第3話 重い思い

「じゃあ…俺、自転車で帰るから…」


「待ってください」


「何?」


 俺たちは学校の最寄り駅である須佐野駅から3駅のところにある永谷駅の北口の前で会話していた。


 時刻は19時近くなっており、帰宅途中の人間が駅の入口からぞろぞろと出てくる。


「私も同じ方向なので一緒に帰りましょう」


 さすがに疲れてきていた。俺はできれば帰り道くらいは一人で帰りたい派の人間なんだが。


「いやいや。さすがにここまで一緒だったんだから、帰り道くらい…」


「なんで?…」


「へ?」


「なんで?そんなこと言うですか?一緒に帰ってくれるって言ったのに!」


 急に大声を出されて体がビクッと震えた。周りにはまだたくさんの人がいる。俺達を見ている人達は怪訝な目で見てくる。


「何あれ?」


「喧嘩?」


 周りの人にはカップルの痴話喧嘩だと思われているのか、ヒソヒソと話し声が聞こえてくる。


「……分かったよ。一緒に帰っていいから」


「本当?」


 さっきまでの態度がガラリと変わり、にっこりと笑顔を見せて来た。あたりは暗いため顔にも影が落ちているが、赤い瞳だけはハッキリとよく見える。






「……嘘だろ…」


 彼女に聞こえないくらいの声でポツリとつぶやく。


 彼女と一緒に自転車を押しながら自宅へと向かっていたのだが、いつまで経っても彼女は俺と別れようとしなかった。とうとう自宅の前まで来てしまった。そして彼女は言った。


「ここが私の家です」


 彼女の自宅は俺の家の前、道路を挟んだ向かい側の3階建てのマンションだった。


「…じゃあねまた明日」


「お…おう、また」


 彼女がマンションの入口に消えて、見えなくなるまで俺は動かずにいた。彼女が完全に見えなくなってから、俺は自宅に早足で駆け込んだ。


「ただいま」


「おかえり」


 母が返事をした。リビングには部屋着に着替えた妹が寝転がりながらスマホを眺めていた。父はまだ帰宅していなかった。


「遅かったね」


「ちょっといろいろあって…疲れた~」


「もうご飯できるから…」


「うん」


 高校に入学してから毎日、夕方には帰ってきていた。ここまで遅くなったのは高校に入ってから初めてだった。母は遅くなった理由までは聞いてこなかった。


 制服の上着だけをリビングのソファに放り投げる。寝転がっていた妹は邪魔そうに俺の上着を端に退けてスマホを見続ける。


 持っていた荷物を自室に置くために二階に上っていく。自室にある机の傍らに荷物を置き、そのままの勢いでベッドに寝転がる。


「ふ~」


 今日はいろいろありすぎた。ここまで濃い一日は今までの人生であまりない。彼女に対する疑問は数多くある。そもそもなんで俺の体質を見抜いていたのか、そこだけが引っかかる。


 彼女とは今日初めて会ったはずなのだが、なぜか初対面という気がしなかった。どこかで会ったことがあるのだろうか?


 あれほど強烈な女性なら覚えていそうだが…


「ねぇ、ごはん出来たって」


「あ…うん」


 妹がいきなり部屋の扉を開けて、そういってきた。昔はお兄ちゃんとか言ってきたのに今では、名前すら呼ばなくなった。


 ベッドから立ち上がってリビングに向かおうとすると…


「ねぇ…もしかして、彼女出来た?」


「え…なんで?」


「なんとなく…」


「出来てねぇよ」


「……そっか…」


 妹は隣の部屋に入って行ってしまった。すぐに一階に降りると、夕食の香りがほのかに香ってくる。


「呼びに来ておいて…自分は食わないのかよ」








 電気を付けず、暗い部屋で藤原ふじわら 千紗ちさはこぶしを握り締めていた。


「私の知らない…女のにおい…」


 ソファに放り投げられたっ制服の上着のにおいを隠れて嗅いだ。いつもなら特に何のにおいもしないはずだが、今日は甘い女のにおいがしていた。


 においが制服に移るほど兄とくっついていた証拠だ。今日だけ帰りが遅かったそんなのはおそらくその女と過ごしていたからだ。他人の兄を誘惑するような女。許さない。絶対に…


 「許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない……」


 暗い部屋で彼女は取りつかれたようにつぶやき続けた。その声は兄の耳には決して届かない。







「うふふふふ。ようやく彼と話せた……」


 こちらも同じく暗い部屋。


「彼の血は美味しかったなぁ~」


 口の中に残る血の味を思い出していると自然と口角が上がってきてしまう。


かっこよかったな~」


 暗闇には赤い瞳だけが怪しく光っていた。その瞳は窓の向こうの景色に向いている。マンションの向かいの一軒家に……


「明日はもっと……」







「…うまっ、これ」


 夕食は肉じゃがだった。しっかりと味の染みた肉じゃがのジャガイモや肉をごはんと一緒に頬張る。








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