第22話 全ては野望のため

 暗闇の道を行く3つの影。煌めく神剣を先頭にして、魔獣蠢く村の中を切り拓いてゆく。


 剣を抜いたアクセルは、まさに天下無双だった。グレイウルフの姿を見つけるなり、一刀のもとに両断する。そもそも刀身から放たれる七色の輝きが、敵を怯ませて寄せ付けない。その光はさながら、暗雲を貫いて輝く光芒のようにも見えた。



「シナロスさん、あそこ! まとまって石化してる!」


「任せろ、石化にはトクストンだ。よく効くぞ」



 アクセルの背後に続くサーシャとシナロスは、村人の救助を担う。石化を解除して、焚き火の場所を教えてやる。安全な拠点は、井戸とは別に3箇所ほど造っているので、救助過多であぶれる事は無かった。


 今や撃退も、救援も順調である。青色吐息だった先ほどとは雲泥の差だ。自然とアクセルの動きに熱が籠もるようになる。



「これ以上の無体は私が許さんぞ!」



 壁も屋根も縦横無尽なアクセルを見つつ、サーシャも触発される。



「隠れてる人、居たら返事して! もう怯えなくて大丈夫だよ!」



 村の端から端まで、休む暇もなく駆けずり回る。



「その身で味わえ、神剣グレートソフィアの切れ味を!」


「これでもう大丈夫だよ、妹ちゃんは助かるからね。ずっと守っててくれたんだ、強いお兄ちゃんだね」



 路地裏、物陰、家の中。捜索はシラミ潰しの様相だ。



「最後の1頭、これで付近の敵は討ち果たしたはずだ」


「逃げ遅れた人も、もう居ないみたい。この辺の人達は全部助けたと思う。南からグルリと北に回ったから、あとは東側だけかな」



 士気が増すばかりの救助隊だが、一枚岩では無かった。ついにシナロスが、石床に突っ伏して倒れてしまう。



「ひぃ、ひぃ……スマン。もう走れんよ」


「走れないだと? 足を交互に出して、急げば良いだけだぞ」


「そうじゃない。老体には、これ以上動き回れんと言っている。流石にもう、限界だ……」


「なるほど。しかしな、救助はまだ途中だ。全員を助けた訳では無い」


「残りなら、生還した村人達に任せたら良い。薬も灯りも十分ある。それより、お前さんはあちらに向かいなさい」


「あちら?」



 シナロスの指差す方を見ると、暗闇に薄ぼんやりと浮かぶ豪邸の影がある。それはコエル村長の屋敷だ。敷地内に灯りは見えず、不気味な沈黙を保ったままだった。



「おそらく、騒ぎの張本人が待ち受けているはずだ。悲鳴を肴に酒でも愉しんでいるのだろう。相変わらず陰湿で邪悪な男だ」


「分かった。悪を根本から斬り捨ててやる」


「頼んだぞ。今宵、全てを終わりにしよう」


「安全な所まで連れて行ってやろうか?」


「ワシにはコイツがある。少し休んだら、近場の焚火まで行くよ」



 シナロスは赤々と燃える松明を、力なく振った。それからは疲れ切った老体は、木箱に寄りかかって項垂れた。


 アレクスはサーシャと視線を重ねた。そして互いに頷きあい、斜面を駆け上り始めた。


 目指すはコエル邸。手にした装備は神剣にトクストンが一瓶のみと、どこか心許ない。それでもサーシャはアクセルの真後ろに付いたままで、安全な拠点など一瞥もしなかった。



「サーシャよ。お前もシナロスと共に、どこかで待っていて良いのだが?」


「このままついて行くよ。治療する人も必要でしょ。それに知りたいから」


「何が知りたい?」


「皆が不幸になった理由とか、結末をこの目で見たいの。邪魔にならないよう頑張るから、お願い。連れて行って!」



 アクセルは答えようとしない。ただ目元を綻ばせて、温かく微笑んだだけだ。帰れと拒絶もしなかった。


 やがてコエル邸の敷地に足を踏み入れた。鉄の門を押すと、金属が擦れてキイと鳴る。それが耳障りに感じられる程、辺りは静寂に包まれていた。



「妙に静かだ。てっきり迎撃でもあるかと警戒していたが」


