第27話 少女の心に野望をひとつまみ

 苦難の少女サーシャには野望がある。それはアクセルの頼れるパートナーとなり、結ばれ、生涯を添い遂げるというものだ。しかも初恋を実らせようというのだから、中々に強欲な話である。


 彼女は、その若々しい美貌に胡座(あぐら)をかく事をしない。成り行き任せにもしない。まずはアクセルの信頼を勝ち取るべきと考えた。何かと子供扱いされる立場から脱却し、1人の女性として認められるべきであると。


 その為の努力は惜しまなかった。



「ブツブツ……いいえ。違います。そうは思いません……」



 彼女の傍らで燃える焚火からは、白い煙が立ち昇る。夜間に赤々と燃え続けたそれは、今や熾火となっていた。本日は快晴。朝焼けが大地を照らし、穏やかな風も、草木の熟した香りを届けてくれる。


 しかしサーシャには、晩秋の景色を愉しむゆとりが無い。革装丁の立派な本を開き、勉学に勤しむのだ。



「ブツブツ……はい。そうです。かしこまりました。お体には気をつけて。ごきげんよう……ブツブツ」



 日常的な単語が、さながら呪文のように繰り返される。これは遊びでも暇つぶしでもない。その証拠に真剣な面持ちだった。


 そんな折での事だ。アクセルが宙空から焚火の側に落下し、着地した。彼の両手には、飲み口から水の滴り落ちる木筒がある。飲料水を切らしていたので、谷底の深い渓谷まで汲みに行った。その帰りである。



「おやサーシャ。早起きだな」


「はい、そうです! ご機嫌漆う!」


「うるしう……?」


「えっ、あの……。そっか、麗しゅうだ! ご機嫌麗しゅうです!」


「うむ、そうか」



 アクセルは水筒をしまう傍ら、首を捻らざるを得ない。サーシャの態度が、昨晩までと別物であったからだ。主に口調が。



「ところで、一体どうした? 急に本を読み始めるとは」


「ハイです! ワタクシは今後、アクセル様をシッカリ支えてきます。だから言葉遣いも勉強しなきゃダメですの。恥をかかせる訳にはいかんですから!」


「……ふむ? まぁ、研鑽自体は悪いことではない。学問から得られる幸福もあるはずだ。自分のペースで励むと良い」


「ハイです! バッチリやっちまうですよ!」



 アクセルはささやかな違和感を覚えつつも、そっと成り行きを見守った。若々しい純粋な努力は、まだ20歳前後の青年から見ても、微笑ましく感じられる。かつては幼き自分が、ソフィアに見せたものと同じかもしれない。そう思うと、胸の奥が温かくなるのだ。


 それからも焚き木を足す傍らで、サーシャの励む声に耳を傾けた。



「これは、誰が捨てたゴミですか? はい。それはワタクシの晴れ着です」



 教材があまり良くないかもしれない。この教本は、シナロスがまとめた荷物の中に紛れ込んでいたものだ。彼の商売下手で、物が売れ残る理由を垣間見た一幕であった。


 しばらくして勉学に一区切りつく。それからは簡単な朝食を摂る。スライスしたチーズと腸詰め肉をフライパンで炒め、小麦パンに挟む。軽く粗挽きの胡椒も振りかけて完成。お手軽で程よく満腹感の得られる、旅の定番料理だ。



「サーシャは料理が上手いのだな。私は肉を焼いて塩をふる、程度の事しか知らん」


「エヘヘ。シボレッタで叩き込まれましたから。あの頃は毎日毎日、ええと、排泄物ご老人の為に料理してましたもん」



 クソジジイ、と言いたかったのだろう。果たして、その言い回しが適当かは、アクセルに判断がつかない。判りにくい分だけ不適切だとも思う。


 アクセルがボンヤリと長考する一方、サーシャは内心でほくそ笑む。料理上手は武器であると聞くし、実際、関心を得られた。胃袋を掴み取りした実感が、深い喜びと達成感を与えてくれた。


