第8話 死ねない俺の二つの選択肢

「ただいま…」


「お帰り…今日も遅かったね」


 リビングには母が一人、風呂場から音がするので妹は風呂に入っているのだろう。


「病院に行ってた」


「あぁ…中里さんの娘さんの…」


 母は事情を知っているため病院に行ってきたというだけで伝わってくれた。病院を出たのは面会終了時間ギリギリだったので、すでに7時半ほどになっていた。


「もう夕食出来てるよ」


「ああ」


 荷物を自室に置くために階段を上り、荷物を置いた後すぐに一階に降りると妹がいた。風呂上がりのようで薄着で髪もまだ濡れている。


「あれ…お兄、帰ってたんだ…」


 だいぶ久しぶりにお兄と呼ばれたと思う。ここ最近は名前すら呼んでくれず、会話もなかったので新鮮だ。


「どこ行ってたの?」


「病院」


「病院?……ああ、まだあの女に会ってるの?」


「女とか言うなよ……」


 制服の上着を脱ぎながら、会話する。向こうも何か探しているのか、リビングの棚をゴソゴソと漁っている。


「…ごめん、でもいい加減会うのやめたら?もう別れたんでしょ」


「………お前には関係ないだろ」


「…っ!?」


 妹は声こそ出さなかったが反論されたことに怒ったのか、無言で脱衣所に行ってしまった。すぐ後にドライヤーの音が鳴り始める。


「こりゃ、またしばらく口きいてくんないかな…」


 この前もほんの些細な喧嘩のせいでしばらく妹との会話がなくなってしまった。今回もしばらくはそういう状態になってしまうだろう。


「まぁいいか…」


「真、これテーブルに持って行って」


「は~い」


 母に台所から呼びかけられる。今日の夕食はカレーライスのようで、カレーが盛られた皿が4つ置いてある。カレーのスパイスの香りが匂ってくる。


「あっ…千紗。夕食、出来たよ」


「うん、すぐ食べる」


 髪を乾かし終わり、二階に向かおうとする妹を母が呼び止める。妹は一言だけ言って二階に行ってしまった。






「はぁ~」


 目の前のベッドに倒れこむ。風呂上がりのせいか体温が高くなっている。顔も赤くなっているだろう。それは風呂のせいもあるが、それだけではない。


「はぁ~お兄ちゃん……ちょっとイラついた顔もかっこいいな~」


 最近は兄の顔を直視出来ていない。兄の顔を見ていると自然と顔がにやけてしまって仕方がない。今日は頑張って会話まで出来たが、どうにかしてもっと仲良くなりたい。


「……あの女さえいなければ今頃もっとお兄ちゃんとイチャイチャ出来てたのに…」


 兄の中学時代を思い出す。兄には中学時代、恋人がいた。髪も肌も真っ白でとても美しい彼女が…


「でも…」


 あの日…あの事件の後、兄はあまり笑わなくなった。自分と周りの人間にどこか一線を引いているような接し方をするようになった。


 まるで極力、仲良くなるのを避けているように、ある程度会話はするが決して自分の心の奥底は晒さない。


 そんな兄が好きで好きでたまらない。







 翌朝、部屋で目を覚ました時、美少女が布団の上にいることはなかった。さすがに昨日くぎを刺したので今日はこないのだろう。


 親はどこか寂しそうにしていたが、俺はいつも通り支度をする。


「行ってきま~す」


 妹は一足先に家を出たが、俺もすぐ後に出る。いつもよりは時間に余裕がある。予報では雨が降るようなので、透明なビニール傘を持って玄関のドアを開けると。


「え?」


 玄関を出てすぐの場所、家の敷地と道路の境目のあたりで妹と誰かが話している。いや、言い争っている?一方的に妹が捲し立てているようにも見える。


「あっ!真」


「な…なんで…お兄」


 妹と会話していたのはなんと月だった。起こしに来るなといったが家の前で待っていた。そこまでするか、普通……いや彼女ならするだろう。


「ほらね。言ったでしょ」


