第30話 危ないですよ。千紗ちゃん

「では、皆さん気を付けて帰ってください」


 そういって担任は教室を出ていった。教室はガヤガヤと賑わい始める。みんなお友達と話したくて仕方ないらしい。


「おしゃ~部活頑張るか~」


「今日コーチ来るらしいよ」


「ダル~」


 野球部の坊主頭たちは部活の用具を持って廊下に出ていった。徐々に生徒たちが教室から減っていく。


「ねぇ…湊~今日一緒に帰らない?」


「ん?良いよ」


「やった~じゃあ、部活終わったら駐輪場で待ってるから」


「OK、了解」


 体育の授業も地獄の空気にしていた水川は御執心な上原君に私との会話からでは想像できないくらいの甘めの声で話しかけている。


 人間あそこまで態度と声を変えられるのか。こわっ…二重人格かよ。


「私も行こ」


 最低限の荷物だけを鞄の中に詰めて、残りは机の中に置きっぱなしにする。重い荷物を持ってわざわざ登下校する必要は無いと思うが、先生たちは置き勉禁止とか言いている。


 「……」


 水川は教室を出るまでこちらの事をしっかり横目で睨んできていた。愛しの上原君の前だからか特に言葉を発していなかったが、ここまでしつこいとイラついてくる。


「まぁ…いいや」


 なんだか深く考えれば考えるほど、馬鹿らしく思えてきてしまう。考えるのをやめて部活に向かう足を速める。


「あっ…千紗じゃん」


「ん?…椎名、うぐっ」


 同じ部活に所属している椎名しいな あかねは後ろから割と大きな声で私を呼び、背中に抱き着いてきた。


「ちょっと…重いよ」


「ひどい…わたし、気にしてるのに」


「ごめんごめん」


「良いよ。千紗だから許してあげる」


「ありがとさん」


 椎名は一年の時に同じクラスになり、同じ部活にも所属している。明るくて人当たりも良いため、一年の時もたくさんの友達がいる。私の知り合いもほとんど椎名が紹介してくれた人がほとんどだ。


「部室行くでしょ?」


「うん」


 椎名と一緒にグラウンドの隅の方にある部室へと向かう。


「千紗ちゃんさ~最近上原君と仲良いんだって?」


「何それ。誰が言ってたの?」


 誰が言ったかは知らないが、よくもまぁそんなふざけたことを言えるな。椎名が知っているということはどうせクラスの誰かが椎名に言ったのだろう。


優愛ゆあちゃんが言ってた」


 誰だよ。苗字ならともかく、同じクラス全員の名前はさすがに覚えていない。


「仲良くないよ。あっちが一方的に話しかけてきてるだけ」


「へぇ~…もしかして好きなんじゃない?」


「なわけ」


 そんな可能性を信じたくもない。相手は誰にでも優しい陽キャなのだから自分にだけ話しかけてきているわけではない。それなのに嫌がらせしてきやがってあのアマ…


「そうだよね…相手は学年でも屈指のイケメンで運動もできる陽キャだもんね」


「そう…」


「いかにも千紗ちゃんがタイプだもんね」


「…うん」


 そんなことを言っているうちに部室についてしまった。扉は二つあり、その上には陸上部と書かれている。男子部室と女子部室に別れていて赤色マークがある方の扉を開けて電気をつける。中には先輩が一人いた。