 食事が終わると、後片付け。と言っても大した量ではない。アクセルがフライパンやナイフを木筒の水で洗い流しただけである。最後に残り水で焚火も消しておく。



「これで完了だ、すぐに出立しよう。次に向かうマズシーナの街は、遠いのか?」


「直線距離だと、それほどでもないです。でも、街道が大きく迂回してるんで、その分だけ遠回りになるんです」



 サーシャが虚空をキャンパスに見立てて、移動ルートの概要を指先で指し示した。


 まず一度北東へと回り込む。それから弧を描くように南下して、大橋を渡る必要があった。



「なるほど。ならば、南方面に真っ直ぐ突っ切れば、到着も早いと」


「いや、まぁ、理屈の上じゃあそうですけど。道を通せない悪路なんで。それはもう、山あり谷あり涙ありの」


「行って行けない事はない。任せておけ」


「いやちょっと、無理ですってば! アクセル様は良くても、ワタクシは序盤で脱落ですよ!」



 抗議の声は届かない。アクセルは2人分の荷物を背負ったかと思うと、逞しい両腕でサーシャを抱きかかえた。



「これで良いだろう。お前の安全は私が保証する」



 アアンモウ、ズルイヒト!



「そっ、そこまで言うなら、付き合ってあげますけど?」


「よし。しっかり掴まっているのだぞ」


「えっと、こうです?」



 サーシャはここぞとばかりに、アクセルの首に両手を絡めた。掌から体温が伝わり、体臭も鼻孔を芳しく脅かす。それらは乙女心をダイレクトに刺激した。彼女は改めて思う、オシャレ着に着替えて正解であったと。


 今や、かつての純白ローブ姿ではない。先日の宴でしこたま汚された上に、兎贄制度も瓦解している。服装は上下ともに、革を仕込んだ厚手の物だ。耐久性は十分で、白茶チェックのブラウスに真紅のスカートと、デザイン面でも優れている。


 若干サイズアウト気味で、身体をしめつける感覚はあるが贅沢は言わない。可愛らしい装いになれるだけで十分だった。



「でも、ちょっとだけ恥ずかしいです。ほら、スカートが捲れて、見られちゃうかもって」


「心配するな。常人が眼で追う事など、出来もしないだろうから」


「それってどういう……ギャアアアーー!!」



 問いかける間もなく、アクセルの疾走劇は始まった。木々の隙間を目まぐるしく駆け抜け、茂みを飛んだかと思うと宙を滑空。道は長い下り坂だ。飛行するうちに地上はみるみる遠ざかり、やがて竹藪の上すら飛び越していた。



「ヒィィィ高いッ! すっごい怖いぃ!!!」



 その叫びが長々と響き渡ると、ようやく地面に降り立った。しかしまだ序の口。彼らの行く手を河が遮った。遠くで雨が降り続いた為に、流れは比較的速い。


 アクセルは強引に突破しようとするも、足を水流に取られ、少しばかり流されてしまう。流れ着く先は、無い。空虚。あるのは大きな滝と絶壁だけだ。


 流石にアクセルであっても重量オーバーだった。体勢を戻すよりも前に押し流されてしまう。眼下に広がるは大渓谷。一度落ちればどうなるか。その命運は考えるまでもなく、一意である。



「あぁーー! 死んだ、絶対死ぬやつだコレーーッ!」



 サーシャの悲鳴が絶望の色を帯びる。


 しかしアクセルは水量豊かな滝を蹴って飛び、落下を阻止。それから崖の上に伸び切った枝を両足で掴んでは、回転を繰り返す事で勢いを殺す。


 その後には軽やかなる着地。やや冗長気味であったが、向こう岸に渡る事には成功していた。 


 

「フェェ……フヒィィ……あのまま死んでも、おかしくなかったぁ……」


「サーシャよ。方角はこちらで合っているか?」



 問いかけに、サーシャのボヤリとした頭が応じようとする。いつ気絶してもおかしくない心理状態だが、彼女の野望が意識をつなぎとめた。


 そして、速やかに明瞭な答えを導き出した。やはり恋する者は強い。



「えっと、太陽があっちで、渓谷の傍だから。東北東かな? 左前方から回り込むように行けば……」


「左とは、こっちだな?」


「えっ! そっちは右! 崖しかない所ですギニャアーー!!」




 サーシャの答えは正しい。しかし、アクセルの無学さを知らなかった。彼は方角もさる事ながら、左右の概念までもが曖昧であった。 


 アクセルは崖際を駆け続けた。行けども行けども景色は変わらない。渓谷を飛び越したいのだが、あちら側の方が高く、距離も遠い。大荷物で飛び越す事を断念し、際どい足場をひた走る。


