第30話 待つ方も辛いよ

 ギルドの屋内に戻った事務員は鼻歌を鳴らしていた。足取りも極めて軽く、まるで重しから解放されたかのようである。そしてニコヤカな笑みを浮かべつつ、棚をまさぐりだす。



「そう言えば自己紹介がまだでしたね。私はニーデル、事務歴ウン年のギルド職員です。気軽に相談してくださいね」



 そう告げると、カウンターに羊皮紙を並べだした。



「お任せできるのは、これくらいですね。Fランクなので、やっぱり低難度ばかりなんですよ。例えば配達とか素材集めなんかですね」


「へぇぇ。どんな内容なんです?」


「安いですよ。配達はロマニシューとか周辺の街に荷物を運んで貰うんですが、せいぜい500ディナくらいですから。往復で10日前後かかるのに」


「それって安いんです?」


「1日あたり50ディナくらいですから。せいぜい食費にしかならないです。だから皆さん、依頼を掛け持ちするんですよ。一度に3件の配達をしたり、移動中に薬草とか魔術用媒体を探したりして」


「仕事は1個だけじゃないんですね。たくさん貰って良いんだ?」


「ええ、特に制限は設けてないです。でも程々にしとかないと、どれがどの依頼だったか分からなくなるんで。誤配のリスクが高まるんです」



 ちなみに、依頼期日に間に合わない場合にはペナルティが生じてしまう。ギルドからは一定期間の取引停止。また、発生した損害を請求される事もある、と言う。誤配の場合も、おおよそは変わらないとの事。



「ふぅん。じゃあ、欲張ると大変だよって事ですね」


「そうですよぉ。だから慣れるまでは、一つ一つ請け負った方が良いんです。でもそれだと稼げないので、今回はコチラをオススメします!」


「ええと、鉱山警備?」


「これは良い案件ですよ。街から少し行った所に、精霊石の鉱山があるんですけど、そこを警備するお仕事です。日当はなんと300ディナ!」


「日当って事は、働いたら毎日貰えるんです?」


「もちろん! まぁその代わり、荒っぽい鉱夫達の仲裁とかやらされるから、割りとハードな案件で。だから、駆け出しのFランクには頼まないんですけども……」



 そこでニーデルの眼鏡がキラリと光る。不敵な視線が、アクセルの顔を真っ直ぐに見据えた。



「アクセルさんなら問題ないです。なんせギルマスを一撃でブチのめした豪傑ですから。依頼主にも大歓迎されると思います!」


「ふむ。良い話だと思うが、サーシャは?」


「そうですね。ワタクシも良いんじゃないかなって」


「では決まりだ。その仕事を請けたい」


「ありがとうございます……と言いたいところなんですが、派遣するのは2人以上という約束がありまして。さすがに1人だと条件を満たせないんですけど」



 ニーデルがサーシャをチラリと見る。そして、鼻から息を長く吐いた。



「いくら何でも、お嬢さんに任せる訳にはいかないですよね。荒くれ者達が従うとも思えないし」


「えっ、でもワタクシ、意外と速く動けますけど? あとコオロギを捕まえるの得意ですけど?」


「鉱山なんで、万がいち落盤事故にでも巻き込まれたら、ねぇ? 最低でもDランクの強さがないと、助ける間もなくペシャンコになっちゃうと思いますよ」


「あぁ、それは……ヤバいですね。ちょっと遠慮しとこうかな」


「だからアクセルさん。あと1人はお仲間を見つけてください。ちょうど今、ベンチに座ってるお三方なら、全員D以上なんで」


「良いだろう」



 アクセルは徐ろに、ギルドメンバーの方へと向かった。話がある程度聞こえていたらしく、反応も早い。


 左端の男から話しかけようとすると、相手も立ち上がった。その男は大柄で、長身のアクセルを見下ろす程である。図体だけでなく風貌もたくましい。筋骨隆々で、同世代と思しき若さ。使い込まれた革鎧に、鉄板入りのハチマキ、両手には鉄甲。生粋の武闘家である。



