The Blue Utopia〜ある勇敢なペンギンのお話〜

刻露清秀

The Blue Utopia〜ある勇敢なペンギンのお話〜

 はるか未来、あるところに、動物たちが仲良く楽しく暮らしているユートピアがございました。動物たちはそれぞれ思い思いの時を過ごし、平和に暮らしておりました。


 しかしある日、動物たちの元に、おだやかでない知らせが届きました。近くに住むニンゲンたちが、ユートピアの目と鼻の先に、大きなビルを建てようしているというのです。


 動物たちは、ニンゲンたちがユートピアを壊してしまうのではないか、と心配しました。そんな中、変わり者のペンギンだけはニンゲンたちと仲良く暮らしていくことができると信じていました。ペンギンは、ニンゲンの町で拾ったという美しいチラシを、動物たちに見せながら言いました。


「ニンゲンだって動物なんだよ。こんなに美しいものを作る動物が、ボクらのユートピアを壊してしまうなんて、そんなこと、ありっこないさ」


 ペンギンのお話に、耳をかしてくれる動物はいませんでした。みんな、怖がってばかりです。


「いいよ。ニンゲンたちに話してみるから」


 変わり者のペンギンは、ニンゲンたちの住む大都会に旅立ちました。


 ペタペタ、ペタペタ。ペンギンが町を歩けばニンゲンたちが振り返ります。


「ペンギンだ!」

「ペンギンがいるぞ!」

「かわいい!」


 ふふん、当然だね。ペンギンは胸を張って歩きました。ニンゲンたちはどうやらボクの話を聞いてくれそうだぞ! そう思ったのに、何故だかニンゲンたちはペンギンを見ると


「かわいい!」

「触りたい!」


 なんて、まるで見当違いなことを言うだけで、ペンギンの話に聞く耳をもちません。


「ちょっとお話したいのですが」


 と話しかけただけで、


「きゃー! しゃべったー! かわいいー!」


 なんて大騒ぎ。これは困ったなぁ。ペタペタ、ペタペタ見つからないように街を歩きながら、ペンギンは悩みました。


「ニンゲンはユートピアの住人じゃないからね、動物たちが自分たちと同じようにお話できるなんて信じちゃいないのさ」


 そう教えてくれたのは、ニンゲンの町に住んでいる、青い頭の小鳥でした。


「ニンゲンは動物たちのことをよく知らないし、知らないまま僕らのユートピアを壊しそうになっているんだね。それってなんだか、寂しいことだと思うよ」


 ペンギンは、まずは自分たちのユートピアについて、知ってもらうことから始めることにしました。たくさんのニンゲンと話しているうちに、ペンギンのお話を聞いてくれるニンゲンが現れました。彼らは大抵は変わり者で、おかしなニンゲンだと思われていました。小鳥は言いました。


「大丈夫かなぁ。あんなに変なニンゲンばかりが集まって」


 ペンギンはこう答えました。


「ボクだってユートピアの変わり者だよ。誰もやらないことをやる勇敢な動物は、みんな変わり者って言われるんだ」


 仲良くなったニンゲンのなかに、家を追い出されて道で暮らしているグリンドラという青年がいました。彼はボサボサの髪の毛をして、古くて汚れたコートをいつも着ていました。彼はよく新聞やチラシを持っていました。


「ボクもチラシが好きなんだ。美しいチラシを見たからニンゲンの町にやってきたぐらいさ。君とは仲良くなれそうな気がするよ、グリンドラ」

「そうかい、ペンギンくん。僕もおなじことを考えていたところさ」


 グリンドラは文字を読むのが好きでした。だから彼には、道端に落ちている文字の書いてあるものは、みんな読んでしまうくせがありました。新聞にチラシに看板に、文字の書いてあるものを見ると立ち止まって読まずにはいられないのです。いつまでも道端に立って、うっとりと文字を眺めているグリンドラを、ニンゲンたちは笑いました。


 せっかくペンギンと話していても、文字に魅入られてしまって、黙り込んでしまうことがよくありました。お話を聞かないグリンドラを、失礼だとなじるニンゲンも多くいました。せっかくのお話を聞いてくれないのはペンギンだって残念でしたが、変わり者の友達が文字の世界から戻ってくるのをじっと待つ時間は、それはそれで悪くない時間でした。


 そんなグリンドラだからこそ、ペンギンにこんな提案をしてくれました。


「ペンギンくん、君のお話は面白い。僕が書き取るから、ユートピアのことを話してくれよ。文字にしてニンゲンたちにユートピアのことを教えてあげよう」


 ペンギンは素晴らしいアイデアだと思いました。さっそくペンギンはグリンドラに、ユートピアのことを教えてあげました。動物たちはみんなお話ができること、仲良く暮らしていること、そしてそんなユートピアがニンゲンたちのビルによって壊されるのではないかと動物たちが心配していること。文字の大好きなグリンドラは、時にペンギンに質問をしながら、たくみな文章でそれを書きうつしました。これはすごいことになるぞ、とペンギンはすっかり得意になって、このことを小鳥に話しました。