 やがて彼は気づいた。酷く走りにくい地勢であるという事に。



「しかし、全く整備されていないな。これでは馬車も通れんだろうに」


「そりゃそうですよ、こんな所は自殺志願者でも無けりゃ来ませんから!」


「そうか。私は道を間違えたらしい。ではこっちか!」


「いや、そっちは戻る方向ーーッ!!」



 サーシャの叫びも虚しく、アクセルの暴走は止まらない。というのも、彼の身体にのしかかる重量感が、絶妙な負荷を与えているからだ。鍛錬に丁度良い。そう思うと、アクセルは笑いが止まらなくなった。



「アーーッハッハ! 良いぞ、もっとだ! 私を愉しませてみせろーー!」


「ちょっと! 正気に戻ってくださキャアアーー!!」



 飛んで駆けて、落ちて駆けて、沼って飛ぶ。もはやサーシャも失神寸前で、遂にはナビゲーションすら機能しなくなる。


 この騒がしき遭難者は、トドメと言わんばかりに、丘を蹴って飛んだ。重力加速度は容赦がない。一度は遠ざかった地面が、瞬く間に眼前へと迫りくる。



「おお、見ろサーシャ。石畳だ。街道に出たらしいぞ!」



 アクセルは、足元を粉砕して着地。そして辺りを見渡すと、レンガ造りの家屋が並ぶのを見た。井戸、酒場、宿屋も並ぶ。どこか既視感を感じる。そう首を捻っていると、近くに知り合いが佇むのを見た。



「アクセルよ。どうしたんだね。忘れ物か?」


「シナロスが何故? ここは大街道だと思うのだが」


「いや、見ての通り。いつものシボレッタだよ」


「むむむ……」



 高笑いしながら駆け回った挙げ句、元の場所へ逆戻り。これには流石のアクセルも心を苛んだ。猛省である。これからは無茶をせず、なるべく街道に沿って進むことを誓う。


 ただし神速だ。馬車も早馬も追い越すほどの速度で、疾走に次ぐ疾走。この頃になると、サーシャはぐったりと憔悴してしまい、言葉も発せなくなる。



(ううっ、気持ち悪い……。どこかで止めてもらおうかな。でも先を急いでるっぽいし)



 もう少し、あとちょっと。サーシャが健気にも堪え続けていると、ようやく終わりが見えた。


 それは陽が傾き始めた頃。アクセル達は遂に、巨大な石橋を前に辿り着いたのだ。



「これがマズシーナ大橋か。凄いものだ」



 長さもさる事ながら、道幅も広い。4輌の馬車が並走できる程である。もっとも、マズシーナの街へ向かう者より、出ていく者の方が遥かに多かった。



「あ、アクセルしゃま。もう、つきました……?」


「今は橋を渡る所だ。ここから近いのだったか?」


「やっとこさ、ですね。橋を渡って、丘を越えたら到着ですよ」



 今の言葉にアクセルは安心したが、それ以上に安堵したのはサーシャだ。アクセルの腕から降りて、地面に降り立った時、生の実感を足先から堪能した。


 やっと全てが終わる。もう落命の危険も、吐き気と渡り合う事からも解放されるのだ。そう思うと涙がこみ上げる想いになる。


 それからの2人は橋を渡り終え、丘を越えてゆく。すると、長い下り坂の先、平原にそびえ立つ城を見た。城壁も大きく、巨大な城下町さえも取り囲んでいる、立派な城塞都市である。