「Fランクの貴様が、Cランクの私に何の要件かッ!」



 声は肌を震わせる程に大きい。至近距離でのボリュームではないのだが、アクセルは構わず続けた。



「依頼を請けるために、人手が必要だ。力を貸して貰えるか?」


「ふむ……。駆け出しのド素人だと聞いていたが、その佇まい、中々の遣い手と見た! よかろう! 我が相棒と認めてやろうではないか!」


「助かる。行き先は鉱山だ」


「こっ、こうざんンン?」



 途端に武闘家の声が消極的になる。鍛え上げた筋肉も力なく萎れ、嘆きすら匂わせてしまう。



「すまない、鉱山というか、狭くて暗い所は何よりも苦手なのだ。トイレすら扉を閉める事ができん程に……」


「そうか、無理はするな」


「次こそは、必ず……グハァッ」



 武闘家は、くたびれたタコ足のように体勢を崩し、ベンチに倒れ伏した。


 続けてアクセルは真ん中の男に眼を向けた。兜からすね当てまで鉄製の装備で、腰に剣を履く男。中年だが覇気を漲らせており、年齢を感じさせないハツラツさが、やる気の程を窺わせた。

 


「やぁ若人よ! 私はCランクの剣士だ。ぜひとも連れて行ってくれないか? ギルドの報酬も要らない、金銭にまつわるものは全て君に差し上げよう!」



 妙に提案が良すぎる。常人であれば、ここで警戒するものだ。それでも、アクセルが別の受け止め方をしたのは、世間知らずが故である。



「そうか。それは助かる。どうやら金は有った方が良いらしくてな」


「うむうむ、そうだろう。だがな、別にタダ働きを望むのではない。報酬を受け取らない代わりに、1点だけご協力願おう」


「何だろうか?」


「お連れのお嬢さんを、しばらく貸していただきたい。当方、14歳前後の美少女が何よりも大好物の、真性ロリコンでな。あの娘など、まさに好みのド真ん中という……」


「そうか、ならば断る。他所を当たってくれ」



 アクセルは、男の肩を静かに叩いた。相手の鼻息を落ち着かせる意味合いのつもりだった。


 しかし威力は過剰なもので、鉄の肩当てを木っ端微塵に粉砕してしまう。意図せず力が籠もっていた事に、当のアクセルも驚きを隠せないが、脅しとしては十分である。貴様もこうしてやろうか、という言外の脅迫が成立していた。


 実際それは効果テキメンで、剣士は転げるようにして逃げ出した。



「さて、残すは1人だが……」


「ヒエッ! ぼ、僕は身体が弱いから! 今みたいな事されたら死んじゃうかも!!」


「怯えなくていい。指一本触れないと約束しよう」


「それは、どうも。鉱山の依頼があるんだよね? 僕で良ければご一緒したいよ。先日、やっとこさDにあがったばかりだけど」



 強張る笑みを浮かべる男は、華奢である。薄汚れた茶褐色のローブにグレーのズボン。それと、古めかしい杖を手にしていた。



「お前は魔術師か?」


「いやいや、治療師だよ。一応、攻撃魔法も扱えるけど苦手なんだ。怪我を治したり、暗闇を照らす方が得意だよ」


「なるほど。鉱山では頼りになりそうだ。頼めるか?」


「もちろんだとも! 報酬は、半分個でよろしく頼むよ」



 治療師の青年はウセンと名乗った。彼を連れてカウンターへと戻った所、サーシャ達は愉快そうに雑談を重ねていた。



「そこで現れた浮気相手というのが、もう服がパッツンパッツンの爆乳女で。だから言ってやりました。テメェは分かりやすいクソ野郎だなってね」


「アハハ。ニーデルさんも大変ですね。でもスカッとしたんじゃないです?」


「まぁね、こちとら30年近く生きてますからね、ほろ苦いネタ話の2つや3つ……」


「盛り上がっている最中にすまない。相棒を見つけてきたんだが、これで依頼は請けられるか?」



 アクセルが会話に横槍を入れると、ニーデルの視線が重なる。やがて相手の顔は満足気に膨らむ。



「なるほど。ウセンさんに決めたんですね。いい組み合わせだと思います。お仕事はいつから始めますか? 今日からでも来て欲しいとの事ですよ」


「私はいつでも構わないのだが、仕事の間サーシャをどうすべきか。連れて行くわけにもいかん。だが預ける場所もなく、悩ましい」


「サーシャちゃんならギルドで預かりますよ。待ってる間に初級の技能書や、魔術書なんかを読んで貰っても構いませんし。ギルドをお手伝いしてくれたら、ちょっとしたお小遣いも用意します」


「だ、そうだが。どうするサーシャ?」


「ここが一番安全かなって思います。ニーデルさんと待ってますね」


「話は決まった。私の仕事中はサーシャをよろしく頼むぞ」


「ゲヘッ。お任しぇくださいな!」



 ニーデルの丸眼鏡がギラリと煌めく。その迫力は、これまで見せた中で最大のものだった。更にカウンターに片手を付いて飛び越し、サーシャの元へ降り立つと、間近の距離で熱く語りだした。



