無事だった夜に《後編》




テルは、己の中にいる仲間たちの魂が一斉に動揺したのが分かった。

素早く桃花をかばうように前に出る。


道化師ジョーカー、貴様性懲りもなくまた・・・ッ!!」


「テル、あなたが前に出てどうするの!!」


桃花は叫んでテルの前に出た。

彼はぎょっとして言う。


「馬鹿、おまえ・・・ッ」


だが桃花はそれを無視して目の前の道化師をにらんだ。


「ここに何しに来たの。テルたちはまだ成仏は望んでいないみたいだけど」


道化師は彼女ににこりと笑いかける。


「うん。今のボクにはもうその力は無いよ。キミに否定されたから、一年くらい経たないと魂を成仏させる力は回復しない」


「それなら・・・」


「うん。だから、ボクはキミに会いに来たんだ、白石桃花」


「・・・は?」


道化師が何を言ったのか、桃花は一瞬分からずにぽかんとした。

彼はにこにこしながら機嫌よく言葉を続ける。


「キミはボクの使命を今を生きる人間として否定した。と。――――だからボクはキミに問わなければならない」






ねえ、憎しみってそんなに大事?






「桃花・・・・ッ!!」


テルが危機を知らせるように彼女の名を叫ぶ。だが桃花は動けない。

目と鼻の先には道化師の白い顔。

美しい碧眼の下には涙のマークが浮かんでいる。それは彼が今力を失っているという証。


「答えよ。人間」


桃花に顔を近付けて道化師は問う。

その口調はいつもの彼のものとは豹変している。

言外に彼は言っていた、いい加減な返答では許さない、と――――

桃花は「怖い」と思った。

耳元で自分の心臓の鼓動が聞こえる。


「・・・・ぁ・・・・・・」


体内を血が駆け巡る。

呼吸の音がやたらと大きく響く。


「わたし、は」


――――――そう、わたしは。

ざあざあと雨が降り注ぐ。容赦なく服も髪も濡らしていく。冷たい。凍えてしまう。

それでも動けない。

動きたくても動けない。


(ゆるせない)


その想いが重くて身動き一つ、とれはしない――――


(・・・・ああ、そうか)


わたしは。


「答えるよ。ピエロさん」


目と鼻の先には道化師の白い顔。

その美しい双眸を真っ直ぐに見すえて白石桃花は回答する。


「憎しみは、大事だ。それは自分にとって何が大切なのかを教えてくれるから。何を踏みにじられたから許せないのか、踏みにじられたものが自分はどれだけ大切だったのか、その感情は教えてくれる。だから」


だから、無かった事にしていいものじゃないんだよ。

その言葉を最後まで聞き届けた道化師は、噛みしめるようにそっと目を閉じた。

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