第20話 友達と元カノですが何か?

「ねぇ…こっちに座りなよ」


「はぁ?真君はこっちに座るでしょ?」


 立ち話するには場所が悪いので近くのファミレスに入って話をすることになった。通されたのは向かい合う形のファミレス席で、俺以外の二人は無言で反対同士の席に座り自分の隣に座るよう促してくる。とりあえずドリンクバーのみ注文した。


「えっと……じゃあ…」


「はぁ?」


「やっぱり~」


 仕方なく美香側の席に座る。しかし、二人とはなるべく距離を取って通路側に寄りながら二人を見る。


 美香は微かに微笑んでいるように見えるが、月の方は完全にこちらを睨んできている。


「失礼します。こちらお冷になります」


 空気ならもう既に冷えてます。


「あっ…ありが…」


「ありがとうございます」


「そこに置いておいてください」


 俺が女性店員からお冷を受け取ろうとするとそれを遮るように二人が店員に受け答える。二人はお互いに睨み合ったままだったが、俺を他の女と関わらせないことに関しては考えが一致しているようだ。


「ごゆっくりどうぞ」


 今すぐ帰りたいです。ごゆっくりなんてしたくないです。助けてください。


 心の中で叫んでも誰の耳にも届かない。


「……」


 二人は店員が去ると再び真顔に戻り、黙ってしまった。なぜかの店内のこの席だけ異質な空気が流れている。



「えっと…こちらは血原 月…同じ高校の友達…」


「……」


 黙ったままの両者にお互いの事を紹介し始める。


「で…こちらが中学の同級生の中里 美香…」


「……」


 何も反応してもらえない。お互いに睨み合ったままだ。


 別に浮気をしているという訳ではないのに、なぜか二股をしている気分になる。浮気現場ってこんな感じなのかな?


「あの……あなた真とはどういう関係なんですか?」


 先に口を開いたのは月の方だった。言葉を話すたびに口が開き、鋭い牙が見え隠れする。月が吸血鬼なのは知っているが、いつもあんなに鋭かったっけ?


「……ただの元カノですが何か?…あなたこそどちら様ですか?」


「私は…真の…友達です。」


「?」


 一瞬、美香は怪訝な顔をしたがすぐに真顔に戻り話を続ける。


「休日にお友達が何の用ですか?同じ高校なら明日でも別にいいですよね?もしかしてストーカーとかですか?」


「いえ…偶然会っただけです。私以外の女の人と仲良くしているのが珍しくて…つい、声をかけちゃったんです」


「へぇ~…つまり、学校ではあなたと仲良くしていると…」


「はい♡…それはもちろん」


「…おい」


 もちろん本筋は嘘だが、全部が嘘という訳ではない。上手い嘘のつき方をされる。


「落ち着けって…嘘だから…そいつの言ってること」


「え?…同じベッドで寝たのも嘘?」


「あ゛?」


 美香はこちらを睨んでくる…あ…これダメな顔だ…


 決して浮気とかではない。俺と美香は中学三年の時に別れていて、お互いにそれは了承している。美香はなぜか付き合っていた頃と変わらずに接してくるため分かりずらい。


「それは…お前が勝手に侵入してきただけだろ」


「え~そうだっけ?」


 くそ…とぼけてやがる。


「わ…私だって一緒に寝たことくらい……あるもん…」


 張り合うように美香が小さな声でつぶやく。美香にしては圧が弱いと思うが、今はそういうことじゃない。


「でも…元カノってことはもう付き合ってないんですよね」


「うぐっ……だから何?」


「正直に言うと私、真の事が好きなんです。なので行く行くは付き合いたいと思ってるんですけど……安心しました。見かけた時もしかして彼女なのかなと思って…」


「なっ…」


 美香は言葉に詰まった。いきなりこんなことを言われたら誰だって一瞬困惑する。 


「一回告白したんですけど…断られちゃって…」


「へぇ~」


 今日の美香は表情が目まぐるしく変化していく。さっきまで焦りと困惑の表情だったのが今度はチラチラとこちらを見てくる。


「お二人はもうキスとかしたことあるんですか?」


「あるに決まってるでしょ」


「はぁ~じゃあ…私とのキスはファーストキスじゃなかったんですね」


「…あ゛?…どういうこと?」


 出ました。本日、二回目です。思いっきり睨まれている。こめかみに血管が浮き出てくるくらい怒っている。


「いや…キスなんて…」


 否、あの日…部屋に入ってきた日…たしか舌を噛まれた日、微かに唇が触れていたかもしれない。それ以前に寝ている間にされていてもおかしくはない。


「…どうしたの?否定しないんだ…」


「いや…その…された…かも」


 くそ…はっきりと否定することができねぇ。


「はぁ~~」


 大きく美香が溜息をつく。


「……飲み物持ってくる」


 その場の空気に耐えられず、立ち上がる。


「私…お茶で~」


 月はこの状況を楽しんでいるかのように口角を上げて微笑んでいる。


「美香は?」


「…いつもの」


 怒っているのか拗ねているのか分からないが、ポツンとつぶやくように言ってきた。


「了解」


 席から離れてドリンクバーの方に向かって行く。


 休日の昼過ぎのためか店内には多くの人がいる。家族連れや中高生と思われる人でにぎわっていた。


 ドリンクバーの前にも多くの人がいるため少し後ろで空くのを待つ。前に居た親子がドリンクをいれ終わり自分たちの席に戻っていく。


 俺はグラスを棚から三つ取ってから氷を入れてドリンクを注いでいく。美香の言ういつもとは大体オレンジジュースの事だ。お茶とオレンジジュースを入れ終わる。少し悩んだが、残ったグラスに炭酸飲料を入れて席に戻る。




「これが…これが本を読んでいる時の真で…サッカーをしている時の真…」


「は?」


 月は美香に向かって自分のスマホの画面を見せつけている。その画面にはなぜか俺が写っている。おそらく体育の授業の時の写真だろう。


「おま…それ…盗撮…」


「……っ…欲しい」


「欲しいならどうするべきか、分かってますよね?」


「くっ…しかないわね」


 美香はおもむろにスマホを取り出し、何やら操作をし始めた。そしてスマホを月の方に向けた。


「これは…」


「まさか…」


 美香のスマホの画面を見るために月の方の席に回り込んでみてみると、そこには俺の写真が写っていた。これは…中学の時の…何の写真だ?


「おま…これ…盗撮…」


「これ…中学の時の真君の写真、これと交換でどう?」


 思い出した。中学校の文化祭の時にクラスでダンスを踊ることになった時に練習していた時の姿だと思う。ダンスが全くできるようにならないため隠れて練習していたはずなのになぜか写真に自分が写っている。


「う~ん…ちょっと足りないですね…」


「じゃ…じゃあ…これなら…」


 そういって画面をスワイプして新しい写真を見せた。画面にはやはり俺が写っている。写真の中の俺は目を瞑っている。寝顔?


「ふふ……良いでしょう」


「ふん…あなたとは気が合いそうね」


 他人の盗撮写真を勝手に取引に使われているのは複雑だが、二人が何とか争わずに済むなら仕方なく許容する。


「えぇ…でも、好きな人を譲ることは出来ません」


 いつの間にかライバルのような会話をしている。心なしか美香は嬉しそうに微笑んでいる。俺以外の前で何も取り繕っていない素の美香を見るのは珍しい。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る