十七 分袂

 春も迫って来たころ。孝明天皇の埋葬の儀は新選組も参加の元行われた。会津藩や友藩が警備へと駆けまわる中、狐火は遠くからその様子を眺める。魂喰はあくまでも化け物を祓う道具。人にあらず。それはたとえ孝明天皇と狐火の関係があったとしても朝廷内では根深く存在する揺るぎない認識だった。そんな魂喰が葬儀に顔を出すなど、許されてはいなかった。


「ひどいじゃない!」

 埋葬が終わると魂喰の屋敷に訪れた藤堂が貂を見つけ駆け寄る。

「狐火さんは帝の一番の友達でしょ!?」

 膨れっ面の藤堂に詰め寄られ貂がたじろぐ。

「仕方がないんだ。俺たちは人じゃない。本来ならば帝に近づける存在じゃない。狐火様が特別だっただけなんだよ」

「でもちゃんとお屋敷も身分ももらってるじゃない」

「それは建前。御所を守るならそれなりの事寄せが必要なんだろ」

 納得がいかないと藤堂が腹立ちをあらわにする。狐火の事を思えば不謹慎なのだろうが、藤堂の態度を嬉しく思ってしまう。藤堂や狐火には気が咎めつつ顔をほころばせた。

「笑ってる場合じゃないよ、貂!」

 叱咤されるとゆるんだ表情を引き締める。コホンと咳をすると話題を逸らした。

「そういえば狐火様から聞いた。伊東さんが御陵を守る役につくため新選組を離脱するとか」

「そう、私もついこの間初めて先生からお話し頂いた。身の振り方については、伊東先生は私の考えに委ねると仰っていたけど」

 藤堂の心の内は察するに余りある。選ぶにはあまりにも酷な選択肢だった。

「俺は賛成だ」

 迷ったままの目が貂を見上げる。

「伊東さんは刀ではなく伝えることで思想を貫くと言っていた。それは平助が抱いていた疑心への答えじゃないのか?」

 貂が藤堂の肩を掴むとまっすぐに見据える。

「うん、そうなんだけど」

「俺はこれからも平助とたくさんの思い出を作っていきたい、いろんな事を語らいたい。帝と狐火様のように」

 目いっぱいの感情を藤堂にぶつける。貂の言葉に藤堂の瞳がゆらゆらっと揺れ光った。

「私も。自分の心に素直に、貂に恥じない道を選びたい」

 肩にかかった貂の手を取る。

「御陵衛士という立場であれば、これからも貂と、魂喰と共に歩める?」

「平助がどの立場であろうと俺は平助と共に歩む。でも帝の傍にいてくれるなら、きっとそれは大きな拠り所となる」

「そうだね。だったら、これからが楽しみだね」

 心を決めた藤堂に胸をなでおろす。これできっとうまくいく。藤堂が明るい世界を見続けることができると、それ以外貂には疑う余地もなかった。二人が握った手にぎゅっと力を入れる。お互いの行く先に、願いを込めて。



 慶応二年 三月二十日


 伊東甲子太郎は藤堂、そして斎藤を始め十四名の同士を連れ西本願寺の屯所を出た。近藤、土方はいい顔をしなかったものの、天皇陵を守るという名分を聞かされれば大人しく送り出すしかない。屯所を出る前に藤堂が親しい顔に会いに行く。みな寂しさはあれど、藤堂の心中を思えば止めることなど出来なかった。

「多摩からですね。とても、とても長い間お世話になりました」

 藤堂の目は慕わしさにあふれ、これから袂を分かつことを少しばかり悔やんでいるようだった。そんな藤堂だからこそこちらも気持ちをふっきり、いとまを告げるのが恩情だった。

「別に敵対するわけじゃないんだ、いつでも顔見せにこいよ」

 永倉が藤堂の肩をたたく。

「平ちゃんいなくなったらつまんないって、この前からずっと愚痴言ってるんだよね」

 意地悪そうな目で原田が永倉を見ると「おい」と永倉がツッコむ。初めてみる照れたような気まずいような永倉の表情に藤堂も嬉しくなる。

「私はずっと近藤さんに着いて行くと、土方さんを支えると決めていたのに。不甲斐なく士道の風上にもおけません」

 うなだれる藤堂に永倉と原田も目を見合わせる。

「んなもん俺らにまかせとけよ」

「あ、総ちゃん! 起きて大丈夫なの?」

 屋敷の入り口まで見送りにきた沖田が壁によりかかったまま声を掛ける。

「沖田さん……」

「ただ務めを俺らに託しただけ。平助は自分を信じて決めたんだろ? なら俺はお前の背中を押すよ」

 「俺も俺も」と原田が手を挙げる。藤堂が顔を上げると、そこには信頼と激励を送る朋友の顔があった。

「早く行け。伊東さんに置いてかれちまうぞ」

 永倉の言葉に頭を下げるときびすを返す。そこからは振り向かず、しっかりと前を見据え一歩を踏み出した。



 伊東たちを見送るのは惜しみの眼差しだけではなかった。屯所の中から近藤と土方もまたその姿を見つめていた。土方は面白くなさそうに、近藤は強い目つきで伊東の背中を見送る。

「斎藤には伊東のようすを探るように命じておいた」

「伊東先生は、本当に敵対者となると思うか?」

 近藤の中ではどこか伊東を信じたいところがあるように土方には感じて取れた。新選組の誉れを手にするため引き入れた男。その手腕をかっていただけに、裏切られるとは思いたくなかった。

「さてな、あの先生が考えている事はまだ分からん。しかし近頃は薩摩藩士と会っていたのは事実らしい。島田から報告を受けている。それに御陵衛士とは意味深長なことで。倒幕派にかたむく存在かもしれん」

 もう土方はその背中を目で追おうとはしなかった。小刻みに動かす膝が苛立ちを物語る。

「はじめっから新選組を利用しようとしたんじゃねえか? 平助も知っててあの先生を引き入れたのかも――」

「トシ!」

 近藤が珍しく土方の言葉を遮った。近藤が何を責め立てたのか分かっていた土方が大人しくなる。近藤は新選組を守るため、忠義を果たすために心を入れ替えると決めた。なにを犠牲にしても果たすと決めた。しかし今は、藤堂だけは新選組に背を向けようとも非難する事にためらいを見せた。そんな近藤の心を汲み取ると、土方は何も言わずその場を去る。しかしその胸にはいずれ相対するかもしれない覚悟、その時は容赦してはならないという不退転の決意を刻んでいた。

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