第36話 不穏な鉱山に

 頭数が揃えば仕事だ。特に、諸事情から滞っていたのだから、鉱山監督の喜びぶりはひとしお。これにはやる気を喪失したウセンであっても、帰りますとは言えない。


 ひとまず偵察しようと決まった事で、ようなく魔獣討伐が開始された。今は1人の鉱夫に案内されつつ、下層へと向かう最中でである。



「はぁ……。純真石が取れないなら、こんな所に用なんて無いのに。鉱山でチマチマと稼いでる余裕ないのに」


「ここまで来て文句を言うな、ウセン。気持ちを切り替えろ」


「ところでサーシャちゃんは? 一緒じゃないのかい?」


「休憩小屋に預けてある。ちょうど非番の老夫が居てな、相手をしてもらえるんだそうだ。気さくな好々爺だった」


「それで大丈夫なのかい?」


「問題ない。老人の話は長いと聞く。暇つぶしに事欠く事もあるまい」


「だったら、早めに帰ってあげたほうが良いね」



 行き交う手押し車には、赤い鉱石が満載されている。ここで掘った精霊石だと、案内役が誇らしげに言った。



「すごい量だなぁ。あれだけあったら凄い額になりそうだよ」


「凄い額とは、具体的には?」


「さぁね……。50万とか、それくらいじゃないの」



 空の手押し車がアクセル達を追い越し、やがて、鉱石を満載した車とすれ違う。ウセンは宝の山だと驚き、目を丸くした。


 全てが売り物になるとは限らないと、案内役は言った。純度や大きさでふるいにかけ、等級で分ける。場合によっては半分以上も廃棄となり、粉砕した後に地面に埋められるとの事。


 埋めるのは精霊の力を還すためで、いつの日か何倍にもなって巡り合うはず。そう信じられているのだ。



「なんだか勿体ないな。小さいものでも貧民街で売れば、そこそこカタイ商売になりそうなのに」



 そんな話に興じるのも、ここまでだった。案内役は、重厚な樫の扉を前に立ち止まる。開けば、中は暗く、下り階段が続いていた。


 ここから先は危険地帯だ。確かに殺気にも似た、肌を刺すような気配が濃厚である。



「待ってアクセルさん。松明なんて必要ないよ」



 案内役から灯りを受け取ろうとするのを、ウセンがやんわりと制した。それから杖先を煌めかせると、その場で魔法を唱えた。



「エル・テラス!」



 するとウセンの肩に光る球が出現し、松明すら陰る程にまばゆく輝いた。



「ウセン、それはいったい?」


「灯りの魔法さ。詠唱者と自動並走してくれるんだ。これで片手が塞がらずに済むだろ?」


「なんだ、お前は役に立つのだな。てっきり、酒を飲んでは見境なく不満を垂れ流し、せいぜい頭数だけの男だと思っていた」


「アハハ、辛辣ぅ……。君ってば寡黙な方だけど、たまに凄い毒吐くよねぇ」



 それからはアクセルを先頭とし、ウセンと2人で階段を降った。


 辿り着く鉱山の最下層。坑道はどこまでも暗闇だ。直前まで封鎖していたので、全てのランプが消えているのだ。光を放つのはウセンの灯りだけだった。



「まだまだ開発途中で、大して広くはないと聞いていたが」


「たいぶ先に続いてそうだよね。端が見えないよ」



 坑道は湾曲しており、手元に強い光があろうとも、先まで見通せない。


 しばらく進むと、近辺は上層と比べて荒れている事が分かった。放り捨てられたツルハシに麻袋。横倒しの手押し車は、車軸が折れて使い物にならない。他にも大小のガレキが道端に落ちており、足元も劣悪であった。



「酷い状況だ。上とは別物ではないか」


「落盤があったし、魔獣も出るからね。そりゃ、掃除や整頓なんて出来ないでしょ」



 アクセルは、答える代わりに足を止めた。そして、闇に染まる正面を睨み、続けて付近に素早く視線を巡らす。



「どうかしたのかい?」


「敵の居所が分からん。殺気や気配はあるのに、姿が一向に見えない」


「とにかく一本道らしいよ。きっと奥の方に居るんだよ」


「その割には……何だろう。少し様子がおかしい。警戒しておけ」


「わかったよ。君が言うのなら、正しいんだろうさ」



 2人は無言になって歩き出した。特にアクセルは神経をとがらせる。辺りに満ちる殺気は、正面だけでなく、四方八方から感じられた。まるで音が壁で反響するのに似ていた。


 そうして、湾曲する曲がり角に差し掛かった時だ。道の先に六足歩行の何かを見た。


 紺色に鈍く光る節足動物で、背中や胴の側面に真っ赤な線状の模様が描かれている。そして瞳も真っ赤に煌めいている。魔獣であった。



「こいつが火焔アリか。1匹だけのようだが」


「アクセルさん、敵が逃げていくよ」


「これは罠か? いや、まさかな」


「この光を嫌がってるのかもね。多少とはいえ、魔獣避けの効果もあるんだ」


「何にせよ、このまま逃す理由もない。追いかけるぞ」



 アクセル達は足早になって、逃げる背中を追った。いまだに一本道だ。迷う状況でもなければ、背後を突かれる心配もない。それならば討伐を優先すべきであり、ウセンも異論など無かった。