「自信の現れってヤツかな。それとも、モヌケの殻だったり……」


「兎贄の子達が気がかりだ。このまま突入するぞ」



 アクセル達は中庭を抜け、正面玄関を蹴破って突入した。


 中は照明の1つもない暗闇だった。窓から差し込む青い月光、そして正面階段の半ばで怪しく光る、2つの赤い光だけが見えた。



「随分と遅かったじゃないか。首謀者のオレをほったらかしで、村人の救助を優先するだなんて、英雄気取りか? よくやるよ、本当に」



 くぐもった嗤い声をあげるのは、小太りの中年男。コエルであった。外で暴れまわるグレイウルフと同じく、両目は赤い。その異様さは、コウヤ村の事件を彷彿とさせるのに十分である。嬉々として犯行自慢を晒す姿まで、同じである。


 しかしアクセルは、コエルから視線を外して左右を見渡す。そこで気づく。エントランスには4体の石像が転がされている事に。


 どれもが煩悶し、苦悩するかのような仕草だった。皆が皆、幼い顔であるのに、深い絶望に突き落とされた表情を浮かべている。



「それにしてもお前ら弱者は、無駄な努力というものが好きだな。何人助けようとも、結局はオレに殺されるというのに。あのまま石化して死なせた方が、慈悲ってもんじゃないのか」


「サーシャ、薬だ。トクストンを頼む」


「もちろんだよ。すぐに治してあげるからね、皆!」


「そもそもだ。オレは嫌な予感がしていた。ギルゼンどもを誘い込んだばかりの、慎重さが求められる時に、お前という面倒なヤツがやって来たのだから。やはり追い出すべきだったとは思う。だが構わん、計画を少しばかり変更すれば良いだけだ」


「大丈夫かお前たち。痛む所は無いか?」


「しっかりしてシセル。この薬があればアッという間に元通りだよ」


「冥土の土産に教えてやろう。兎贄の親連中を、そして迷い人を始末し、売り飛ばしたのはこのオレだ! 滑稽だったよ。子供だけは助けてくれと懇願する姿は。もっとも、その願いは聞き届けてやったが。贄として飼う形でな! アーーッハッハッハ!」


「ふむ。傷口は塞がるが、傷跡は残るのか。師匠の妙薬の方が優れていたな」


「仕方ないよアクセルさん。死なないどころか、健康な身体を取り戻せるんだもん。あんまり贅沢言っちゃダメだってば」


「なぜオレが、こうまでして荒稼ぎを続けたか。疑問に思うだろう? それは野望の為だ。弱者共には思いつきもしない大望の為だ! そのために苦労をさせられた。腑抜けた貴族連中に媚びへつらい、中央への道を拓く事に腐心した。それがゆくゆくは……」


「二の腕くらいなら傷跡も目立たんだろうが、首や胸元は可哀想だろう。師匠から妙薬の作り方を習ってみるか。もし作れるようなら、それで治療してやりたい」


「そうだと嬉しいな。胸元なんて、将来にドレスとか着た時に凄く目立っちゃうもん」


「人の話を聴けぇ! お前らーーッ!」



 コエルの絶叫で、兎贄達は跳ね起きた。そしてアクセルの背後へ回り込み、サーシャと肩を並べて身構えた。


 ここにきて、アクセルもようやくコエルの方を向いた。そして力強く剣先を突きつけ、静かに、だが芯の通った声で問いかけた。



「コエルよ。やはりお前が、この騒動の首謀者なのか?」


「言った! それさっき言った!」


「人々を毒牙にかけ、石化させただけでは飽き足らず、売り飛ばしたのもお前か?」


「それもさっき言った!」


「なぜそうまでして金に執着するのか。一体何が目的だ?」


「それもさっき……。いや途中だな。今から言うつもりだったよバカ野郎!」


「途中から話されても何が何やら。最初からやり直せ」


「どうしてこうも偉そうなんだ……!」



 それからは駆け足気味の説明が為された。コエルが魔獣を操り、人々を襲うことで私服を肥やし続けた事。そして有力貴族に取り入って、中央との繋がりを強た事。完全に二度手間の口上である。