「う〜ん。グリンドラのこと信用していいのかな」


 心配ばかりの小鳥は、そんなことを言いました。


「そんなこと言うなよ。グリンドラはボクと同じ変わり者だ。誰もやらないことをやる、勇敢な動物なんだ」


 それなのに、小鳥の言ったことは正しかったのです。グリンドラは、ペンギンから聞いたお話を、小説として本にしました。まったくの嘘、ファンタジーとして小説になったユートピアの物語は、ニンゲンたちを引きつけました。本は飛ぶように売れ、グリンドラはお金持ちになりました。髪の毛はボサボサではなくなり、汚れたコートを捨てたグリンドラは、もうペンギンに会いに来ることはありませんでした。


 ペンギンは悲しくなりました。グリンドラがお金持ちになったことではありません。お友達がもう会いに来てくれなくなったことが悲しかったのです。小鳥がなぐさめてくれましたが、心が晴れることはありませんでした。


 悲しいことは続きました。ユートピアを壊そうとしているビルが、とうとう建てられることになったのです。やめてほしいと言っても、ペンギンの言葉はニンゲンたちの耳には届きません。ペンギンは途方にくれました。


「ボクは誰もやらないことをやったけれども、それは勇敢なことなんかじゃなくて、ただやっても意味がないことだったよ」


 ペンギンの言葉を聞いた小鳥は言いました。


「そうかもしれないね。でも君がユートピアを出てこなかったら、この小鳥と友達になれなかったでしょ」


 小鳥の言葉は、聞いていると心がポカポカしました。


 ビルを建てることに反対しているのは、ペンギンだけではありませんでした。小説家として大きな家に住んでいるグリンドラは、そのことを知るなりビルの社長に会いに行きました。


「あのビルを建ててはいけません。あのビルが建てられようとしている場所には、動物たちのユートピアがあるのです」

「でもグリンドラ先生、それはあなたの作り話でしょう? 私も好きですよ、あのお話は」

「……いいえ、いいえ違うんです。あのお話は僕の作り話なんかじゃないんです。本当はペンギンが僕に教えてくれた話なんです。信じてください。ユートピアは本当にあるんです!」


 グリンドラは自分が間違っていたことを認め、今は彼を笑うこともなくなったニンゲンたちに訴えました。ビルがユートピアを壊してしまうと。それでもニンゲンたちは、小説家が作り話をするのは当たり前だと言って、信じてくれないのです。万事休すかと思われました。


 それでも、味方になってくれるニンゲンがいました。グリンドラの小説を読んだ子どもたちです。その一人、社長の孫娘ミアラは言いました。


「おじいちゃん、たしかにグリンドラ先生は嘘つきかもしれないわ。でもユートピアが本当にあったら素敵だと思わない? 綺麗なビルはこの町にたくさんあるもの。新しく作ることないんじゃないかしら」

「でもミアラちゃん。君はまだ知らないけれど、あのビルがなくちゃ困ることがあるんだよ」

「子どもが知りもしないことって、そんなに大事なことかしら」


 そう言われて社長は考え込んでしまいました。あのビルを作るためにたくさんのニンゲンが頑張ってきたことは確かです。でもミアラの言うことももっともです。なぜなら社長がお金持ちになったのは、ビルをたくさん建てたからで、そのビルはまだ一つも壊れずに残っているのですから。社長はもうこれ以上お金持ちになる必要はありませんし、新しく作る必要は、もしかしたらないのかもしれません。


 社長はグリンドラの小説をもう一度読んでみました。今度は本当のお話として。ありえないお話だと思いました。社長の知る動物たちはお話をしませんし、仲良く暮らしているわけでもありません。そしてビルによって自分たちのすみかが壊されるんじゃないか、なんて心配するのはニンゲンだけだと思っていたのです。ですがミアラの言う通り、ユートピアが本当にあったら素敵だと思いました。だってお話をする動物たちが住む場所なんて、行ってみたいに決まっているじゃないですか!


 社長はビルを作るのをやめることにしました。そのために頑張っていたニンゲンたちには、社長の古いビルを改装してもらうことにしたのです。水辺に美しい町ができました。眺めていたペンギンと小鳥が思わず顔を見合わせてしまうほど美しい建物たちでした。


 嘘つきのグリンドラは、またボサボサの頭と汚れたコートで、ペンギンに会いにきました。申し訳なくて縮こまっているお友達を、ペンギンは優しく出迎えました。


「僕は勇敢じゃなかった。本当は他のニンゲンたちとおんなじように暮らしたかったし、笑われたくもなかった。僕はただの変わり者で、臆病者さ」


 そう言うグリンドラに、ペンギンは言いました。


「いいや。君はやっぱりボクの友達で、勇敢な動物だよ。だって誰もやらなかったことを、ボクと一緒にしてくれたでしょ」


 グリンドラは涙を流しました。悲しかったのでも、どこか痛かったのでもありません。お友達の優しさに温まった心をどうしていいかわからない時、ニンゲンは涙を流すことがあると言うだけです。それは嬉しい涙でした。


 ペンギンはもう一度、水辺の町を見にいきました。青い水面に光がキラキラと反射して、まるで夜空に輝く星のように美しいその町は、ユートピアのようだとペンギンは思ったのでした。

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