第21話

 人里離れた山奥から段々と文明を感じさせる街並みに移り変わっていく。

 そんな光景をのんびり眺めながら秀蔵は一年ぶりに実家に帰ってきた。


「……母さん怒ってるかな」


 半ば無理やり飛び出してきたような形だ。

 修行にかかりきりで連絡もできていない。


 緊張を抱きながら敷居を跨いだ秀蔵は違和感を覚えた。


 空気が澱んでいるというか、荒れている。


「母さん?」


 家に上がるとそれはより顕著になる。

 埃っぽく長らく掃除していないのがすぐにわかった。

 瑞希が住んでるはずなのに、何故。


「母さん!」


 声をあげるも反応がない。

 母屋にもおらず庭、道場と隈なく探すが瑞希の姿はない。どこかに買い物にでも出掛けているのだろうか。


「……秀蔵?」


 探しに行こうか迷っていたところに海堂が現れた。どこか疲れた様子を感じさせ、声音も震えている。


「海堂さん。あの、」

「……どこ行ってた」


 秀蔵の言葉を遮り海堂が言う。海堂から滲む怒りを感じ、秀蔵はたじろぐ。


「えっと、瀬戸さんに紹介してもらった剣聖の元で修行してました。母さんにもそう言ってたはずですけど」

「雄二さんに、剣聖を……?」

「はい」

「そうか。そうだったのか……」


 脱力した海堂。海堂の様子からただ事ではない何かが起きていると悟った秀蔵は海堂に尋ねる。


「あの、何があったんですか? この一年修行にかかりきりで母さんと連絡もしてなくて」

「……瑞希さんは、お前の母さんは心を病んだ」

「え?」


 海堂は淡々とこの一年のことを語る。


 一年前、秀蔵が玲那の元へ向かった後のことだ。しばらく経っても帰ってこない秀蔵。連絡もなく玲那の心は徐々に焦り出していた。

 色々と精一杯だったことで秀蔵が向かった住所も何も聞いていなかったせいで連絡することもできなかったのだ。


 唯一の手がかりは剣聖の元へ向かったという情報だけ。

 そして剣聖はこの国に一〇〇人近く存在している。更に剣聖に尋ねることは立場からして難しい。


 海堂も剣士としての伝で探ってみたところ秀蔵に剣聖を紹介したのが瀬戸だということがわかった。しかし瀬戸に尋ねることは既に出来なくなっていた。


「瀬戸さんが、亡くなった!?」

「あぁ、二等上位の亜人討伐に向かってそのままな」

「そんな」


 故人に尋ねることもできず、修造の行方を知る方法は断たれてしまった。


 そして残ったのは夫と息子を失った瑞希。元々ギリギリだった瑞希の心はあっさりと落ちていく。


 それが半年前のこと。新島家は度々瑞希の元を尋ね様子を伺っていたらしい。今日もそのためにやってきたのだという。


「じゃぁ母さんは今は病院にでも行ってるのかな」

「瑞希さんはいないのか……?」

「はい、帰ってきたらもぬけの殻で」

「そんな……、ここ半年一切家を出なかった瑞希さんが、っ!」


 何か嫌な事でも思いついたのか。海堂が荒っぽく部屋の痕跡を探る。


「家を出なかった……? じゃぁ、母さんは今どこに」


 秀蔵も徐々に焦りが募り出す。まずい。時間が空くごとに手遅れになる可能性が増していく。


「ッッ!!」


 秀蔵は躊躇いもなく心眼を開眼、昇華させて世界の情報にアクセスする。

 どんな情報も見逃さないように。


 三分だった限界を無理やり引き上げる。目が真っ赤に充血し、鼻からダラダラと血を流そうとも。血管が破裂しそうなほどに力を込めて耐える。


「秀蔵、何をしている!?」


 未だかつて感じたことのない秀蔵の気迫。

 異様としか言いようのない状態に慌てて止めようとするが秀蔵から感じる膨大な剣気に足が進まなかった。


 見る。観る。視る。

 残された瑞希の残滓、残影を。


 秀蔵の眼が過去を捉え始めた。


「見つけたッ」


 途端、秀蔵は駆け出した。海堂では捉えらないほど速く。


「お前は、どこまで行くつもりだ……」


 たった一年見なかっただけで遥か先を行く秀蔵に海堂は寂しさを覚え呆然とする事しかできなかった。

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