「中央との繋がり?」


「そうだ。そのためギルドの依頼を通して、メキキ家のガキを誘い込んだ。殺せと言われていたが、それではメキキに恨まれる。そこで機転を利かせて、ギルゼンのクソ野郎は懐柔する事に決めたのよ。討伐依頼はどうでも良かった。撒き餌でしかなかったからな」


「王都の人間と繋がって何をする気だった? 金でもせびろうと?」


「クックック。金が必要なのは、あくまでもバラ撒く為だ。奴らに倫理も哲学もない、金にたかるだけ。信用させた所で弱みを握るつもりだった。別に金銀財宝なんぞに興味はない」


「今ひとつ繋がらない。どうして今夜、村を襲わせた?」


「シボレッタも邪魔になってきた。いっそ、村長もろとも全員死亡したと知られた方が、好都合だと思えた。貴族共は、金さえ積めば死んだ男が現れようと気にも留めない。それに、村人全員を始末すれば、村中の金を集められる。配るのに十分な程の額になる」


「そうまでして王都に執着するのはなぜだ。嫁探しか?」


「目的はただ1つ。この国を支配してやるのよ!」



 コエルは赤い瞳を一層に光らせて、全身も小刻みに震わせた。やがて体中に灰色の体毛が生え、筋肉が異常な程に膨張してゆく。



「この世は弱肉強食! 全ては強者の為にある! 弱い奴らは踏み潰されるだけ! いかに群れても無駄、無駄、無駄なんだァァ!」


「その意見には同意する。強き者がこの世を動かし、左右するものだ」


「どうした。急にご機嫌伺いか? もう遅いんだよ」


「強き者が意のままにする。つまりは、圧倒的強者である私の意志こそ尊重されるのだ」



 アクセルは静かに剣を構えた。低い態勢で、剣も脇にする。



「だから、この場でお前を討ち果たす」


「ほぉ、やってみるか?」


「思えば、あの時に殺しておくべきだった。そうすれば、ここまでの手間は必要なかった」


「もう勝った気でいるのか。無駄に吠えやがる。その虚勢がいつまで続くか見ものだな!」




 コエルの巨大化は止まらない。そして両手を地面に突いて、足もその後ろに。四足の姿勢。さながら狼のようである。



「さあ慄(おのの)け! 嘆いて、畏れて、絶望しろッ!」


 

 膨張を続ける身体は、やがて天井さえも打ち破り、エントランスを崩壊させた。


 青い月で浮かび上がるのは、灰色の狼だ。巨大さだけでも凄まじいのだが、頭が首の先に複数ある。計7つの顔が、アクセルを高みから見下ろした。



「どうだ。恐れ入ったか、矮小な人間よ! 無力さを噛み締めながら死んでしまえ!」


「それはさておき最後の質問だ。この国を支配して、何をするつもりだった?」


「少しは驚けよバカ野郎!!」


「支配して何か良い事でもあるのか? 食べ放題、広い部屋に立派な家具。人々がひれ伏す。他には……」


「お前は本当に面倒臭いな! 自問自答ならあの世でやってろーー!」



 コエルは身を低くすると、跳躍した。音の壁を超えるほどの速度だ。人間の目で追える次元ではない。少なくともサーシャ達は、巨大な獣を見失っている。



「き、消えた!?」



 しかしアクセルは動じない。僅かに身をよじらせ、神剣を切り上げに一閃させただけである。


 次の瞬間、消えたと思われたコエルは再び姿を現した。そこは中庭で、アクセル達を飛び越した後である。ただし、1つの顔から噴水のような出血が吹き出し、傷口に七色の光を帯びた状態で。



「なぜだ! この身体は無敵ではなかったのかぁーー!!!」


「この剣は特別製らしくてな。間もなく灰になって消えるだろう」


「熱いぃ! 嫌だ熱い嫌だ熱い死にたくない! オレは『あの声』を聞いたのに! 選ばれた人間のハズなのに! こんな所で死にたくなぃぃーーッ!!」


「人の話を聞け。質問の続きだが、この国を支配して……」



 コエルに問いかける途中での事だ。アクセルは激しい目眩を覚えた。そして剣を杖代わりにしない事には、まともに立てなくなる。



「どうした事だ、急に……」


「アクセルさん! 大丈夫!?」


「すまん。心配は要らない。もう治まったぞ」



 アクセルが気を抜いたのは、ほんの一時(ひととき)だけだ。しかし戦闘中においては、一手を許してしまうだけの時間である。実際、コエルに態勢を立て直すだけの猶予を与えていた。



