第40話 事情

「──全く、面倒なことをしてくれる。鼠を忍ばせていたとはな」


 私気付けば廊下の向こうにマルセル伯爵が立っていた。

 いや、本人かは分からない。

 伯爵は先程会った時とは違い、まるで精霊のように魔力を溢れさせていた。


「……どうされたのですか、マルセル伯爵? 仰られている意味がよく分からないのですが……」

「惚けるな。お前達騎士は三人以上で来ていたのだろう?」

「……っ」


 当たり障りのない言葉を返した騎士は、確信した様子の伯爵に息を呑む。


「つい今しがた、我が研究所に侵入者があった。しかもその正体は騎士ではないか。のりを守るべき官憲が何たる体たらく……チィっ、逃がしたか」


 呆れ果てたとでも言うかのように頭を振る伯爵。

 だが、唐突に舌打ちしたかと思うと脈絡のない言葉を漏らした。

 それを見てミーシャが小さく呟く。


「……まさ、か、〈ドッペル、ゲンガー〉?」

「ほう、学生の割に多少は知恵があるらしい。如何いかにも、私自身は研究所に居る。この身は魔技で作りし似姿よ」

「ミーシャ、どういう魔技なんだ?」


 すぐに戦闘が始まる気配はなかったので、思い切ってミーシャに訊ねてみた。

 彼女の説明を総合すると、〈ドッペルゲンガー〉は自身の分身を作り出す魔技らしい。

 分身とは視覚や聴覚を共有できるほか、分身越しに魔技も発動させられるとか。


 なお、作られる分身は疑似精霊のようなもので、生物の形をした魔象だそう。

 それで魔力が漏れ出しているのか、と私は納得していたが、ミーシャにはまだ疑問点があるようだ。


「で、も。別棟の研究所から、この部屋、までは……〈ドッペ、ルゲンガー〉は、届かない、はず、です……」

「通常ならば、な。しかし、私の開発した魔具に媒介させれば理論上どこにでも〈ドッペルゲンガー〉を送れるのだよ」


 伯爵は口端を吊り上げ、得意げに言った。

 研究所ははなれのように建てられているが、そこからこの場所まで届くというのはかなりの射程だ。

 戦闘で使われれば、一方的に攻撃を受けることになるだろう。


「少し待ってくれ騎士殿、あなたの同僚は勝手に父さんの研究所に入ったのか!?」

「今更下手な芝居などせずとも良い、ゼルバー。お前もこの者らと結託していたのだろう? この親不孝者が……!」

「と、父さん……? 何を言って──」

「まさか伯爵だったのですか!? あの黒い筋を持つ魔物達を森に放ったのは!」


 今までは疑っていませんでしたよ、と言いたげな調子で騎士の一人が訊ねた。


「そうだとも。そも、分かっていたから私のところに来たのだろう?」

「…………」

「そう身構えることはない。逃げ出した騎士に見られている以上、私の研究が暴露されるのは必定。お前達も不敬罪には問われまい」


 破滅の危機にもかかわらず、伯爵は悠然としている。

 まるで、自分の未来に関心などないかの如くだ。


「待ってくれ! 何が何だか分からない……父さんは何か悪い事をしていたのか……?」

「なんだゼルバー、お前、本当に知らなかったのか? 騎士共に利用された事にすら気付けぬとは。昔から不出来だとは思っていたがとんだ間抜けだ」

「なっ……!?」


 目を見開くゼルバーの方を気にしつつも、騎士が質問を重ねる。


「何故、あのようなことをされたのですか?」

「私は魔導師だ。研究するのに理由はいらない……などと言っても納得しないのだろうな。いいだろう、私の真の目的を教えてやる」


 そこでマルセル伯爵は一つ咳払いを挟んだ。


ときに騎士よ、お前達は私の天職を知っているか?」

「『テイムウィザード』……でしたよね?」

「当然知っているか。領主たるこの私のことを知るのは騎士の義務であるのだから」


 そんな義務は無かったはずだが、話の腰を折ってもいけないので沈黙を貫く。


「周知の通り調教テイム系の天職は、精神に干渉することで魔物を従えられる。それ故に天職を仕事に活かす場合、多くの者は動物なり魔物なりを使役する」


 前置きなのだろう。伯爵は一般常識を語って行く。


「コウリア魔導師・・・学園に通っていたかつての私は、この能力をより活かせないかと考えた。そのために魔物を強化する術式体系を編み出そうとしたのだ。魔物の根幹を成すのは地属性魔力、故にそれを利用すれば強化できると予想してな」