 道は相変わらず湾曲している。右に左に、上り下りを繰り返した。


 やがて彼らは、開けた空間に出る。そこは、ひしゃげた椅子や、工具が乱雑に置かれる場所だった。木箱の上には図面らしきものも散見される。



「ここは、拠点みたいなものかな? 休憩やら、荷物をまとめるとか、そんな用途の」


「ウセン。アリの姿は見えるか? 見失ったようだぞ」


「確かに、ここには居ないのかな。奥に逃げたんじゃない?」



 ウセンの指差す方に、坑道の続きがある。アクセル達は引き続き、敵の姿を探し求めた。


 しかし坑道をしばらく進んだ所で、足が止まった。



「行き止まり……だと?」


「これは落盤のせいかな。土砂で埋まってるよ」


「火焔アリはどこに消えた? あれから姿が見えんではないか」


「まぁ、僕に聞かれてもな……」



 その時だ。アクセル達の背後で突然、左右の壁が崩れた。空洞からは、火焔アリが次々と現れては、坑道へと押し寄せてくる。



「クッ。妙に四方から殺気を感じたかと思えば、こういう事か」


「ヒエッ! さすがに数が多すぎる! どうしよう!?」


「ともかく私の後ろへ。壁を背にして闘う他あるまい」



 ウセンは言われるがまま、アクセルの陰に隠れた。しかし、そこでも背後で土砂が大きく崩れる。空いた穴からは、やはりアリの大軍が押し寄せてきた。



「挟み撃ちとは、面倒な事を」



 アクセルは前後を素早く見渡し、急場しのぎの作戦を練った。闘う順番を間違えれば、窮地に陥る事は間違いない。少なくともウセンの命はないだろう。急ぎつつも、冷静になって戦略を組み立てていく。