「それじゃあサーシャちゃん、行きましょうか!!」


「行くってどこに!?」


「私はね、可愛い子にカワイイ格好させるのが大好きなの! 仕立て屋に行きましょ。お金なら出してあげるから遠慮しないでね!」


「えっ? いやその、仕事は!?」


「そんなのどうでも良いから。うるせぇのは居ないし、不在の札を立てときゃ半日くらい外せるし! さぁ行きましょ、国一番の美少女にしてあげちゃうから!」


「それは嬉しいけど、なんか怖いです! 助けてアクセル様ァァーー…………ァァァ……」



 サーシャはニーデルの小脇に抱えられ、超高速で連れ去られた。間もなく、大通り沿いにある店の扉が荒々しく開かれ「金に糸目はつけないわ、クッソカワイイ服を用意して!」との絶叫が聞こえてきた。


 残されたアクセル達は、その場に立ち尽くすしかなかった。



「さてと。我々はどうすべきだろうか」


「たぶん、依頼の請け負いは成立してるんじゃないかな。このまま鉱山に向かうと良いよ」



 ウセンは登録者証の裏面を見せつけた。そこには、いつの間にか「請負 マズシーナ鉱山」という文字が刻まれていた。アクセルの方も同様である。



「そうか。せっかくだから、仕事をやってみようか」



 2人は城門の方へと向かった。そこでアクセルが警備の綻びを探していると、ウセンが首を捻った。



「どうしたんだい? 鉱山へ向かうんだよね?」


「城門を通ると金を取られる。だから、突破できそうなエリアを探しているのだ」


「あぁ、通行料ね。僕たちはギルドの依頼で行く訳だから、お金は要らないハズだよ」


「本当か?」


「まぁ試してみようよ。ちなみに、僕はマズシーナに住んでるから、そもそも無料なんだけどね」


「そんな制度だったのか。不公平だろう」


「その代わりに住民税を納めてる。外部の人とどっちが得なのかな。出入りの頻度にもよるけど、トントンだと思うよ」



 城門に赴くと、ウセンの言葉通りになった。登録者証を見せるだけで通過を終えた。やり取りした言葉も簡潔なもので、余計な詮索も無い。


 目的地の鉱山はというと、大して遠くは無かった。街道上の丘をいくつか過ぎ、別れ道で登り坂を進む。一応は森の中だが、木々は比較的まばらで、視界そのものは良好だ。


 まもなく山の中腹というところで、鉱山の入り口に辿り着いた。平地には、急ごしらえの木造家屋が数棟ほど並び立つ。そこを何人もの男たちが、頻繁に出入りしていた。



「到着したらしい。これからどうすれば?」


「まずは依頼主に挨拶かな。ここの責任者は……」



 ウセンが登録者証を取り出す前に、2人は声をかけられた。

 


「おっ、アンタら冒険者だよな? 待ってたぜ!」



 すぐに家屋のウチの1棟から、男が姿を現した。革の作業着を含めた全身が砂埃で汚れているが、笑顔から覗く歯は白い。眩しささえ感じられた。背丈も小柄の範疇であるものの、筋肉質な体つきと責任ある立場が、彼を大きく見せた。



「冒険者ギルドより派遣されたアクセル、剣聖(仮)だ。こちらは治療師のウセンと言う。よろしく頼む」



 アクセルは身分を明かすと同時に、Fの文字が目立つ金属板を見せつけた。隣のウセンもそれに倣う。そちらはDと描かれていた。



「おうよ。剣聖(仮)だかFランだか知らねぇが、強さは本物らしいな? さっきギルドのネーチャンから通魂球で連絡あってよ。何でもコロクマの野郎をブチのめしたんだと?」


「コロクマ? 何だソレは」


「ギルドマスターだよ。コロクマ・ディーザスタ。あの野郎には因縁があってよ。お陰でスッとしたぜ。欲を言えば、その瞬間を見たかったがな。ガッハッハ!」


「あの男か。弱い、とまでは言わないが、特に脅威を感じなかった」


「頼もしいね。ここでも大活躍してくれる事を期待してるぜ」



 依頼主はアクセルの背中を、掌で強く叩いた。ビクともしない様子に、なおさら満足げに笑った。



「ところで、依頼内容は鉱山警備だと聞いている。具体的には何を?」


「それが、ちっとばかし厄介でな。ここの最下層で魔獣が出るようになった。今は封鎖してるから被害は出てねぇが、石の産出量が減っちまう。アンタらには魔獣の討伐を頼みたい」