「これがマズシーナか。今までとは別格だな」


「そりゃもう、大陸でも指折りの街なんで。王都の次にデカいんですよ」


「なるほど。ならば人も大勢いるのだな。嫁探しが捗るに違いない」


「ソッスネーー」



 浮かない顔のサーシャを他所に、意気揚々と坂を下るアクセル。だが実は、そこからも長い。街に入る為には長蛇の列に並ぶ事を求められたのだ。



「ふむ。街は目前だと言うのに、焦らされる」


「ところでアクセル様。そろそろ報告じゃないです?」


「そうだった。この待ち時間を利用させて貰おうか」



 アクセルは、すかさず通魂球でソフィアに連絡を入れた。今日は特に話すこともない。短いやり取りで終わってしまった。


 それから日没を迎えても、列は続いていた。かがり火が随所に置かれているので、周囲は明るく、魔獣の不安も無かった。だが列は長い、そして遅々として進まない。



「まさか、こんな形で足止めを食らうとは。街はすぐ傍だと言うのに」


「そうなんです。だから街道の脇で寝泊まりする人も多いです。ワタクシ達はどうします?」


「ひとまずは街の中に入ろう。それからの事は、またその時に考えれば良い」



 一度そうだと決めても、やはり待ち時間が身に応える。為すすべもなく列の進みを待つなど、アクセルにとって無駄としか思えなかった。


 しかしサーシャにすればチャンスである。ここまでの流れも良い。ソフィアへの報告が短かったため、アクセルが目に見えてショボンと肩を落としている。


 傷心とは、心の隙間に潜り込める抜け道だ。ここで一気に歩を進めてしまおうと、サーシャは意気込んだ。



「アクセル様、ほらあそこ。鳥が飛んでますよ!」


「そうだな。鳥だな」


「今夜は満月ですかね? 青い月が真ん丸です!」


「そうだな。丸いな」


「ちなみにソフィアさんって、今頃何をしてるんでしょうね?」


「そうだな、割とパターン化されてはいる。秋の宵なら読書か月見酒だろうな。夜酒には私も付き合ったものだよ。もちろん、私は酒ではなく、リンゴやブドウなどの果物を愉しんでいたのだがな。師匠はたびたび仰っていた。貴様が大人になったら共に酌み交わそう、と。しかし私は酒が弱すぎる。どこかで訓練すれば強くなるものだろうか? このままでは晩酌など夢のまた夢だ」



 ドウデショネーー?



 サーシャ、あえなく惨敗。口数が信頼の度合いに比例すると見れば、比較する事さえバカバカしい。


 仕方なくサーシャは、例の本を手に取った。そして懸命に学ぶ。1日も早くアクセルに認めて貰えるように。

 

 そうして、どれだけの間を待たされたろう。アクセル達は遂に列の先頭へと達した。大きな城門は、格子型の門扉で、半分ほどせり上がっている。先端の突起が獣の牙のようにも見えた。



「次の者、参れ。手形は持っているか?」


 

 門前で兵士が尋ねた。鉄鎧と槍で武装している。そんな男たちが、見えるだけでも4名。警備は厳重そうに思えた。


 そうしていると、兵士が再度、手形を要求してくる。アクセルには分からず、とりあえず掌を広げて差し出した。手の形を見せようとしたのだ。


 それから僅かな無言を挟むと、兵士は槍の柄で地面を小突いた。苛立ちを露わにするかのように、何度も繰り返し、小刻みに。



「手形が無いのならそう言え。このまま城門を通りたくば、通行料を徴収する!」


「サーシャ、通行料とは?」


「お金を払いなさいってヤツです。ちなみに、おいくらディナになります?」


「1名につき500ディナ。大人と子供の区別も無しだ」


「500!??」



 2人合わせて1千ディナ。街に入るだけの金額としては法外である。少なくともサーシャにはそう思えた。


 一応、手元に支払うだけのものがあった。1枚の金貨。それを胸元から取り出して、手渡すだけで良い。アクセルを支えると誓ったのだ。思い出の品を手放すくらい、何て事も無い。


 ここで縁(ゆかり)の品ともお別れしよう。そう思って襟元に手を忍ばせたのだが、指先が温かい金貨に触れた途端、動けなくなる。



(だめだよサーシャ。ここでビシッとお金を出して、手柄を立てないと!)



 自身に言い聞かせ続ける。しかしその一方で、アクセルは兵士から遠ざかり、列から外れた。



「我々に払える金はない」


「ならば帰れ。支払えないのなら、ここは通さん」



 アクセルに躊躇はなかった。行列から外れた後、城壁沿いに歩き始めた。



「待ってアクセル様、戻りましょ? ワタクシ、丁度持ち合わせがありましてですね」


「私は金の価値が分からんが、高いと思った。少なくとも、お前が出すべきじゃない」


「でも、それだと……。マズシーナの街は諦めるんです?」


「いや、ここから入るぞ」



 アクセルは城門から遠ざかり、兵士の眼が届かない位置まで歩いた。そして、城壁に触れ、材質を確かめる。石積みである事を確認すると、無遠慮に蹴りつけた。それだけで石に亀裂が入り、手頃な穴も空く。