「嫌だ嫌だ嫌だ! オレには野望があるんだ!!」



 コエルは光に侵され続ける顔を、別の顔で千切って捨てた。大量の出血を強いられ、苦痛も凄まじいものであるが、彼の身体から光が消え失せた。


 それからコエルは夜空に向かって大跳躍。逃走を試みた。1つとは言え、顔をねじ切った痛みは強烈だ。4つの足も、どこか力が入らず、着地した屋根の上から滑り落ちそうになる。



「絶対に逃げ切ってやる、絶対にだ! そしてこの国の王に!」



 コエルは足に踏ん張りを利かせ、大きく飛び上がった。誰も居ない夜空を、高く、高く。それを目撃した村人達も騒ぎ出すが、所詮は地上を這う生き物である。天空を飛ぶコエルを止める事は叶わない。


 このまま逃げ切れるはずであった。アクセルという異分子さえ居なければ。



「逃げられると思うなよ。ここが潮時だ」



 アクセルの跳躍はコエルを上回った。


 振り下ろしの一閃がコエルの胴体を真っ二つにしてしまう。そして剣圧も凄まじい。巨大な獣の身体を、物理法則を捻じ曲げるかのように、地面へと叩きつけてしまう。


 落下地点は村の中央付近。酒場の側である。焚火で安全を確保していた村人たちは、戦慄して立ち尽くした。突如として巨大な狼が降ってきたのだ。驚くのも当然である。


 更に驚くべき事に、おびただしい血を撒き散らす身体は、徐々に見慣れた姿形へと変貌していく。



「おい、あの顔ってコエル村長じゃないか?」


「本当だ。でもどうして魔獣の姿を……?」



 その疑問にコエルは答えない。追撃にやってきたアクセルも同じく、村人の問いには取り合わなかった。疑問の解消を優先させたいが為だ。



「コエルよ。死ぬ前に教えろ。この国を支配してまで、何をしようとした?」


「あぁ、嫌だ、死にたくない……こんなつまらない所で、死にたくない」


「聞こえているか? お前の最終目標は何だったのか?」


「あぁオレの野望が。全員が27歳で爆乳美女だけのハーレムが……」


「なるほど。そんな願望があったのか。なぜ27歳に限定した?」


「ちくしょう。よりにもよって、こんな奴に負けるとは……」


「待て、まだ死ぬな。なぜ27歳なのか答えたら死んでも良いぞ」



 しかし、コエルは息を引き取った後である。血色を失った身体は灰燼(かいじん)に帰しており、音もなく崩れ去っていく。最早これまでと、アクセルは不満気な顔つきで剣を鞘に戻した。


 終焉に巻き込まれた村人達は、全く事態を飲み込めない。しかし、遂に悪夢が終わった事は、徐々に判明する。



「おい、魔獣が消えたぞ! 赤い目がどこにも無い!」


「じゃあオレ達、助かったのか……!?」



 喜びはジワジワと押し寄せ、確かな実感となって湧き上がる。死地を脱したのだ。生存者は誰彼構わず抱きしめ合い、頬を濡らしては歓声をあげた。


 そんな光景を、アクセルは微笑みを浮かべて眺めた。しかしそれも束の間だ。気を抜いた瞬間、直立不動の姿勢で背中から倒れてしまう。村人達の歓声が止まる程に、けたたましい物音を立てながら。



「ちょっと剣士様、どうしたんだ!?」



 村人たちは一斉に群がり、傷はあるのか、水を持って来いと騒ぎ立てた。


 一方でアクセルは状態異常に侵されていた。目眩と睡魔が同時に襲い来るようで、立ち上がる事さえ困難になる。


 静かにしてくれ、少し休みたい。アクセルはそう告げる事さえ出来ずに、深い眠りへと落ちていった。




 

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