「先輩、こんにちわ」


「お疲れ様です」


「あぁ…こんにちわ、二人とも」


 先輩はすでに着替え終わりロッカーを整理しいている。


「私たちも早く着替えよう」


「うん」


 荷物を自分のロッカーに置いて、着替える準備をする。


 ヘアゴムをポケットから取り出して頭の後ろで髪の毛を束ねていく。横ではもう既に椎名が上のブラウスを脱いでシャツのボタンを外している。


「そういえば…藤原さん」


「はい?」


 先輩が後ろから話しかけてきた。すでに着替え終わって外に行こうと扉と部室の間にかかっているカーテンに手をかけている。


「その…あの…お兄さんは元気?」


「えぇ…普通に元気ですよ」


「そ…それならよかった。お兄さんによろしく言っておいて」


「…はい」


 先輩の顔は最後の方、赤くなっていたような気がする。あの先輩は去年までは要注意人物だったが、お兄が卒業したので警戒していなかった。やはり警戒しておくべきか。


「ねぇ…やっぱり心晴こはる先輩って藤原先輩のこと好きだったよね」


「多分ね。でも、おに…兄さんはそんなに気にしてないと思うよ」


「うへ~、先輩かわいそう。なんか手伝ってあげなよ」


「嫌だよ。他人の恋愛に首突っ込みたくない」


「薄情だね~」


 全然そんなこと思っていないような声で椎名は馬鹿にしてくる。椎名の言うことを無視して着替えを続ける。


「うほ~…相変わらずエロい体してんね」


「…キモッ」


「へへへ…だって~」


「だってじゃない」


 椎名は一年生のときからこんな感じだ。人の体をエロいだの何だのといじってくる。


「いや~、褐色に焼けた肌と健康的な胸…そして何よりエロい太もも」


「はぁ…健康的ってバカにしてる?」


「いやいや、馬鹿にしてるわけじゃなくて。まぁ…わたしに比べたら小さいけど……イっ!?」


 ふざけたこと言っているので軽く中指でのデコピンを椎名のおでこにかましてやった。


「そんなに痛くないでしょ。加減したんだから」


「千紗ちゃん、力強いんだから全然加減になってないよ」


「うるさいな~」


「そんなに怒らないでよ。そんなこと言ってるとまた太もも太くなっちゃうぞ」


「それ以上言うなら怒るよ」


「ごめんごめん」


 椎名は軽く言っているが、自分では意外と気にしている。周りの女子でここまで太ももが太い女子はいないので、足を晒す服とかはなるべく着ないようにしている。


 去年まで付き合っていたお兄の彼女、肌も髪も白くて全体的に細い体つきをしている女の人だった。お兄の好みなんて聞いたことはないが、たぶんあのような足とかも細い体の女の子が好きなのだろう。そのため、自分の体を見るたびに気分が沈む。


「よし…終わり」


 私は先に着替え終わり、バタンッとロッカーの扉を閉めた。隣の椎名を見るが、椎名は学校指定のTシャツを着ると胸の部分が強調し始める。


 椎名は背が低いわりに…その…胸が大きいため、身長に合わせると胸の部分がきつくなり、胸の大きさに合わせると全体的にブカブカしていしまうため陸上に適していない。そのため…


「それ…苦しくないの?」


「うん?ちょっと苦しいけど走る時、邪魔になっちゃうからね」


 椎名は部活の時は胸を押さえつけるよな下着を付ける。そのためたまに少し呼吸がしずらそうに見える。


「先行ってるよ」


「うん」


 私はカーテンをくぐって部室の扉を開けて外に出る。





「はぁ…やっぱエロイな~千紗ちゃんは…」


 一人残った部室で椎名 茜は呟いた。相変わらず、クールであまり表情の変わらないあの顔にあんなエロいボディが付いているんだ。そのギャップで変な妄想を捗らせている男子は絶対に何人かいるだろう。そんなことを思っている自分も妄想をする者の一員なのだが。


「へへへ……わたしが男だったら無理やり襲っちゃうかも、いやいやダメダメ」


 頭を振って邪な考えを頭から吹き飛ばす。こうやって胸を締め付けていないと練習中に変な考えが捗って集中できなくなってしまう。


「ゴクリ」


 ガチャッという音を立てながら隣のロッカーを開ける。慎重になるべく音を立てないように、誰かが入ってきてもすぐに閉められるように手を動かす。


 中にはまだ脱いだばかりの下着やシャツ、ブラウスがきれいに畳まれて置いてある。ロッカーに頭を突っ込んで、その畳まれたものに顔を押し付ける。


「ふぅ~すぅ~」


 まだ人肌のぬくもりが残った服のにおいを嗅ぐ。隣に立つ程度では嗅ぐことが出来ないくらいの濃い千紗ちゃんのにおいが鼻を通って脳に直接伝わってくる。


「あぁ~幸せ…」


 

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