第39話 部屋

「──その蟻種の巣を率いていた個体には、前日のワーム同様──」


 ゼルバーがマルセル伯爵に今回の件を説明していく。

 私や他の生徒はソファに座り、静かに話を聞いていた。

 友人として来ているので、ゼルバーの横に座らせてもらっているのだ。


 サレンだけは関わりが薄く、会話したこともほとんどないのだが、面倒なのでそのことは黙っている。

 その後、体に黒い筋のあるワームや蟻の王などの話をし終えたところで一息ついた。


「成程、そのような事になっていたとは……」


 マルセル伯爵は驚いたような反応を返す。

 それから平然とした調子で、


「それで、特殊な進化体が出たという報告のためだけにお前達は来たのか?」


 と問うてきた。

 遅い時間に訊ねたことを遠回しに責めているようだ。


「そのことなのですが、今回の魔物はただの進化体ではないかもしれないのです」

「ほぉう?」


 試すような視線を向けて来る伯爵に、地属性魔技で強化が施されていたことを伝えて行くゼルバー。

 これにも伯爵は初耳であるかのような反応をするが、真偽のほどは分からない。


「私を訪ねて来た理由は分かった。私にできることなら協力したいが、しかし現物を見ないことには何とも言えんな。持って来ては居ないのだろう?」


 私達は無言で頷く。

 あの魔物達の死体は重要な証拠物件なので、おいそれと外には持ち出せない。


「ならば明日、その魔物の骸を我が研究所に運ぶがいい。その魔物の正体を探ってやろう」

「ハハァッ、ご協力深謝いたします」


 騎士達がバッと勢いよく腰を折った。息の合った動きだ。

 私達も一拍遅れて頭を下げる。


「そう畏まらずとも良い、これは私の領地の問題なのだからな。……さて、これで用は済んだか?」

「ごめん、父さん。友達が屋敷を見て回りたいと言ってるんだけど、少し案内しても良いかな」


 屋敷までの道中で頼んでいたのだ。話が終わったらゼルバーの生家を見てみたい、と。

 行動時間が長い方が情報も集めやすいだろうと考えての提案だった。


「……少しならばいいだろう。私はこれから夕食のため一緒には行けない。ゼルバー、お前が案内してやりなさい。但し、研究所には近づくなよ」

「はい」


 それから伯爵は使用人を一人、案内に付けてくれた。

 どちらかと言うと見張りのような気もするが、こちらを警戒する気配はなく身のこなしや魔力の流れも一般人レベルなので、彼女に裏がある線は薄いだろう。

 勝手をされないよう目付の者を付けるのは、貴族にとっては常識だ。


 やって来た妙齢のメイドを加えて、生徒五人と騎士二人・・は廊下を歩く。

 さすがは伯爵家と言うべきか、目立った汚れは一つもなく、照明の魔具が等間隔に置かれているため夕暮れ時でも視界は万全だ。

 そんな風に周囲を観察しながら歩いていると、一つの部屋でゼルバーは立ち止まった。


「ここがオレの部屋だ。見たところで何も面白い物は無いがな」


 慣れた手つきでドアノブを捻る。

 西側に面した部屋には、夕日が差し込んでいた。

 ……それ以外に、言葉が出てこない。


「……何というか、さっぱりとしているな」


 感想に窮しつつも、どうにかコメントを絞り出す。

 ゼルバーの部屋は、有り体に言ってしまえば殺風景だった。

 寝台や机などの最低限の家具の他は何も無い、誰かが生活しているとはとても思えない部屋だ。


「ああいや、学院の寮に引っ越す際、荷物も一緒に持って行ったのか」

「? オレの部屋は昔からずっとこうだったぞ?」

「…………」

「貴族だってのに何もねーんだな」

「当然だ。オレは幼きみぎりより厳しい修練に身を置いていたのだからな。その辺の貴族子息と並べてもらっては困る」


 ゼルバーは努力家だ。それは間違いない。

 天職が『ウッドマスター』でありながら、地属性魔技の腕前があれほど高いのだから。

 大前提として地属性適性が高かったのもあるのだろうが、それだけでは破城級魔技を覚えられはしない。


「にしてもこんなに物寂しいのは行き過ぎな気もすっけどな。さっきの父ちゃんは何も贈ってくれたりしなかったのか?」

「ああ、それなら……」


 ゼルバーは棚を開け、中にあった何本もの杖を私達に見せた。


「この杖達を贈ってくれたぞ。修行でよく杖を駄目にしていたからな。その度に新品の杖を与えてくれたのだ」

「……そんなに頻繁に壊れるものか?」


 魔技使いの杖は持ちが良い。

 攻撃を受け止めて折れる、というようなことが無ければ一年以上は余裕で持つ。

 見える範囲だけでも杖はニ十本近くあり、十六年しか生きていないゼルバーがこれほどの数を使い潰すとは考えにくい。


「言っただろう? 厳しい修練に身を置いていたと。父さんの修行は厳しかったからな、杖の消耗も当然早い。でもその分効果は抜群だった。魔力を瞑想で回復させながら朝から晩まで魔技の訓練を続けたことで、オレはこれほど強くなれた。並の魔技使いとは鍛え方が違うのだ」


 誇らしげに言うゼルバーの顔に陰りはない。

 強引な魔力の消耗と回復を繰り返せば地獄の酩酊感に襲われるはずで、それに耐えたからと言って劇的に魔力量が増える訳でもなく、だからこそ多くの魔技使いはそんな修行をしない。

 そのはずなのだが、伯爵家では違ったらしい。


 それは、ゼルバー自身が望んでしていたのか、それとも──。


「そうか、ゼルバーは昔から勤勉だったんだな。貴女から見てもゼルバーは努力家でしたか?」


 案内役のメイドを振り返って訊ねる。

 突然の質問に彼女は僅かに目を丸くしていたが、すぐに返答を始めた。


「そう、ですね。坊ちゃんは決して努力を欠かさない子でしたよ。……お館様の無理難題にも泣き言一つ溢さず取り組んでおられました、何度失敗して怒鳴られても諦めず……」


 メイドは心苦しそうにそう言った。

 この部屋に近づくにつれて表情が暗くなっていたため、何かあるんじゃないかと思い聞いてみたが、見事にアタリを引いたらしい。

 なお、ゼルバーは「決して努力を欠かさない」とか「諦めず」の部分だけを聞いていたのか機嫌が良さそうにしている。


 他人の家庭に口を挟んで良いものか躊躇し、代わりに護衛の騎士達が口を開こうとしたその時。


「──全く、面倒なことをしてくれる。鼠を忍ばせていたとはな」

「「「っ!?」」」


 声と同時、強い魔力を感じ取る。

 廊下の向こうから、マルセル伯爵が歩いて来ていた。

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