「良いだろう。難敵か?」


「火焔アリだ。そいつ自体は大して強かねぇ。オレ達素人でも戦えるくらいだ。だが数が多い。ウジャウジャと押し寄せてきやがる。無限なんじゃねぇかと思えるくらいにな」



 依頼主はウンザリと言いたげに、顔を大きく歪ませた。そんな折の事だ。辺りに大きな揺れが生じた。作業員がその場で転んでしまう程度には、激しい。



「地震か。今朝もあったな」


「最近はペースが早ぇ。落盤しねぇかヒヤヒヤさせられるぜ」



 依頼主が忌々しげに吐き出すと、それが呼び水となったらしい。坑道の入り口から、作業員が息を切らしてやって来た。



「監督、大変ですぜ! 今ので中が崩落しやした!」


「被害は!? 閉じ込められたヤツはいるのか?」


「仲間は全員無事でさぁ。だけど、最下層へ続く道が潰れちまってます」


「そりゃ不幸中の幸いだが……クソッタレめ! これから魔獣退治だっつう時によぉ!」



 結局は予定変更を強いられた。討伐よりも復旧が最優先である。崩落が続く危険性があるので、不慣れなアクセル達は作業員に混じって、入口付近で作業を手伝うことに。



「私は何をすれば良い?」


「向こうから、コッチの台車に土砂が運ばれてきやす。そんで、台車一杯に溜まったら、外に捨ててくるんですぜ。もういくつか満杯じゃねぇかな」


「良いだろう。私に任せておけ」


「ええっ!? ちょっと兄さん、2台同時は無理じゃ……」



 アクセルは作業員が止めるのも聞かず、片手に1台ずつ引っ張る形で外へ出た。懸念は杞憂である。実にスムーズな仕事ぶりで、周囲の者たちは一斉に驚き、どよめいた。


 一方でウセンは治療を任されていた。怪我人が少なからず出ていた為だ。



「じゃあ皆さん、ジッとして。ヒール・ブリーズ!」



 辺りに心地よい微風が吹き抜けた。ほのかな緑色に染まる風は、怪我人の身体を撫でては消えていった。すると、その場に居た全員の傷口が塞がった。



「おぉ、すげぇ! これでガンガン働けるってもんよ!」


「あまり無理をしないでね。酷い怪我は、治すのも簡単じゃないからさ」



 そうして各々が活躍するうち、夕暮れ時を迎えた。復旧作業も一段落ついた事もあり、その日の仕事は終わった。


 依頼主は作業員宿舎を貸してやると言ったが、アクセルは固辞。連れを待たせてるとだけ告げて、元来た道を帰っていった。



「ウセンよ。報酬はギルドで受け取るのか?」


「そうだよ。現場で貰うことは滅多に無いかな」



 そうして街へ戻り、ギルドのドアを開ける。そこではサーシャが待っていたのだが、すっかり憔悴しており、カウンターに身を預けていた。



「戻ったぞサーシャ」


「あぁ……おかえり、なしゃいませ」


「何があった。随分と疲弊しているようだが」


「ニーデルさんってば、メチャクチャ着せるんですもん。店にある服を片っ端から。靴に小物にと、もう大量に。最後は『着せ替え人形かよ!』って、言っちゃいました」



 ぐったりした様子のサーシャとは打って変わり、ニーデルは恍惚の表情だ。吐き出される吐息も、満腹の時に見せるものと酷似していた。



「ウフフ。どれもすんごい可愛かったけど、結局はオーダーメイドで頼んじゃいましたぁ。完成が楽しみで仕方ないです」


「お前はそれで良いのか。安くない買い物なのでは?」


「構いませんよ。むしろ良いもの見せて貰ったなって思うんで。代金も借金したって払いますから」


「そこまで言うなら止めはしない。それはさておき、報酬を受け取りに来たのだが」


「あぁ失礼しました。ここに2人分を置いておきますね。私はちょっと野暮用があるので外します。後はよしなに」



 ニーデルは、カウンターに銀貨の詰まった小袋を置くと、そのまま奥へと引っ込んだ。



「サーシャよ、災難だったようだな。今日はゆっくり休むと良い」


「そうさせて貰いますよ。お金があるから厩(うまや)暮らしもオサラバですね。宿に泊まって、温かいご飯を食べて、湯浴みだって出来ますもんね」



 サーシャが疲れた顔を持ち上げ、カウンターの方を見ると、その身体は硬直した。瞳も、みるみるうちに大きく開かれていく。


 何事かと、アクセルも同じ方に目を向けた。そこには、先程まであったはずの金貨袋が見当たらない。


 それと同時に、ウセンの姿も忽然と消えているのだった。



 

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