「くっ……お兄、本当にこの女の人知り合いなの?」


「うん、ちょっと前に友達になった…えっと…」


 どう説明すればいいか分からない。お互いの血を吸って仲良くなりました、なんて言えない。


「私、真の彼女の血原 月です」


「彼女!?」


 妹は驚いてこちらを見てくる。そりゃそうだ。


 今まであまり意識してなかったが、月は外見だけ見ればとてつもなく美人だ。身長も高く、胸も大きい。本来なら俺なんかが釣り合う人間?ではないのだ。


「彼女じゃないよ…友達だよ」


「彼女前提のお友達です」


 すぐに月が横から会話に入ってきて変なことを言ってくる。


「変なこと言うなよ。勘違いされるだろ」


「あんな事したんだから…勘違いされても仕方ないよ」


「おい」


 まずい…妹の顔がどんどんひきつっているように見える。このままだとマジで勘違いされてしまう。


「千紗……こいつとはそんな関係じゃないから。ほんと…」


「え~昨日の朝、部屋に行って起こしてあげたのに…」


「な!?…それ本当?」


「いや…ごめん千紗。俺、学校に行くから……おいちょっと来い」


「あっ!…ちょっと…」


 これ以上は言い訳できないので、月の手を引いて駅の方に走り出す。彼女はすんなり一緒についてきた。


 しばらく走って家が見えなくなるくらいのところまで来た。妹の学校と俺の学校は反対方向にあるので、妹もここまで来ることはないだろう。


「お前なぁ……」


「なぁに、言ってたことは全部ほんとの事でしょ?」


「そうだけど…妹の前では言うなよ…」


 これ以上変な兄と思われたくない。


 ふと昨日のことを思い出して月と接しずらくなる。美香との会話がフラッシュバックしてくる。


「ごめん……これからはあんまりこういうことは控えてほしんだけど…」


「ん?なんで?」


 昨日の病院でのやり取りを思い出す。これ以上彼女と接していると心が揺れてしまうような気がする。


「それは……」


 言葉に詰まる。美香について何も知らない彼女にどこからどうやって説明すればよいか分からない。


「ていうか……なんか昨日までと少し違くない?」


 昨日までの彼女と何か違う気がする。しゃべり方や仕草に違和感を覚える。


「あれ、気づいた?」


「…うん」


「私ね…もう手加減するのは辞めたんだ」


「ん?うわ…」


 いきなり彼女は距離を詰めてくる。それに対して反射的に一歩後ろに下がってしまう。


「血を吸っても眷属にできない。私の血液を与えても吸血鬼にならない。なら後はもう一つしかない…正々堂々、正面から君を惚れさせるしかない。」


「えっ?吸血鬼にならないって……まさか!」


 背筋から冷や汗が噴き出す。なぜ彼女がミートボールに自らの血液を混ぜたのか、なぜ執拗に自分の血を飲ませようとしたのか…


「私……あなたがいないと眠ることも出来ないの。君がいないと生きていけない…他の女に取られるくらいなら全身の血を吸い取って殺して、私も一緒に死にたい。だから君にも私なしじゃ生きられなくなってほしい。わがままだけど…どの女の子よりも私を愛してほしい」


「は…はぁ?」


「君に残されてる選択肢は二つ…私の事を好きになるか、私と一緒に死ぬかの二択」


 死ねない俺を殺したい彼女はそういって満面の笑みを浮かべていた。








 ◇◇◇お礼・お願い◇◇◇

 どうも広井海です。


 第八話を最後まで読んでいただきありがとうございます。第一章はとりあえず完結です。


 月ちゃんのメンヘラ度が結構上がってきましたね。これからも期待していてください。


 今回のお話が少しでも良いなと思っていただけましたら、☆評価、いいね、フォロー等よろしくお願いします。


 



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