いくらい予想通りの行動をするので少し笑いかけてしまいそうになる。


「可愛いね、千紗ちゃん」


「お前…なんで人の妹、襲ってんだよ」


「えぇ…だって~真が構ってくれないんだもん」


「何それ?」


 変な言い訳をするので、反射的に首をかしげてしまう。スマホを取り出してなんとなくスマホの画面を見ながら会話を続ける。


「私、こんなに誘っているのに全然手を出してくれないし…せっかくこんなに薄着を着て来たのに…」


「え?」


「私…あんまり薄着を着ないんだよ。太陽の光に弱くて肌がヒリヒリするから…」


 いきなり真面目なトーンで話し始めたため月の顔を見る。そういえばさっき、抱き着かれた時、首筋がうっすら赤くなっていたような気もする。


「え…でも…慣れたって…前に…」


「君の前だから強がるに決まってるじゃん」


「うぅ…そう?」


 わずかに怒気をはらんだ声のような気がする。いつも自分のことを好きと言ってくれている反面、怒ると少し怖い。


「なんか…ごめん…」


「……」


「気が回らなくて」


「……なんか…」


「ん?」


「なんか人肌が恋しい気分だな~(棒)。誰か抱き締めてくれる人居ないかな~(棒)」


 あからさまに棒読みでこちらをチラチラ見てくる。やれ、とでも言わんばかりの雰囲気だ。


「……はいはい、やれば良いんでしょ。やれば…」


 さっき座ったばかりの椅子から立ち上がり。月の方に向かって行く。月は妹を抱きしめていた時と同じように俺のベッドから動いていない。


「これで良い?」


 月を正面から抱きしめる。月の顔は下を向いているため見えないがどんな反応をするのか分からない。


「もっと…強く…」


「えぇ?」


 ただ近づいてくっついているだけの状態から少し力を込める。俺も月も制服に比べると薄着なので以前抱き合った時より心臓の鼓動が近く感じる。


「ドキドキしてる?」


「う~ん…まぁ、そりゃ…」


「こんなことしてくれるの…私だけでしょ?」


「……そうだね」


 確かに他の女子はいきなりこんなことはしないだろう。月の肩のあたりに顔を置いていると、自然と彼女の服のにおいが香ってくる。見慣れているはずの白い肌は近くで見ると本当に人間かどうか疑ってしまう。いや…半分吸血鬼らしいが…


「ん…」


 月は俺の首筋に頭を当ててくる。おそらく鼻と口が首に当たっているが、いつものようにいきなり噛みついたりはしてこない。ただ呼吸をしているだけだ。


「たまには…」


「ん?」


「たまには…真が吸ってもいいよ」


 そういって月は俺から離れてベッドに倒れこむ。月はそのまま顔を俺から見て左に向ける。俺の方に首から鎖骨かけてすべてを晒すように。


「……」


 月の言葉にはどこを吸っていいのかは含まれていなかった。しかし、今までの流れである程度推測は出来る。


「……早く」


「…うん」


 頭の中を整理するために数秒動けないでいると、月が普段よりも小さな声で催促してきた。その言葉に辛うじて返事をして、ベッドに倒れこんでいる月に近づいていく。


「…本当に良いの?」


「……うん」


 少しだけ間をおいて月は返事をする。やはり普段よりも声が小さい。今更緊張しているのか?


 いつも月にやられていることをそのままそっくり本人に返すだけだ。そうやって激しくなる鼓動を静めていく。


「いくよ?」


「……」


 返事は無い。以前にも一度だけ月の首に噛みついた…いや、嚙みつかされたことがあった。


「ん…ん」


 首に口を付けただけで月は変な声を上げた。まだ噛んでもいないのに…


「あっ…ん」


 少しずつ顎に力を入れて、月の柔らかそうな白い肌に犬歯をめり込ませていく。人間の犬歯は本来、他の動物に噛みつくように鋭く出来ているわけではない。八重歯などはあるが、ほとんどの人間は吸血鬼ほど鋭くはないだろう。


「ん…」


「もっと、強くしないと刺さらないよ」


 耳元で月の指摘が飛んでくる。確かに俺の歯は肌に多少、跡を付けるだけで深くは刺さらない。加減が分からないためとりあえず一気に力を入れる。


「あん」


 月の肌からジワリと血が滲んでくる。最初は多少、滲む程度だったが徐々に血が溢れてくる。ベッドに零さないようにそれを口で吸っていく。





そのくらい時間が経ったのだろうか?月の首元から血が出てこなくなるまで俺は自分でつけた傷に口を当てて、血を吸っていた。もう大丈夫だろうと思い、口を離す。


「……痛い?」


「……」


「月?」


「…ねぇ、このまま?」


「はぁ?」


 さっきまでだんまりだった月がいきなり耳元で囁いてきたのでびっくりして上体を起こす。


「…!」


 血を吸っている間は当然月の顔など見えなかったが、上体を起こすと月の顔が見えた。


 月の顔は赤く紅潮していた。普段は他人より白い顔が赤くなっているため、いつもより人間味が増して見える。白いのに紅かった。


 

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