 ゼルバーの父はコウリア魔導師学園に通っていたと以前、浴場で聞いたのを思い出した。


「私の推測は的中した。学園の莫大な蔵書の中には、魔物強化の魔技について書かれた本も存在したのだ。図書館の片隅で埃を被っていたそれらを読み解き、一部を改良、細分化して論文にまとめた。だがしかし──」


 ギリリィツ。

 拳を握る音と奥歯を噛み締める音。

 その両方が、距離があるのに聞こえて来た。


「──奴らはこの私を嘲った。地属性適性とテイム系天職を併せ持つ者にしか使えぬ塵と、無駄の多い時代遅れの術式と、付与系魔技の下位互換でしかないなどと……っ、あの愚昧共はッ! そう言ったのだッ!!」


 溢れんばかりの怒気がぶつけられる。

 正直、そんなこと私達に言われても困るが。


「だからこそ私は決意した。奴らが愚弄したこの術式で学園を滅ぼすと」


 ここに来てようやく「何のために」という最初の疑問への答えが提示される。

 だが、彼の話はもう少し続くようだった。


「ちょうどその頃兄が死に、私は実家に呼び戻されることになった。領主を継ぐためにしばし魔導より離れる羽目になったのだが……むしろそれがよかったのかもしれないな。おかげで私は権力を手にし、より多くの実験を行えるようになった。それに、領地のことを学ぶ過程で蠢蟲の森の、そこに住む魔物達の生態を知ることも出来た」


 自身より弱い同種を従わせられるという能力もな。

 伯爵がそう続けたことで、騎士はハッとしたような顔になる。


「まさか領主様が森で実験をしていたのはっ!?」

「そうとも、魔導師学園を滅ぼせるだけの群れを作らせるためだ。『テイムウィザード』の能力で使役できる数には限りがあるから、こうして間接的に操るのだよ。研究所での〈地染め〉の定着実験は既に終わっていて、後は実地試験で成果を見ながら微調整するだけだったのだがな」


 邪魔されたせいで中途半端に終えることになった、と愚痴るように溢す伯爵。

 それと文脈から察するに、〈地染め〉とは魔物を地属性魔力で強化する技のことらしい。

 しかし、問題はそこではなく。


「そ、そんなことのために、領主様は強化された魔物を森に放ったのですか……っ?」

「多少は被害が出たかもしれないが、下賎な冒険者如き、減り過ぎなければ何の問題もあるまい」


 返答を聞いて、騎士が眉間の皴を一層深くする。


「貴方はどこまで……! 領主……いえ、ヘンダー! 民の安寧を守る騎士として、貴様をここで捕縛する!」

「言うだろうと思ったよ。だから先手を打たせてもらった。外を見たまえ」


 伯爵を警戒しつつも、私達は窓の外を覗く。


「ワーム……!」


 そこでは〈地染め〉の施されたワームが複数体、地面から出てきたところだった。


「テイムした魔物ならば防衛結界を越えられる。そして地中を移動するワームならば騎士に見つからず街の出入りが可能だ。だから物資の運搬も行えるし、こうして役立たずの騎士の代わりに護衛にもできる」


 それだけではないぞ、と伯爵は続ける。

 気付けば、外から警鐘の音が聞こえ出していた。

 同時に、魔具で拡張された声も。


『──蠢蟲の森より大量の魔物が出現、領都に向けて進行しています。魔物の群れは蛾種が過半数を占めており、城壁を越える恐れもあるため、市民の皆様は速やかに屋内に入り、不用意な外出はお控えください。繰り返します──』


 領主は、否、領主の生み出した〈ドッペルゲンガー〉は不敵に笑って言葉を紡ぐ。


「さあ、どうする? お前達は私を捕らえるか? それとも大事な民のために防衛に戻るか? 選べる道は二つに一つだ」



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新作始めました。人外転生ものです。


群れを追放された俺、実は激レア種族でした ~俺だけ使える【ユニークスキル】でサクサク成長・最速進化。無双の異形に至ります~

https://kakuyomu.jp/works/16817330657145570263/


良ければご一読ください。

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