 だが、それは取り越し苦労に終わった。ウセンがまたもや杖先を煌めかせて、魔法を唱えたのだ。



「アイアンウォール!」



 出現したのは、道を塞ぐ鉄の壁だった。端から端まで、それこそ蟻の一穴程度の隙間さえない、完璧な封鎖だった。



「こっちは僕に任せて! アクセルさんは前を頼んだよ」


「ウセン、お前は物の役に立つのだな。てっきり、怠惰で金にがめつい、やたらナイーブな男だと思っていた。それなのに魔法の壁は頑強であるのか」


「こんな時くらい素直に褒めて! つうか前見てよ、前ッ!」



 アクセルの前方から、多数の火焔アリが押し寄せてきた。床も壁も天井も埋めつくす程で、大軍である。



「良いだろう。相手をしてやる」



 アクセルは素手のままで突貫。一気に距離を詰めて間合いに入る。


 するとアリの行軍が止まり、前列から攻撃態勢に入った。口元の大きな牙、岩盤すら砕くほどのそれで、アクセルをも粉砕するつもりである。


 アリ達は前足を立てて顔を持ち上げ、一気に飛んだ。



「なるほど。それがお前たちの戦い方か」



 猛スピードかつ、多勢による攻撃は強烈である。だがそれと同時に、飛翔とは大きな隙を生む。翼の生えた鳥ならいざ知らず、跳躍は宙で止まれない。


 動きは単調も単調、直線的だ。アクセルは素早く目測し、攻撃目的を看破。そして軸をずらしてアリ達を回避すると、無防備な腹に拳を叩き込んでいく。


 腹を砕かれたアリ達は、床でのたうち回ると、黒煙を撒き散らしながら消えていった。



「うむ、分かった。弱いな」



 アクセルは、この段階で早くも性質やパターンを把握した。アリの動きは法則性がある。離れれば整然と行軍し、近寄れば、溜めた後に跳躍。それが分かれば苦戦もしない。


 それから前方の敵を全て黒煙送りにするのに、大した時間は必要なかった。



「ウセン、こっちは終わったぞ」


「そうかい。僕は防ぐだけで精一杯……そろそろ疲れてきたんだけど!」


「分かった。残りも私が対処しよう」


「じゃあ解除するよ。1、2、3――」



 鉄の壁が霞(かすみ)に消えた。すると、力づくで塞いだ向こう側に、おぞましい光景が広がっていた。


 ウジャウジャ、ウジャウジャウジャジャ。



「ヒェェェ!? 何だこの数、気持ち悪ッッ!」


「さすがに多いな。これは骨が折れそうだ」


「これはキリが無いよ。アクセルさん、走って!」


「走れ? どこへだ?」


「そんなの背後に決まってるだろ!?」


「良かろう」



 2人は魔獣の軍団に背を向けて走り出した。それから坑道の終わり、広い空間に出た所で、ウセンは立ち止まった。


 そして杖の先を光らせて、魔法を発動させた。



「エル・シールド!」



 すると坑道の口に、光のカーテンが張り巡らされるようになる。押し寄せるアリ達は、途中で進軍を諦め、別の道を探り始めた。



「ウセン、今のは?」


「結界だよ。魔獣が嫌う精霊の力を、この場に留めたのさ。明日までは封じる事が出来ると思うよ」


「なるほど、便利な能力だ。ついでに、お前の酒癖や手癖の悪い部分も封じてしまうと良い」


「いやもう悪かったよホント! 君たちに迷惑をかけてる事は謝るからさ!」



 それからアクセル達は、探索の中断を決めた。想定以上に敵が多く、更にはウセンの余力も心もとない為だ。



「もう戻るのか。来たばかりだがな」


「ごめんよ。でも本格的に魔力耗弱を起こしたら、それこそ役に立たないからさ」


「あれか。私にも経験がある。確かに面倒な事態だな」


「君が? 剣士なのに耗弱って、何をしたのさ」



 その時だ。辺りに突如として地鳴りが起こる。それはやがて大きな揺れとなって、辺りを震わせた。



「うわぁ! 何だこれ地震!?」


「クッ、よりにもよって、こんな時に……」



 揺れは激しさを増す一方だ。落盤は、崩落はあるのか。2人は神経を張り巡らせ、全方向へ意識を集中させた。


 そして幸運な事に、揺れは徐々に収まっていった。坑道も崩れるなどしていない。



「今のは大きかったな。少しばかり長かったが」


「アクセルさん、早く帰ろう。さすがに生き埋めなんてゴメンだからね」


「そうだな。一度報告へ戻ろう」



 そうしてアクセル達は最下層から脱し、鉱山の外へ出る事を決めた。上層へ向かう道に被害は無かった。それこそ、最下層を出てからは順調である。


 鉱山の外へ出たなら、サーシャと合流だ。休憩小屋に向かい、訪いを告げた。


 するとドアから顔を見せたのは、腰の曲がりきった少女であった。

 


「おやまぁ、アクセル様でごぜぇますか? お勤めご苦労様でした〜〜」


「サーシャ? 何があった。まるで老婆のような振る舞いではないか」


「えぇ、そこの爺様に、延々と昔ばなしを聞いてましてねぇ。それはもう、途切れる事もなく」


「なるほどねぇ。サーシャちゃんは染まりやすいというか、影響を受けやすいタイプなんだろうなぁ」


「ウセン。これも魔法で治せないか?」


「いや無理でしょ。でも一晩寝たら元に戻るんじゃないかな」


「分かった。ともかくマズシーナへ帰還しよう」



 アクセルは、面倒を見てくれた老夫に頭を下げると、サーシャを抱きかかえた。



「あんらぁ、こんなババアに何すんだべ?」


「マズシーナまでしばらく歩く。この方がお前も楽だろう」


「お優しい殿方だねぇ。アタシがあと20歳若かったら、ほっとかねぇ所だわ。イッヒッヒ」


「そうか。20年前だったら、お前はまだ生まれていないな」



 アクセルは深く考えず、足早になって帰路を進んだ。それでウセンは引き離されそうになるも、遂には同時に街へと帰還した。



「さて、まずはギルドへ戻るとするか」


「先に行っててくれるかい? 僕は、少し調べ物をしようと思う」


「何についてだ?」


「火焔アリさ。対策を練ろうにも、あいつらの生態を知らなきゃ」


「分かった。私も報告が済めば、手伝おう」


「うーーん、どっちでも良いよ。魔法の話になるから。気が向いたら、くらいで構わないよ」



 噴水側でウセンとは別れた。アクセルは引き続きサーシャを抱えながら、ギルドのドアを開けた。


 するとカウンター周りが騒がしい事に気づく。顔面蒼白のニーデルが、アクセルの姿を見つけるなり、悲鳴にも似た声をあげた。



「あっ、戻った! アクセルさん、一体何を……」



 ニーデルは最後まで言えない。アクセルとの間に、軽装鎧の男達が割り込んだからだ。


 彼らは騎士である。甲冑姿とは見た目が違うものの、こちらも幾度となく見掛けた装いである。



「お前がアクセルか? ミキレシア様がお呼びだぞ。無駄な抵抗など考えず、大人しく縛につけ!」



 一同の態度は剣呑としたものだ。切欠ひとつあれば、全員が抜剣しかねない程に。


 

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