 片手だけで、サーシャをもう一度抱きかかえる。そして空いている片手と、両足で穴を穿ちながら、少しずつ登り始めた。



「ヒエッ! 一体何が始まるんです!?」


「城門を通らなければ、金を取られずに済むのだろう? だからよじ登ることにした」


「あれ? 良いのかなコレ?」



 サーシャが自問自答する間も、壁登りは続く。気づいた頃には、残り僅かという位置にまで到達していた。



「それにしても、アクセル様の足はどうなってんです?」


「素足だぞ。革紐を巻いてはいるが」


「全身が鋼みたいですよね、ほんと」



 やがて苦もなく登り切る。城壁の上にも見張りは居たが、幸いにも遠く離れていた。アクセルの侵入に気づいた者は居ない。


 下りは階段があった。気配を殺しながら降りてゆく。やはり見張りは皆無だった。



「警備が厳重かと思ったが、意外とゆるい。見せかけだけか?」


「一応、兵士さんは居るみたいですね。あそこ、灯りがついてますよ」



 サーシャの言う通り、城塔からは光が漏れ出ていた。少しだけ騒がしい。耳を傾けてみれば、酒盛りの最中である事に気づく。



「やはりな、ロクでもない連中だ。サーシャの大切な金貨を差し出さないで正解だった」



 キャーステキ、アクセルサマーー!



「ありがとうございます。そんなに気にかけて頂いて……。ワタクシに出来る事なら、何でもさせてください! 全てを捧げるつもりですのよ!」



 誘うにしても直線的過ぎる。それは計算からではなく、魂の猛るままに出た言葉だった。


 サーシャの乙女心ならば、既に熱く燃え上がっている。おあつらえ向きにも夜更けだ。格別なお礼をモゾモゾと執り行うには、まさにベストタイミングであった。


 この捨て身の突撃とも思われたサーシャの誘いは、意外や意外、アクセルに受け入れられたようである。

返答は速やかだ。では頼む、今すぐに、(うまや)を探して欲しいと頼まれたのだ。



「えっ、そんな所でやるんです? ワタクシは、その、別に構いませんけども」


「頼む。さすがに私もそろそろ限界だ」


「じゃあ、アクセル様も……?」


「そうだな。お前を抱えて駆け回るうち、何と言うか、耐え難さが感じられてな」


「アハハ! そうだったんですね、気持ちが通じ合ってただなんて、知りませんでした! 超高速で探してきますッ!」



 猛り、みなぎる少女魂。もはや無敵状態だ。


 土地勘の無い街を突き進み、宣言通りに素早く帰還した。そもそも大して探す必要も無かった。城門からほど近い場所に厩が並んでいたのだから。



「見つけましたアクセル様! あの平たい建物です!」


「そうか。では早速だが」



 足早になって歩くアクセルの後ろを、サーシャはうつむきながら続いた。頬は赤く、耳まで赤い。これから何が起こるか、少女なりに理解していた。こう、色々とあり、色々するのだ。



(嗚呼、父さん母さん。とうとう、これからなんだよ……!)



 心に去来する想いが、過ぎっては消えていく。そのうちに厩へと到着した。中は無人で、数頭の馬がヒヒンする。


 アクセルは片手を挙げて挨拶して、部屋の隅に積み上がるワラを掴んだ。そして2人分の山を作ると、その片方に身体を投げ出した。



「今日は流石に疲れた。先に寝かせてもらう」


「えっ、もう寝ちゃうんです!? 色々と愉しめちゃうんですけど? ほんとにもう、お気の召すママに!」


「もし腹が減っていたら、手持ちの食料を食べろ。私の事は気にするな、このまま眠る」



 その言葉に嘘偽りはなかった。すぐに寝息をたてて、深い眠りへと落ちていた。


 完全に手持ち無沙汰のサーシャは、もう片方のワラに座り、うつむく。そして本を手にとって、勉学に励んだ。



「はい。そうです。馬子にもイシューです。ビッグイシューです……絶対諦めないもん!」



 涙がサーシャの頬を伝い、愛らしいブラウスに落ちた。泣いても良い、辛くても良い、いつかは立派なパートナーになるんだ。そう心に誓って研鑽に励んだ。


 いつかは公私共に、朝も夜も頼れる存在となる為に。



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